テラーノベル
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斜陽に照る店内は、いつもより少し賑やかだった。鼻歌刻みながらコーヒーを嗜む美蘭と、ノートパソコンで大学課題を進める冬馬。寝ていると見間違うほど静かな様子で読書しているマスター。実家のような居心地の良さを不思議と全員が感じていた。
「何かいいことあったんですか?」
一瞬横目に見るも、変わらず作業をしながら冬馬君が聞いた。私はそれに愛想ない返事をする。
彼の視線は指輪の無くなった手にあった。が、そこに対しての言及はない。
今日のコーヒーは不気味なほどに甘い。砂糖でもミルクでもない。私のほうが変わったのだ。それがなんとも嬉しいような、悲しいような。もう戻れない所へ来たのだという事だけを実感させてくれる。
ただ一つ、まだ心残りがあるとすれば幸福だ。この復讐を終えれば彼の人生が終わるわけじゃない、彼には玲奈がいるから。
たとえそれが作られたものとして、それでも彼は幸福なのではないかと、そう思ってしまうのだ。彼と過ごした日々、もちろん辛い思いだって沢山したが、それでも幸福であったと。そう思えてしまっている私がいるのだ。
「……はぁ」
ついため息が零れた。それがどのようなものか悟られぬよう、私は誤魔化すようにコーヒーを続けて啜った。
「美蘭さん。明日って時間あります?」
それを見透かしたかのような、ちょうど遮るタイミングに彼がつぶやく。
「ん。いや、特に」
「じゃあ、デートしません?」
突然すぎる発言に、思わずせき込む。無口なマスターですら取り乱しているようで、手が小刻みに震えている。
彼の瞳を見るに冗談ではなく、かなりまじめなようでキラキラとビー玉のように光っている。戸惑いの消えぬ中、私は特に理由もなくそれを了承した。
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