同じ頃、カナリアから許可を貰ったシャーリィは帝都へ増援を呼び寄せるため用意された私室へと戻っていた。
シェルドハーフェンと帝都の距離は遠く、鉄道でも数日、馬車ならば一月以上を要するほどである。仮に手紙を出したとしても、パーティーには間に合わない。
だが、シャーリィには手段があった。現在帝国で最も速い連絡手段、水晶である。海狼の牙のボスであり魔女のサリアが用意したこの魔法具は三つ存在する。一つはサリア自身が所有し、残る二つはアーキハクト姉妹が保有している。
「と言うわけでして、速やかな援軍が必要になりました。お願いしても良いですか?サリアさん」
自室のテーブルに置かれた水晶にはサリアが映し出され、シャーリィは要望を伝えた。
帝都進出に先立ち、万が一の事態に備えてサリアへ情報伝達のための協力を取り付けていた。対価としては農園で栽培している月光草の提供量の増加である。
『貴女って本当に面白いわね、シャーリィ。帝都にはパーティー参加するだけだったのに、もう厄介事に巻き込まれているんだから』
水晶に映し出されている紫の魔女は薄く笑みを浮かべる。彼女にとってシャーリィは非常に興味深い観察対象なのだ。
「帝都では謀略や政治的な駆け引きが中心になると予測していましたが、まさかここまで直接的な手段が取られるとは思いませんでした。想定外です」
『更に魔王の生まれ変わりまでいる、でしょう?』
「その通りです。今回も邪魔をされましたし、滞在中にマリアと交戦する可能性は非常に高いでしょう。それなや、レンゲン公爵家の戦力は少ない」
『だから呼び寄せるのね。戦力は用意しているのかしら?』
「帝都へ向かう前に、マクベスさんと打ち合わせをしています。いつでも動かせる戦力を用意してくれていますよ」
『そう……面白い事になっているみたいだし、月光草と合わせて私を楽しませてくれたお礼がただの連絡じゃ割に合わないわね。シャーリィ』
「はい」
『今回は大サービスよ。十年間楽しませてくれたお礼に、助けてあげる。楽しみにしてなさい』
サリアの言葉を聞いてシャーリィは首をかしげた。
「サリアさんとのお付き合いは五年程度の筈ですが?」
『あの冬の日、貴女がダンジョンから抜け出したその時から観察していたのよ』
「御存知でしたか」
『作ったのは私だもの。ヴィーラじゃなくて貴女が出てきたのはビックリしたけれどね。まあ、先ずは帝都でのゴタゴタを片付けなさい。帰って来たら、詳しく話してあげる。援軍についても安心して』
同じ頃、帝都にあるマンダイン公爵家の別荘となる屋敷。贅の限りを尽くした作りの大広間にて、パウルス男爵は深々と頭を下げ、冷や汗をまるで滝のように流しながら怒りが静まる時を待っていた。
「この役立たずめが!勝手に先走り、あまつさえ成果すら無しで逃げ帰ると何事か!お陰でワシはあの女狐から嫌みたっぷりの抗議を受ける羽目となったのだぞ!」
パウルス男爵に怒鳴り散らすのは、様々な装飾品で飾られた貴族服に身を包んだ肥満体の男性。マンダイン公爵家の当主ダングレスト=マンダイン公爵である。
その身体を怒りで震わせながら、自らの傘下である男爵へ罵声を飛ばす。
「しかも女狐にやられたのではなく、耳長共にしてやられるとは!貴様それでも帝国貴族か!恥を知れ!」
「しかしながら閣下!」
「ええいっ!問答無用!恥さらしの言い訳等聞きたくもないわ!ワシの視界から失せろ!然るべき処置を降すので、覚悟しておけ!」
「はっ、ははぁっ!」
部屋を追い出され、意気消沈と廊下を歩くパウルス男爵。そんな彼に悪魔の囁きが訪れる。
「ごきげんよう、パウルス男爵」
「これは、フェルーシアお嬢様」
慌てて平伏した先には、ダングレストの愛娘であるフェルーシア=マンダイン公爵令嬢の姿があった。帝国では本来貴族令嬢よりも貴族の当主の方が身分は上だが、マンダイン公爵家では父の影で辣腕を振るう彼女も巨大な権力
を持つ。それ故に東部閥に属する貴族達は例外無く彼女にも頭を下げる。
「広間での騒ぎ、耳にしておりましたわ。お父様ったら、パーティーの準備や調整で気が立っているみたいですわね。貴方のような忠臣にあのような罵声を浴びせるなど……」
「はっ、いえ!これは全て私の責でありまして!」
「まあ!ご立派な心意気ですわ。だからこそ、このまま男爵家に罰が降るのを見ているのは辛いこと」
「はっ」
「パウルス男爵、何かしらの成果を挙げてくださらない?そうすれば私がお父様に取り成しますわ」
「それはありがたいお話ではありますが、しかしなにを……!」
「お父様の心中を騒がせている問題などそれほど多くは無いでしょう?」
口許を扇で隠しながら目を細めるフェルーシアを見て、パウルス男爵は必死に頭を働かせる。
マンダイン公爵悩ませる最大の問題は、彼にとって政敵でもあるカナリア=レンゲン女公爵に他ならない。
帝室すら手中に収めつつある彼に真っ向から対立しているのは、レンゲン公爵家だけなのは周知の事実である。
「……女公爵ですな」
「お父様の問題を解決していただければ、取り成しをして更に爵位すら進言してみせますわ。もちろん、此れを掴み取るか否かはあなた様次第。どうでしょう?パウルス男爵」
「はっ、ははっ!必ずや閣下のお心を煩わせる問題を解決してご覧に入れます!」
このままでは、下手をすれば男爵家の取り潰しもあり得る。そんな中提示された挽回のチャンスに飛び付いたパウルス男爵は、それが何を意味するのか考える余裕を持っていなかった。
意気揚々と立ち去る彼を冷めた目で見送るフェラルーシア。
「お嬢様、宜しかったので?問題になりますが」
そんな彼女に声をかけたのは、砂色の髪を持つ執事のカイン。
彼の問いにフェラルーシアは蔑みを含んだ声で答えた。
「私はお父様の問題を解決するように提案しましたが、レンゲン公爵家に手を出せなんて一言も口にしていませんわ」
「悪いお方だ」
「ふん、結果はどうあれ結末は変わりません。確かパウルス男爵家の妻子は美人揃いでしたわね。闇鴉に連絡しておきなさいな」
「御意」
冷めた目のまま命じたフェルーシアは、静かに窓の外へ視線を向ける。暗雲とした帝都を一瞥して、彼女は部屋へと戻るのだった。
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