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礼は尽くしたのだから、もうここにいる理由はない。俺はフィル様を抱き抱えて繊月の間を出ようとした。
俺の背中に向かって隣国の王子が叫ぶ。俺の腕の中にいる女王はフィル様だと言ってきかない。こちらは違うと説明してるのだから早く諦めて帰って欲しい。しつこい男だ。
ついには俺とフィル様の前に立ち塞がり、上着の胸ポケットから何かを取りだした。
「俺は確かにフィーがいたという証を持っている。フィー、俺はこれを見て心が騒いでしかたなかった。なぜこれを置いていった。もしや形見のつもりか?死ぬつもりだったのか?」
「それは…」
「フェリ様」
口を開こうとしたフィル様を止める。
王子は何をしようとしている?
俺は「それはなんですか?」と手を伸ばした。だが手が触れる前に、王子は手に持った袋を持ち上げた。
「触るな。これは俺の大切な物だ」
「だからそれは何ですかと聞いています」
「これは、そこにいるフィーの銀髪だ」
王子が袋の中から美しい銀髪をつまんで出した。
俺は驚いた。確かにフィル様の銀髪だ。しかしなぜこの男が尊い銀髪を持っているのだ。
叫びそうになる気持ちを抑えて冷静に口を開く。
「…確かにそのように美しい銀髪は、我が国の王族以外におりません。しかしフェリ様はずっと城の中におられました」
「だから双子の王子の銀髪だと言ってるだろう」
俺は小さく息を吐いて大宰相を見た。王子を騙すのは難しいようだ。後は大宰相の判断に任せよう。
大宰相は、我が国の秘密であるフィル様の存在を認めた。ここにいるフェリ様の弟だと説明をした。
すると王子が、なぜ再び姉の代わりというひどいことをさせているのかと怒りだした。
こちらはフィル様の存在を認めたのだから、それで納得すればよいものを。ここにいる女王がフィル様だと言ってゆずらない。
「何を仰られてるのかわかりません。誰も代わりなどしておりません。我が国は代々続く女王が治める国。ですから王女であるフェリ様が、前王が亡き後に後を継がれました。それをそのような言いがかりをつけられて…。ひどいのはどちらでしょうか」
「ではフィーはどこにいる!そこにいるのが王女だと言うなら、双子の王子はどこにいる!彼を、フィーを連れてこい!」
「連れてきたとして…フィル様をどうなさるおつもりですか」
「俺の国に連れて帰る」
フィル様の身体がビクンと揺れる。
俺は絶対に離さないという意志を持って、フィル様を強く抱きしめた。
そんな俺を見て、王子が早くフィル様を離せとうるさい。仕舞いにはフィル様のドレスを手に取った。そしてフィル様だと確かめる方法があると言い出す。王子はフィル様の身体の痣のことを知っていた。その痣をここで確認すると言うのか?フィル様に無体なマネは許されない。
「おいで」と両手を広げた王子に反応して、フィル様が俺の腕から降りようとする。
だが俺は離さない。
あまりにもしつこく言い募る王子に困って、フィル様が俺を見た。
俺は絶対に離すまいと手に力を込めた。その時、怪我をした箇所を押してしまったらしく、フィル様が悲鳴をあげる。俺は慌てて手を離した。
床に足をつくなりその場に座り込んだフィル様を、今度は王子が先に抱きとめた。
一瞬遅れて伸ばした手を隣国の王子に払われて、俺は「女王に触れないでいただきたい」と怒鳴った。
王子も怒鳴り返し、フィル様を自国に連れて帰ると言い張る。続けてフィル様に身代わりをさせるということは王女も亡くなったのかと聞いてきた。
苦労のしていなさそうな隣国の第二王子など、何も考えず呑気に毎日を暮らしているだけの人物と思っていたが、中々に賢いようだ。だが快活に見える王子には、フィル様が経験されてきた辛苦をわかりはしない。
俺は核心を突かれて口ごもった。
しかし代わりにフィル様がフェリ様として話しだした。弟を大切に思ってくれたと感謝までしたというのに、王子は全く信じない。快活そうな性格のわりにしつこい男だ。
いつまでもフィル様の腕を離さない王子に、フェリ様のフリをしたフィル様は、弟は死んだと言った。自分の心臓を剣で貫き、血を私に飲ませたと話して目を伏せた。
王子は無言で大きな溜息をついた。
フィル様の話を信じてはいないだろうが、ようやく納得したかと思ったその時、王子がフィル様の腕を持ち上げ袖をめくった。
黒い蔦の模様があらわになる。
フィル様は化け物みたいだと言うが、俺は美しいと思っている。白い肌に浮かび上がる模様が、フィル様をとても尊いものにしている。
あの模様に指を這わせたい。
フィル様の痣を見た日から願っている。
そんな俺の目の前で、王子が「やはりな」と呟いて、フィル様の痣を指でなぞりだした。
「隣国の王子、その手を離してください。とても失礼なことをされているとわからないのですか?そして…やはりとはどういう意味ですか」
自分でも驚くほどの低い声が出た。
気安く触れるな。それは簡単に触れていいものではない。早く離せ。
怒りで俺の身体が震え出す。なのにあろうことか、王子はフィル様の痣にキスをした。
俺は腰の剣に手を伸ばそうとした。
その動作に気づいたのか王子がこちらを見上げて鋭く睨んできた。
「フィーは左半身に痣がある。痣が出現する瞬間を、俺は見てたんだ。だから…おまえはフィーだ。フィー、俺と一緒にバイロン国に帰ろう」
「リアム…王子…」
左手の甲にキスをされ、フィル様の緑の瞳が揺れている。
そのまま頷くのだろうか。やはり王子の傍にいたいのだろうか。それほどにフィル様は王子のことを愛しているのか。
俺は手を固く握りしめた。
だがフィル様は、毅然とした態度で口を開いた。
「この痣は、フィルの命をもらった時に私の身体にも現れたのです。ですから痣があっても何の証にもなりません。何度も言います。私はフェリです。フィルはもう死んでいません。呪われた子ゆえ、すでに荼毘に付してしまいました」
「リアム王子には、わざわざ我が国まで来ていただき感謝しております。ですがあなたの目的は果たせません。どうか早々に国に戻られますよう。そして我が国の兵を返してくださいますようお願いします」
王子は無言でフィル様を見つめた。
フィル様も王子を見つめ返す。
しばらく見つめ合う二人だけの空間を、俺が壊した。
「フェリ様、部屋へ戻りますよ。まだ怪我も治っていないのです。休まなければ悪化してしまいます」
「…わかってる。ではリアム王子、私は失礼します。帰国への道中、どうかお気をつけて…」
一刻も早くフィル様を王子から離したい。
俺はフィル様が言い終わるよりも早く抱き上げると、王子には目もくれずに繊月の間を後にした。
フィル様の部屋を離れて廊下を歩きながら考える。
隣国の王子には、早々にご帰国願おう。夜道を帰れぬと言うなら、王都の高級宿か、王都に接する領地の貴族の城に泊まらせよう。とにかく早く城から追い出してやる。
トラビスには今度こそ責務を果たさせる。今すぐに王子を城から連れ出してもらうぞ。そして二度と王都には入れさせぬ。だが相手は他国の王族だ。隣国と波風を立たせないように扱わなければならないのが面倒だ。
俺は足を止めてフィル様の部屋を振り返った。そして再び前を向くと、軍の待機部屋へと急いで向かった。
ラズールの至宝(終)