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「間に合って良かった。とりあえずソレを降ろしたまえ。話はそれからだ」
木場先生は雷電丸の腕を掴みながら諭すように話しかけて来る。
雷電丸は木場先生の瞳をジッと見つめた後、何故かニカッと嬉しそうな笑みを零した。
「分かった。言う通りにしよう」
雷電丸はそう言うと、木場先生に逆らう素振りすら見せず、持ち上げた武田市議をぽいっと、ゴミをゴミ箱に投げ入れるようにソファに放り投げた。
ドシン! と武田市議はソファに倒れこむと、引きつった顔で雷電丸を睨みつけた。
「これでお前は終わりだ! 必ず後悔させてやるから覚悟しておくんだな!」
武田市議は怒声を張り上げると、勝ち誇った笑い声を上げた。
「そうですね。確かに終わりでしょうな。このような愚行を犯した者どもを許すべきではないと、私も思います」木場先生はフフっと、柔和な笑みを零しながらそう言った。
「ほう、貴女は分かってらっしゃるようですな。それで、貴女はどなたですかな?」武田市議は乱れたネクタイを正しながら木場先生にそう訊ねる。
「申し遅れました。私は保健師の木場アザミと申します。不届き者が現れたと聞き、その顔を拝みに参りました」
木場先生の言葉を聞き、私は彼女を睨みつけた。
生徒に人気のある彼女でさえ権力の前ではこの程度なのか、と吐き気をもよおした。
木場先生は涼し気な笑顔で私達を見回してくる。
賛同を得られたと感じたであろう武田市議は不敵にほくそ笑んだ。
「では、貴女にお願いしよう。早く警察を呼んでください。あろうことかこのクズ共は私に暴行を加えてきたのですよ」
「警察? ああ、大丈夫。それには及びませんよ。クズ共は私が成敗しますので」
やっぱりか。木場先生もあちら側の人間であることが確定した。
怒りよりも悲しみが先に立った。以前、私が体調を崩して保健室に行った時、彼女は優しく私を出迎えてくれた。そして、悩み事があれば何でも相談しなさい、と語り掛けてくれた。
それがとても嬉しかった。それが彼女の仕事だったとしても、例え上辺だけの言葉だったとしても、私に優しい言葉をかけてくれたのは木場先生だけだったのだから。
だからこそ、彼女の裏切りが、クズという蔑みの言葉を吐き出したことが許せなかった。
「貴女が? どうやってですかな?」
「無論、こうやってですよ」
次の瞬間、思わず唖然としてしまった光景が飛び込んで来る。
木場先生は満面に笑みを浮かべると、そのまま右の拳を武田市議の頭に叩き込んだのだ。
バキャッ! と武田市議は顔面を床に叩きつけられ、そのままバウンドして再びソファに倒れ込んだ。
武田市議は額から一筋の血を流すと、激痛に頭を押さえながらもがいていた。
「木場先生!? お前、武田市議になんてことをするんだ⁉」校長先生の絶叫が響き渡った。
私は開口しながら、呆然と木場先生を凝視する。
いったい、何が起こったの? どうして木場先生が武田市議をぶん殴ったというの?
それが意味するもの。つまり、彼女は私達の味方ということ。
たちまち私の心にかかった黒いモヤは霧散して明るい光りが差した。
「貴様、少し黙っていろ」木場先生は怒りに引きつった形相で校長先生を睨みつけた。
木場先生の迫力に圧倒された校長先生は絶句し、呆然と佇む。
「保健師ごときが校長に向かってその態度は何だ!?」教頭先生は顔を歪ませながら木場先生に怒声を張り上げた。
すると、木場先生は無表情で教頭先生の前まで歩いて行くと、ネクタイを掴み上げながら鋭い眼光を放った。顔を間近まで迫らせ、あと一ミリでも前に出れば木場先生の唇は教頭先生の鼻の頭にキスをすることになるだろう。
「この木場アザミが黙っていろと言っているのだ。二度は言わんぞ?」
木場先生は鬼の様な形相を浮かべると、教頭先生を激しく睨みつけながら静かにそう呟く。
教頭先生は小さく悲鳴を洩らすと、そのまま後ろに倒れ込み尻もちをついた。
「さて、それでは本題に入るとしようかね?」
木場先生は倒れている武田市議の目の前で膝を下ろすと、彼のネクタイを無理矢理掴み上げ無理矢理顔を上げさせる。
武田市議は苦しそうに呻くと、怯えた表情で木場先生と目を合わせた。
「貴様に残された選択肢は二つ。一つは私の愛する生徒達に謝罪し、この街から失せること。もう一つはこのまま私に抹殺されること。さて、武田 元市議殿はどちらを選ばれるのかな?」木場先生は武田市議のネクタイを掴み上げながら不敵にほくそ笑んだ。
「元市議だと? それはどういう意味だ⁉」
「言葉通りの意味だよ? それこそ私も貴方の大好きな権力を使わせてもらった。目には目を、権力にはより強い権力を、だ」
「何を馬鹿なことを……貴様、ただで済むとは思うなよ? 私にかかれば一介の保健師などいつでも社会から抹殺することが出来るんだぞ?」
「一つ断言しよう。お前はもう終わり……いや、終わっているのだよ。そう、私の愛する生徒を恫喝した瞬間からね」
そう吐き捨てると、木場先生はネクタイから手を離し立ち上がった。
すると、それと同時に武田市議のスマホが鳴り響く。
武田市議が慌ててスマホを取ると、画面を見ていた顔が驚愕に強張った。
「は、はい、武田です! 先生にはいつもお世話になって……な、なんですって⁉」
武田市議は声を張り上げると、そのまま呆然と立ち尽くした。
そしてがっくりと膝をつくと、そのままスマホを床に落とす。
私達は呆然とただその光景を眺めるより術はなかった。いったい、何が起きているというのだろうか?
隣にいる静川さんは一言も発することもなく、ただ目を点にして呆然と佇んでいた。きっと状況を理解出来ていないのだろう。
木場先生は床でガックリとうなだれる武田市議の肩に手を置く。
「逆らったらどうなるか、分かったかね? ならば、とっととこの場から失せろ」と、木場先生は武田市議の耳元で静かに、とても優しく囁いた。
「は、はいいいぃぃ、承知しました!」
武田市議は泣きながら返事をすると、そのまま逃げるように校長室から立ち去って行った。
『あんなに横暴だった市議さんを追い詰めるだなんて、木場先生ってば何者なの?』
私はどうやら木場先生を見誤っていたようだ。
彼女は権力に屈する汚い大人などではない。より強い力を持った私達の味方だったのだ。
しかし、手段を選ばず、敵と認識した相手を徹底的に潰しにかかるその姿は、慈愛に満ち溢れた女神ではなく、白い悪魔の様に思えてしまった。
すると、木場先生はニッコリと満面に笑みを浮かべると、私達に話しかけて来る。
「そういうわけだ。二人とも、助けに来るのが遅れて済まなかったね。でも、これで晴れて無罪放免だよ」
「双葉っち、あたし馬鹿だからよく分かんないんだけれども、これは助かったってことでOK?」
「ああ、そうじゃよ。しかし、ちっと残念じゃったの」
雷電丸は深く嘆息すると、酷く残念そうに呟いた。
『なにが残念なの?』
「国家権力を相手に暴れたかったのう」
それ、冗談よね? と私は思ったが、雷電丸ならやりかねないと思う。
私は危うく、国家権力をを敵に回すところだったのかしら?
起こり得る現実だと思い、私の背筋に冷たいものが走った。
「あ、一つ忘れていた。二人とも、ちょっと待ちたまえ」
木場先生は私達にそう言うと、つかつかと校長先生と教頭先生の歩いて行く。
「二人に謝罪を」と、木場先生は二人に顎で指示を出した。
「な、何で私が生徒に謝罪しなければならんのかね!?」校長先生は納得のいかない様子で顔を真っ赤にする。
「いいから、二人に、土下座して、謝れと、木場アザミが言っているのだ」木場先生は穏やかな笑顔を浮かべながらボキボキと指を鳴らす。
木場先生の背後に怒り狂った鬼の幻影を垣間見た校長先生と教頭先生の二人は、顔を蒼白させるとそのまま床に座り込み、私達に土下座で謝罪の声を張り上げる。
「申し訳、ございませんでした!!!」と、二人はほぼ同時に叫んだ。
「そこまでしてくれなくてもいいし!」静川さんは慌てた様子で叫んだ。
「いいや。仮にも教師が権力に屈し、守るべき生徒を生贄に差し出そうとしたのだ。それだけでも万死に値する。どうかね? 二、三発くらいぶん殴っても、私は見ぬふりをしてあげるが?」
木場先生の死刑宣告と同義の言葉を聞き、校長先生と教頭先生はびくっと身体を痙攣させる。
「ふむ。それならば、鉄砲柱にくくりつけて、ぶつかり稽古百本でも受けてもらおうかの」
「いや、流石に生徒に殺人をさせるわけにはいくまい」
「ならば遠慮しておこう。弱い者虐めは性に合わんからの」
「そうか。なら、もう教室に戻りたまえ。授業に遅刻してしまうからね」
そうして、木場先生は白衣のポケットに両手を入れながら踵を返す。
「三人とも、また放課後にね」
私とすれ違いざま、木場先生はそれだけを囁いて校長室から立ち去って行った。
「木場先生って、超ミステリアス美女だし。超イケてるし!」頬を染めながら、静川さんはぴょんぴょんと跳ねながら嬉しそうに言う。
「放課後? どういう意味じゃ?」と雷電丸は木場先生が残した言葉に首を傾げる。
確かにそれも謎なんだけれども、今、木場先生は三人ともって言ったわよね?
多分、聞き違いだろう、とその時の私は思った。
後日、静川さんをリンチした武田さん達のグループは全員転校することになった。
それが木場先生の仕業なのかは分からなかったが、彼女のおかげで私達は穏やかな学校生活を送ることが出来るようになった。
話は戻り、その日の放課後。
私達は今日こそは相撲部で稽古をする為に相撲部に向かった。
隣には静川さんの姿もあった。彼女も相撲の稽古をやろうと張り切っていた。
「さあ! 今日こそは楽しい楽しいお稽古じゃ」
「あたしも双葉っちと一緒にお相撲のお稽古するし!」
「おおよ! のぞみも一緒に四股を踏もうぞ!」
雷電丸は嬉しそうにスキップしながら相撲部の部室の前に行くと、意気揚々とドアを開いた。
私達が部室に入ると、そこで見知った顔が佇んでいた。白衣を身に纏った絶世の美女。木場アザミ先生だ。
「来たか。三人とも、待っていたよ」
「あれ? どうして木場先生がここにいるし?」
「当たり前だ。何故なら、私は相撲部の顧問なのだからな」