気づいた時には屋上にいた。
見慣れた景色。私は心底驚いた。思わずケータイ電話を取り出し、時間を確認する。先程の約30分前。実を言うと、私は翔汰をLIMEという通信アプリを使って呼び出した。LIMEの履歴を見てみると、既に呼び出していた。
なら、どうすればあの結末を回避出来るのか。
しばらく考えているとある1つの結論になった。
西も屋上へ呼べばいい
という簡単な結論になった。早速、西のLIMEを開き、屋上に来て、と簡単な文章を送った。既読はすぐに付き、気持ち悪いOKを表すスタンプが送られてきた。そういえば、西の本名は西東矢(とうや)という。本人が東矢という名前を嫌っているため、みんな西と呼んでいる。ちなみに、私の席の隣ということもあり、話しやすい。
数分後に翔汰が来た。
「おーい。」
先程と同じような声。優しい優しい声。
「屋上なんて避難訓練ぶりだなー。綺麗な景色だね。鈴音。」
1字1句変わらない文章。本当に繰り返しているんだな。
「うん…。」
「どうした?元気なさそうだけど。」
違う返答が来たな。私が言う言葉で変わるのか。少なくとも先程とは違う結末になるだろう。
「いや、なんでもない。」
まさかさっき目の前で翔汰が自殺したなんて言えない。
「悩まないで話せよー。」
心配してくれる彼。そんな時に、ガチャリと屋上の扉が開いた。
「よっ鈴音!」
西だ。野球部ということもあり、ほんのり黒く焼けている。
「なんだよ、しょーもいたのか。」
しょーとはもちろん翔汰のことだ。
「悪いか?俺、鈴音に呼ばれたんだよね。」
「お、奇遇だな。僕もだ。」
私はいつも、翔汰と西は一人称逆だよなぁと思っている。
「鈴音、どうしてここに呼んだの?」
翔汰に名前を呼ばれる度、うるさいほどドキドキと心臓が脈を打つ。
「実はさ、もうそろそろあのビルが壊れると思うんだよね。そしてその後、この校舎も崩れ落ちるから、中よりも安全な屋上に呼び出したの。」
2人の顔はキョトンとしている。そして見つめ合うと、プッと笑い出した。
「鈴音ー笑、本当に言ってるの?笑」
西が私に向かって指を指しながらゲラゲラと笑っている。
翔汰は顔を隠しながらクスクスと笑っている。
そんなにおかしいか??まあ、非現実的なことだから仕方がない。
「西、鈴音の言うこと信じてみよーぜ。」
キリッとした目で西を見る彼。私を西は許さんが、翔汰は許す!だってかっこいいし、信じてくれるから。
「いつ、それが起こるの?」
正確な時間をあいにく見てないのが悔しい。
「多分もうすぐ、、。」
その時、
来た。その瞬間、ビルにミサイルのようなのが飛んできたのが分かった。常時見てないと分からないような速さで。
「鈴音!しょー!掴まれ!」
西が自分のバックを投げ捨てて両手を広げ、私たちを呼んだ。
足元がグラッと揺れる。筋肉質な手を握ると、直ぐに地面が無くなっていった。落ちていってる。手を握っているのが翔汰ではなく西なのが残念ポイントだな。
落ちていってる数秒間が長く感じた。
落ちる間に翔汰と目が合う。私はどんな表情をしていたのだろうか。
お尻に強い衝撃が走ると、地に着いたのだと理解できた。怪我はなさそうだ。視界が砂埃で遮られ、よく見えない。
「翔汰、西?」
「いててて、尻もちついたみたいに痛いな。」
翔汰の声だ。
「鈴音の言う通りだったな。」
西も無事なよう。
これで、先程の運命は変えられたんだな。
「うっ…血だよね…これ。」
校舎の破片に飛び散った赤黒い液体を見て翔汰は動揺していた。
「しょー、見ない方がいい。」
西は肩をぽんと叩き、寄り添った。私も立ち上がり、翔汰の元へ行く。
「わけがわからないよ…。西も鈴音もそう思わないの?」
泣きそうな表情をする翔汰を前に私と西は見つめ合った。
そんな表情とは裏腹に、辺りは騒がしくなってきた。悲鳴、何かが崩れる音、ヒューと何かが飛んで来たあと、近くに落ちる音。まるで戦争のようだな。
「ほら、逃げよう。安全なところへ。あと、生きている人を見つけないと。」
翔汰はこくりと頷き、この壊れ果てた街を歩き出した。それに続いて私たちも歩き出したのであった。
その時、ザザっと雑音のような大きなノイズが聞こえた。その前後で、建物が崩れる音が小さくなった。
「放送か?」
西はやけに冷静だった。そりゃあ、翔汰がしょんぼりしてるからな。
3人とも一斉に止まり、その音へと耳を傾けた。
「ザッザザ…ザザ…あー…繋がった?ぽいね。こんにちは、生存者の皆さん。我々は『ワグワロム』と言ういわゆる…ザッ…テロリストですね!逃げ場はないので、無駄ですが、早く…ザザザ…逃げ…ザッ…た方がいいですよー!ザッ…早く楽に死にたいという方は、椿宮ヶ丘南中学校へお越しくだ…ザザッ…さいませー!」
やけにノイズが酷いな。ということは…。すかさずケータイ電話を取り出してみると、見事に圏外である。電波が通らなくなったのだろう。
「なあ、これからどうする?」
その時、耳を割くような凄まじい音が聞こえた。
辺り一面火の海になる。先程までの日常が嘘だったかのように、炎が私たちの大事な大事な街を包み込んでゆく。
「どこに逃げれば!」
その時、
「敵か味方か!」
威勢のいい声。振り向くと、ナイフを握りしめていたショートヘアの少女が立っていた。彼女は私達と同じ制服を着ていた。
「同じ制服だぞ!味方に決まってる!」
西がそう伝えると彼女は辺りを見回し、炎とは逆の方向へ走り出した。私たちもその後へ続いた。
「誰もついてこいとは言ってないんだが。」
と、言いつつも彼女はナイフをナイフ入れのようなポケットへしまった。
「た、確かに…それはすみません。」
西は謝りながら走る。無論、私と翔汰もだが。瓦礫がそこら中に散らばっており、歩くことも困難である。
「私は2年C組、斎藤結(ゆい)だ。結でいい。」
「僕は西っす!1年A組!」
「翔汰です。同じくA組の。」
「1年A組の花宮鈴音です。」
結さんは私たちを見て悲しげな表情をした。
「ふーん、みんな同じクラスなんだね。私の友達なんてもう今頃は…。」
走っていた時、ワイシャツの裾が濡れていたのを見逃さなかった。
「結先輩は、助けに行ったんですか…?」
翔汰はボソッと呟いた。
結先輩の足がピクリと止まり、翔汰の方を向いた。
「行ってないのが悪いか?」
ああ、やはり泣いていた。赤く腫れ上がった目、止まらない涙。
「俺も同じです。友達の死を受け入れたくなくて…確認もせずにここまで歩いて来ました。」
受け入れたくない。その気持ちは痛いほどわかる。
「私たちみたいな助けなかった人も悪者になるのかな?」
涙を拭いて呟いた言葉は、私たちの心に深く刺さった。あのままではまた翔汰が自殺してしまったかもしれない。
しかし、それとは別なのか…?考えるだけ無駄だと思った。あの大きな瓦礫の下敷きになっているのだ。誰も助からない。私は翔汰が生きていればそれでいいんだ。
「考えるだけ無駄だと思いますよ。」
少し考えた後、私はそう言った。
「そうか…。」
「まあ、ワグワロムって奴らが1番悪いと思いますけどね!」
前向きなところが西の唯一の取り柄だと私は思う。
「じゃあ、そいつらを倒しに行くか?」
結さんは腰に付けたナイフの柄を握りながらそう言った。
「行き場もないので、食料調達がてら行ってみますか、椿宮ヶ丘中学校へ。」
椿宮へ行けば私の告白を邪魔した奴らが待っている。恐怖心は高校の瓦礫の下に置いてきた。私に残っているのはもはや翔汰への愛しかないのかもしれない。
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