病室の少年
第2話 「絶望の2日間」
夜の10時頃。小児科は消灯時間を過ぎ、子供達は眠っている。退勤直前に僕は彼の様子を見に、部屋に向かっていた。
その時、部屋から嗚咽の様な声が聞こえた。
 急いで部屋に入ると、おんりー君は洗面器を手に、嗚咽を漏らしていた。
ベッドに近づき、背中をさすっても、胃液しか出てこない。
 おんりー君は、目にいっぱいの涙を溜め、顔は陶器のように青白かった。
 「ナースコール、押さなかったの?」
「…」
 おんりー君に問いかけても、何も答えずに窓の方を見ている。
 「…気持ち悪い」
 「吐きたくて吐きたくて…苦しいのに…何も出てこない」
 大粒の涙を洗面器にこぼす彼の頭を、そっと撫でる。
 「…苦しいの辛いよね…」
 共感のようなものしかできない自分に、嫌気がしてきた。
 彼は、声を押し殺して、ずっと泣いていた。
 翌日の昼、出勤して小児科病棟に向かった。
 挨拶をしていなかったことを思い出したのだ。
 軽くノックをして、部屋の中に入ると、彼はじっと窓の外を見つめていた。
 「…昨日から担当になりました、ドズルです。よろしくおねがいします。」
 「…」
 彼は、こちらを向いてくれない。
僕は、挨拶をした後、部屋を出た。
 あの子のことを知らなくては。そう思い、 看護師さん達に許可を取って、他のみんなに聞いてみることにした。
 「ぇー…あいつ、なんか怖いよな〜」
「前あたし達が間違えて部屋に入っちゃったら、『出ていって』って言われた〜…」
「俺が入院した時から有名だったよ、あいつ」
「キッズスペースにも来ないし…よくわかんないや」
 いまいち昔の情報がなくて、諦めようとしていた時。
 「ぁ〜…あいつさ、昔入院していたガキ大将にいじめられていたんだよね」
 「いじめ…?」
どうやら5年程前、彼とそのいじめっ子は同じ部屋で、物を取られたり、ご飯を食べさせてくれなかったりと、いじめられていたらしい。
 いじめについて、その男の子は話をしてくれた。
「俺は別の部屋だったからよくわかんねぇけど、殴られたりとか目立ったものはなくて、陰湿なものだったらしい。」
「同じ部屋で長時間過ごすから、大人に言ったらまたいじめられるし、逃げられなかったんだよ。」
「俺がその話を看護師さんに言おうとした時、あいつ『やめて』って止めてきたし。」
「とにかく、いじめっ子が入院してから退院するまでの間に病んだんだろ。」
 先生と昔からいた男の子が話をしているのを、僕は部屋の外から隠れて聞いていた。
あの2日間の話。あの子も、先生も知らない話。
虐めてきたあいつが退院する前日の事。
あいつは骨折をして2ヶ月入院していた。骨が治ったから退院するらしい。
 あいつは僕の胸倉を掴んで、こう言い放った。
 「お前さぁ、なんでそんな雑魚なの?」
 「ぁ〜、わかったぁ‼︎お前、産まれた時から入院してるからだろ?」
「走ったこともなくて〜‼︎クソまずいメシしか食ったことがないんだ〜‼︎」
「俺はさ、お前と違うんだよw親や友達に大切にされて、当たり前に学校に通えるんだわw 明日、退院するし。」
「お前は学校も知らないんだろ?友達も居ないし、家族にも見放された、底辺の屑なんだろ?」
 「…‼︎」
 一粒の涙が、清潔で真っ白な床に落ちた。
 ー
「はぁ…あの子は本当に手がかかるわね…」
 「病気が…悪化しているので、暫くは安静にして様子を見ましょう。」
ー
 言葉がフラッシュバックする。
大人達の困り顔、失望した声、邪魔と言わんばかりの態度。
 その場から、急いで逃げ出した。
走り方もわからないから、何回も転んで、下手くそな歩き方で逃げた。
 トイレの個室に入って、壁を力一杯叩いた。
それでも、僕は力がないから。
コンっ、と、軽い音だけが響いて、手に激痛が走った。
 僕って、馬鹿だな。
力が入らなくて 座り込む。
全身が痛くて。鼓動が酷く速かった。
 トイレから出て、重い足を動かし、痛い体を前に進める。
頭がクラクラする。そして僕は、
廊下に倒れた。
 看護師の声が聞こえ、薄らと残っていた 意識を手放した。
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 目が覚めた時には、いつもの病室で、あいつは居なかった。
カレンダーを見て、1日過ぎたことを知った。
手すりを掴んで立ち上がる。
 窓辺に座り、外の景色を、じっと見つめる。
月の光が照らす街を、自分は冷たいガラスの窓越しに見つめることしかできなかった。
 一度でも、外で歩いてみたいなぁ。
 それでも、歩けない。
 あの2日間で、 僕は生きる希望を失った。
 ねむーい(by 浅間)
コメント
8件
…普通に神作を見つけてしまった、。 ちょっと見てみようと思っただけなのんっどっぷりハマってる私がいる(( 続き待ってます、!
わぉ、いじめなんて可哀想、、、
いじめっ子め…!!((