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「た、ただいまー……」
「アオイ様ーおかえ……あれ? キール?」
買い物を終えて宿に戻ると、でっかいウサギ(※喋る)が迎えてくれた。
ちなみにだけど――女の子の姿で出迎えられるといろいろ困るので、「その姿のままでいてね?」って頼んだら、
『は、はい、わかりました……』って、なぜか泣きそうな顔で了承された。
……俺、そんなに怖がられるようなことしたかな?
「久しぶりだな、あーたん」
「うん! 久しぶりー!」
「くぁー……くぁっ!」
「ん? なになにー?」
ユキちゃんが、あーたんに何か言っている。
キールさんの家から戻ってきてから、どうにもユキちゃんの様子がおかしい。
……っていうか、キールさんに対して明らかに威嚇してたし、羽毛が逆立ってたし。
一応、彼が“お父さん”なんだけどな……
「くぁ! くぁくぁっ!」
「うんうん、わかった!」
「あーたん、ユキちゃんは何て?」
「えっとね! 『おかぁさんをいじめるなです! おじさん!』だってー!」
「……へ?」
いじめ? いや、そんなことは――あっ……
あれか? 緊張してコーヒーこぼしたり、肩掴まれたりしてたのを見て、変な誤解したんじゃ……??
「お、おじさん……」
……キールさんにクリティカルヒット入ってる……
(あ、これは……立ち直るの時間かかるな……)
「ユキちゃん、僕は大丈夫だよ?」
「くぁー! くぁ!」
「あ、アオイ様ー! えっとね……」
「『おかぁさんは優しいですから! それとこのおじさんは、近くにいると変な気持ちになるから嫌です!』……だってー!」
「い、嫌……って……」
……やめて! もうキールさんのライフは0よ!!
実の父親にここまで嫌がられるとか、さすがに気の毒すぎて笑えない。
……いや、ちょっと笑えるかも。
「と、とにかく! キールさんにそんな失礼な態度はダメだよ!? めっ!」
「くぁ……」
俺が、ちょっとだけ強めに注意すると――
ユキちゃんは、納得いかないようにくちばしをすぼめて「くぁ……」と返し、大人しくなった。
「……すみません、キールさん」
「いや……気にすることはない。それより、話を聞こう」
「はい」
さっきとは立場が逆転。今度は俺がコーヒーを淹れて、キールさんの前に出す。
ユキちゃんとあーたんには、【ミルクギュー】の魔皮紙で出した温かいミルクを、底の深いお皿に注いであげた。
「まず、ユキちゃんと同じで……ここで怪我をして寝ている黒いベルドリは、ヒロユキくんです」
「ふむ……そうか。なら、まずは彼を起こさないとな」
「? どうして?」
「私からも、二人に伝えておきたい話があるからね」
そう言って、キールは懐から一枚の魔皮紙を取り出して、ヒロユキのそばへと歩く。
「えっ? 一応……治療用の魔皮紙で回復させてる最中ですけど?」
俺の財布が涙を流した、渾身の魔皮紙だぞ!?
どんな傷でも《一日あれば完治》っていう、いわば【ビンビンに効く】ってやつ!
「私のこれは、もっと早い」
「は?」
え、ちょっと待って、その魔皮紙……くっしゃくしゃなんですけど!?
ボロ雑巾じゃなくて!? ……って、えぇぇぇぇぇぇ!?
「……クルッポー」
「い、一瞬で!?」
ヒロユキの目がパチッと開いた。
……え、起きた。え、回復した。え、ええええええ!!
「これで大丈夫だろう。――さて、話を続けてくれ」
「いやいやいやいや待って!? 魔法!? なんですかそれ!? 一瞬!? そ、それ反則ぅぅぅぅ!!」
「ふむ、如何にも魔法だ。口の悪い親友が治癒専門でね……個人的に作ってくれたものだ」
「ず、ずるいっ!チートもチート!チーターや!!」
「くぁ! くぁー!」
ユキちゃんが、謎のタイミングで俺に加勢してくれる。
「どうしたんだ? アオイさんは……もっと落ち着きのある女性だと思っていたが」
「うぐっ……」
だ、だってぇぇぇ!?
こっちは汗水たらして、ガラス越しに魔皮紙見て、財布と相談して、よだれ垂らして買ったのにぃ!?
あっさり全否定されて、黙ってられるわけないでしょぉぉぉお!!
「くぁ! くぁー! くぁ!」
ユキちゃんが俺の横で騒ぐ。
……まぁ、でも、今は落ち着いて話し合わないと。
時間は限られてるんだ。
「ユキちゃん、ごめん。落ち着いて。大丈夫、なんでもないから」
「くぁ?」
「うん……ちょっと、取り乱しただけ」
「……クルッポー」
「ヒロユキくんも……今、なんでここにキールさんが居るの?って思ってると思うけど。ちょっと、聞いててね」
キールさんは静かにイスに座り直して、コーヒーを口に運ぶ。
まるでこれから起こることすべてを、既に知っているかのように、落ち着いて。
「まず、僕たちの最優先の目標は――」
「ユキちゃんとヒロユキくんの身体を、元に戻すことです」
「……うむ」
「……クルッポー」
「そして、それを実現するには《魔王》と戦わなければならない可能性がある……」
ちら、とキールさんの様子をうかがう。
でも、その顔は変わらなかった。驚くどころか、頷いて、ただ黙って聞いている。
(やっぱり……リュウトくんの言ってた通りだ)
――ミクラルの城では、既に何かを知っている。
もしかしたら、王国側にも“対魔王”の準備が進んでいるのかもしれない。
「……というわけで、まずは《魔王》に関する情報を、お互いに整理したいと思います」
「……クルッポー」
「ヒロユキくんの言ってることは、あーたんちゃんに通訳お願いね」
「はーい!」
「私も、知っている限りのことは話そう」
「じゃあ、まずは僕からいくね――と言っても、僕の情報源はこの人なんだけど」
俺はベッドの奥、丁寧にぐるぐる巻きにされた“本物のヒロユキ”の顔の部分だけ、【糸】でそっとほどく。
「これは……!」
「……クルッポー」
「うん。この子は正真正銘、本物のヒロユキくんの身体で、今は魔法で眠らせてる状態。
でも中に入ってるのは、《魔王の幹部》……名前は確か、【ヌルス】っていう魔族です」
「……なるほど。【入れ換わってる】というのは、そういう意味か」
キールさんは、俺の簡単な説明だけでほとんどを理解してくれた。
さすがは代表騎士、話が早くて助かる。
「そこで僕は、【魅了』を使っていろいろ聞き出したんだけど――」
「……【魅了』で?」
「え? はい……何か、ありましたか?」
「……い、いや。何でもない。話を続けてくれ」
キールさんは、わずかに目を細めて、低く小さく「……もうそこまで力を……」と言ってたが、俺は気にせずそのまま話を進めた。
「どうやら、彼らの拠点は――かなり遠い場所にあるみたいなんです。名前は……【ライブラグス】って言ってました」
「【ライブラグス】……聞いたことはないな。だが、おそらく……報告にあった【ジェミラード】【スコーピオル】【キャンサーコロッセス】と同じく、魔族や魔物が巣くう特殊地域か」
「はい。そして、魔王の名前は【メイト】だそうです」
「……クルッポー」
ヒロユキくんも真剣な様子でうなずく。
「で、肝心のそこへの行き方なんですけど……どうやら、魔族たちは“ミクラル王国の人間に紛れて”、標的を転移させてるようなんです」
「ほう……転移、か」
「はい。僕が【ヌルス】に『どうやって転移させてるんだ?』って聞いたとき、彼は“自分の仕事じゃない”って言ってました。幹部であるヌルス本人は現場には出ないらしいです」
「つまり、魔族にも社会や肩書きがあって、転移させてるのは部下達というわけだな」
「そうなります。……後、ベルドリになったヒロユキくんを見つけれたのは、“入れ換わった身体の場所”は、把握できるみたいなんですよ」
「……クルッポー」
「くぁ!」
「その他にも【人魚】の存在を知ってました、その人魚を低種族とも……」
「つまり、魔族でも種族同士で交流があり、争いがあるとも考えた方がいいな……【人魚】と言えば、グリード城から正式にリュウトに討伐依頼が出てたはずだが」
「はい。僕は冒険者としてアバレーに滞在していたときに、その人魚討伐を受けたと言うリュウトくんの噂を聞いて探し出しました。その時、ちょうど、リュウトくんとヌルスが戦っていました」
「……クルッポー……」
ヒロユキくんも静かにうなずく。
「なるほど……つまり、あれが魔王【メイト】の狙いだったのか」
キールさんの目が鋭く細まる。
「――幹部を勇者の身体に入れ、その状態でリュウトとぶつける。もしどちらかが倒れれば、それだけで“勇者の駒”が減る。結果的に、魔王側の戦力が有利になるというわけか」
(そ、そうだったんだ……)
俺はただ、知っている情報を順番に伝えただけのつもりだった。でも、それだけでここまで読み解けるキールさん……やっぱり【代表騎士】って伊達じゃない……。
「それと、リュウトくんからヒロユキくんに伝言を預かってるよ。“そっちは任せたから、こっちは任せろ”ってさ」
「……クルッポー」
「……青春だな。ヒロユキ殿とリュウトは」
青春……?青春なのか? 俺の知ってる“青春”とはだいぶ違う気が……異世界ジョークか?
「あともう一人からも、伝言を預かってる」
「もう一人? リュウトのパーティーメンバーですか、アオイさん」
「いや、ジュンパクさんから」
「……ジュンパク殿? どうして?」
「どうやら、偽のヒロユキ君と一緒に来てたみたいで__“アニキ! リュウトの坊主と久しぶりに大海原に行ってくるね! もし無事に帰ったら結婚して!”って言ってたけど……え、何その関係性?」
「……クルッポー……」
「“大海原”とは……?」
「どうやら【人魚】の拠点――【アトランティスク】は、遥か海の底にあるらしいんです。それで、入り口に心当たりがあるジュンパクさんがリュウトくんと残ることに」
「ふむ……なるほど、そうですか」
「代わりに、魔物の言葉が分かるっていう、あーたんちゃんが此方に来たってわけで」
「えっへん! マスターのため! あーたん、えらい!」
「なるほど。心強い仲間ですね」
「僕からはこれくらいかな。次、ヒロユキくん、お願いしてもいい?」
「……クルッポー」
「えっとね、“わかった”って!」
「うん、あーたんも少し長くなるかもだけど、通訳よろしくね?」
「はいー!」
「……クルッポー(俺はミクラル王国の国王に呼ばれて、各自の勇者の話を聞いたあと、ユキが「久しぶりにみんなで飲みに行きましょう!」て言ってきて、それで一緒に行った)」
「うん」
……あれ? 珍しいな。確か我が弟、酒にはめちゃくちゃ弱かったはずだけど……
「……クルッポー(で、案の定そのまま酔って潰れた)」
だよな!? うん、変わってなくて安心したよ。ほんとに。
「……クルッポー(そして目が覚めたら、見知らぬ砂漠の大地だった)」
「砂漠っていうと……それが、ヌルスが言ってた【ライブラグス】って場所なのかも?」
「……クルッポー(たぶん、そう。とにかく真っすぐ道なりに歩いてたら、途中でこのユキと出会った。そしてまた二人で歩いてたら、大きなピラミッドが見えてきた)」
「おぉ、砂漠にピラミッドか……エジプトみたい」
「ピラミッド? なんだ。それは?」
キールさんが首を傾げた。
異世界にはないのかな?まぁ、元の世界でも、それが何かは分かってないんだけど。
「えっとですね、ピラミッドっていうのはこう、三角の壁が四方にあって、上が尖ってて……石を重ねて作った、でっかい建物なんです」
俺は手を動かして、なんとかジェスチャーで説明する。どうにかイメージは伝わったみたいで、キールさんは「ふむ」と頷いてくれた。
「……クルッポー……(そこで俺は【メイト】と戦った。その結果……)」
ヒロユキの目が静かに伏せられる。その先は言わなくてもわかる。今の姿が、何より雄弁だ。
「……」
「そんなの気にしなくていいよ。生きてれば次にチャンスは来るし、大事なのは、次にどうするか……“男なら、負けたときのことは考えないものだぞ”ってね。ハハ」
「……クルッポー!?(その言葉は……!?)」
「え? な、なに?」
「……クルッポー(なんでもない)」
なんだよ、気になるじゃん……でも、今は聞かないでおこう。
「それより、メイトってどんな攻撃してた? 戦法がわかれば対策の魔皮紙も選べるし、装備構成も考えられるかもしれないからさ」
ヒロユキはしばらく黙ってから、小さく鳴いた。
ところで思ったけど、あーたんはよくこんな「クルッポー」だけで通訳できるよな……。あの鳴き声、どう考えてもそんな情報量ないぞ? 魔物語、奥深すぎんか。
「……クルッポー(確か、あいつには俺……浮かされて、手も足も出なかった)」
「浮かされた? うーん、それは厄介かも……」
浮遊魔法__かなり複雑な魔法で未だに人を1人浮かせることは難しい。
最新の浮遊魔法の魔皮紙でさえ上級ほどの魔力消費を使用し続け、それでと3秒などが限界だ。
なんでも、人の身体は“複雑すぎて”魔法が適応できないとか、そんな話を聞いた。
それなのに、ヒロユキが浮かされたってことは——つまり……
「……何かの能力、かな?」
俺が戦った魔王は時間を止めていた。
今回の魔王もそのクラスの能力を持っていても不思議ではない。
「……クルッポー(わからない。あとはこの姿で、生きることに必死だった)」
「うん、わかった。あーたんも、長々とありがとね?」
「はーい! あーたん頑張ったから、食べないでくださいねー」
「……僕をなんだと思ってるんだろう……」
ちなみに、ユキちゃんは話が長かったせいか、もうぐっすり眠っていた。
外はすっかり暗くなっていて、窓に映るのは……俺のだいっきらいな“あの女”の顔。
それを見て、俺はふっと息を吐いた。
さて——ここからが、本番だ。
「キールさん」
「?」
俺はキールさんの正面に出て、静かに、そしてはっきりと——
土下座した。
さらりと落ちてくる長い金の髪。
重力に引かれて頬に触れる感覚が、昔を思い出させた。
アバレーで、奴隷ディーラーとしての土下座は、その場を収めるためだけの土下座。
でも今は——違う。
本心だ。
俺の心の奥底から、自然に言葉を出す。
「僕たちと一緒に、魔王を倒しに行ってくれませんか!」
そう。これは——パーティー勧誘だ。
本当なら、リュウトくんにもついてきてほしかった。
でも、彼には彼の使命がある。
だからこそ、俺は俺でやらなきゃいけない。
……でも、怖いんだ。
不安で仕方ないんだ。
この前、確かに魔王を倒した。
けど、今思えば——あれは怒り任せの、命懸けの衝動だった。
「死ぬなら道連れだ」……そんな戦い方、もうできない。
だって俺は、知ってしまった。
みんなが——生きてる。
死んだら、もう会えなくなる。
それが、今の俺の中にある——恐怖だ。
だからこそ、絶対に勝たなきゃいけない。
死なずに、勝たなきゃいけない。
目の前にいるこの人は——最強だ。
彼が加わってくれたら、勝率は跳ね上がる。
だからこそ!
もし断られたら、【魅了』を使う覚悟はしていた。
だけど、あの魔法には“モーション”がある。
この人相手に、それを見抜かれず通せるとは思えない。
……だから。
今は、本心で、頼むしかない。
「——頭を上げてください、アオイさん」
「……」
だけど、俺はあげない。
返事を聞くまでは、このおでこは地面にくっつけたままだ。
でも——
その意地は、すぐに必要なくなった。
「私からの話というのは、君たちのパーティーに入れてくれという話だったのだから」
——その一言で、全部、報われた気がした。
こうして。
グリード王国の最強騎士、
キールが——
魔王メイト討伐パーティーに、加わった。
「……よかったぁ……」
どっと肩から力が抜けて。
俺は、ほろっと笑って、天井を見上げた。