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青水
陰キャ×陽キャ
昼下がりの教室は、ざわざわとした雑音と、どこか甘ったるいお菓子のにおいが満ちていた。
その中心にいるのは、クラスの太陽――ほとけくんだ。
「なあなあ、見てよこれ! 昨日の体育祭の動画、編集してみたんだけど」
スマホを囲んで笑う声。
ひとりひとりに気さくに話しかけ、相槌を打ち、ちょいちょいボケて、絶妙にいじられ返す。
ほんと、彼がいるだけで教室の空気が明るくなる。
――眩しい。
俺、――**いふ(男)**は、できるだけ彼を視界の端に入れないように、机にかがみこんでBL同人誌を読んでいた。
(いや、学校で読むもんちゃうのは分かってるねんけど……!
このシーンの続き気になるし……なんで今日に限って新刊持ってきてもうたんや俺……!)
ページの隅に、陽キャ特有の笑い声がちらつく。
視界の端で、ほとけくんがまた誰かの肩をポンと叩いて笑わせていた。
(……いや無理やろ。陽キャってあれやで? 妄想の材料になりすぎるねん……!)
俺は心の中で机を叩き割りながら、こっそりページをめくった――その瞬間。
「いふくん? 何読んでるの?」
「ッッッッ!!?」
肩を跳ねさせた俺の上から、まるで天使のような顔が覗き込んでいた。
ほとけくん。
陽キャ。
あかん、この距離……心臓止まる……!
「そ、それは……! あ、いや……っ、ちゃうんや……!」
反射的に同人誌を机の下に隠す。
だが、ほとけくんは机に手を置き、ぐいっと俺の顔に近づいてきた。
「なんで隠すの? 僕に見せられないもの?」
「ちゃ……ちゃう! ちゃうて! ええから離れてくれ! 近い近い!」
「え、顔赤いよ? 熱ある?」
そう言いながら、自然に俺の額に手をあててくる。
――陽キャは距離感という概念を学校の外に置いてきてるんか?
「なあっ……! やめぇって……!」
「ほんとに熱くない? 心配なんだけど」
二重の意味で熱いんや……!!
俺が涙目になりながら拒絶しようとした時、ほとけくんはふっと笑った。
「……いふくん、可愛いね」
「ッッななな……!」
陽キャの微笑み攻撃は殺傷能力が高い。
心臓が爆発した気がした。
「で、本当に何読んでたの?」
「な、なんもっ……! ええやん……! 放っといてくれ……!」
「気になるじゃん。ほら、いふくんって普段あんまり喋らないし。話題に入りづらいなら僕が助けるし……」
「ちゃうわ!!」
「ん?」
「話題に入られへんのは……俺が……陰キャやからや……!」
言ってしまってから、後悔が押し寄せた。
でも、ほとけくんは笑わなかった。馬鹿にもしてこなかった。
ただ、素直に俺の言葉を受け止めたような目をしていた。
「……じゃあさ」
ほとけくんは、俺の机の横にすとんと腰を下ろした。
「僕が話し相手になるよ。いふくんが喋りたい時だけでいいから」
「は……?」
「寂しい時とか、暇な時とか、話したい時とか。僕、いつでも呼んでね」
「なんで……俺なんか……」
「なんかって言わないの。僕、いふくんとちゃんと仲良くなりたいだけ。だめ?」
こんなん言われて、断れる陰キャおるんか……?
いや、普通はビビって逃げるけど……これは……。
「……し、知らん……好きにせえ……」
俺がそっぽを向いて小声で言うと、ほとけくんはぱっと花みたいに笑った。
「やった。じゃあ今日からいふくんの隣、僕の席ね」
「いや勝手に決めんなや!!」
「いいじゃん、どうせ空いてた席でしょ?」
確かに空席やけど!!
ほとけくんは喜々として俺の隣の席に座り、机に肘をついた。
「いふくんってさ、いつも漫画読んでるよね?」
「まあ……そやけど」
「どんなのが好きなの?」
この質問は……地雷や。
俺の好きなのは、男同士の恋愛が描かれたBL漫画。
しかも腐男子歴はそこそこ長い。
(陽キャに言えるかぁぁぁぁぁ!!!!)
「い、一般的なやつや……! バトルとかスポーツとか……!」
「ふーん?」
ほとけくんは何故か、その言葉の裏を読もうとするように俺をじっと見つめていた。
この人、観察力ありすぎへん……?
「じゃあさ、いふくん。今度、僕にもオススメ貸してよ」
「はぁ!? 無理無理無理無理! 絶対無理や!」
「なんで?」
「なんでって……そら……」
腐男子であることを知られたら死ぬからや!!!
「大丈夫だよ。僕、人の趣味とか否定しないから」
「……?」
その一言で、胸に小さな衝撃が走った。
否定しない。
それは、俺がずっとほしかった言葉だった。
俺がオタクやからって、距離を置かれたり笑われたりするのは、もう慣れとる。
けど、否定しないってはっきり言われたことなんて……ほとんどなかった。
「……ほとけ、お前……やめろや……」
「え?」
「優しくすんな……余計に、距離わからんくなるやろ……」
陽キャの優しさは毒や。
その毒を吸いすぎたら――俺みたいな陰キャは、勘違いしてまう。
(……妄想が、加速してまうやろ……)
そう、俺は腐男子。
男同士がどう絡むか、どう恋に落ちるか、勝手に脳内で妄想してしまう。
そして今――
陽キャのほとけくんが、俺の妄想のど真ん中に立ってしまった。
「ねえねえ、いふくん」
「……なんや」
ほとけくんは少し照れたように微笑んで言った。
「……僕、いふくんともっと仲良くなりたいんだよね」
「――――ッッ」
ほとけくんは、俺を殺す気なんか?
陽キャの言葉ってなんでこう……破壊力があるんや。
「仲良く……って……なんで俺なん……?」
「だって、可愛いから」
「可愛い言うなあああああ!!」
机を叩く俺に、ほとけくんは笑いながら手を振った。
「え、だって本当に可愛いよ? 反応とか、仕草とか」
「陽キャは陰キャ煽るの趣味なんか!?」
「煽ってるわけじゃないよ。僕、ほんとに思ってるだけ」
「やめろ!! 本音で言われる方がダメージでかいねん!!」
ほとけくんはケラケラ笑う。
その笑顔があまりにもまぶしすぎて、俺は本気で泣きそうだった。
(……こんなん、妄想が止まるわけないやろ……)
今日から俺の日常は――平凡な陰キャのままではいられへん。
陽キャのほとけくんが、
俺の生活にこれでもかって入り込んでくる。
そのたびに俺の腐男子脳は暴走するし、心臓は死ぬ。
これはもう……
陰キャ一人では抱えきれない事件の始まりや。
そして放課後。
「ねえ、いふくん。今日、帰り一緒にいい?」
「は……!? なんでや!」
「なんでって……僕、いふくんのこと気になるし」
「気になる!? 気になるってなんの気になるや!」
「全部」
「全部!?」
「全部だよ。もっと知りたい」
陽キャの「知りたい」は、もはや告白より重い。
「なあ、いふくん。僕のこと……嫌い?」
「……嫌いやない……」
「じゃあ、友達になってよ」
「……」
「いふくんがいいんだ。僕は」
俺は完全に固まった。
陽キャのほとけくんが、陰キャで腐男子の俺に――こんな言葉を。
これもう、妄想じゃなくて現実やんけ……!
「……勝手に、したらええわ」
そう小さく呟くと、
ほとけくんは満面の笑みで俺の腕を引っ張った。
「よし、帰ろう!」
「うわああああっ、触んなアホ!!」
「可愛い反応だね〜」
「やめろおおおお!!!」
こうして俺たちの“関係”は始まった。
陽キャと陰キャ。
妄想と現実が入り混じる危険な日々。
このあと俺は、ほとけくんの言葉や行動ひとつひとつに悶え狂い、
腐男子脳はさらに加速して――
とんでもない勘違いと、本物の恋が入り乱れることになる。
それはまだ、俺もほとけくんも知らない