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信じられなかった。
自分の指から光を発し、それが光の粒となって飛び出すなんて。
身に起こった異変に呆然としていると、間を置いて、ふっと目の前が暗くなった。
(……っ)
思わず目を閉じ、眩暈が去るのを待つ。
(大丈夫、しっかり……)
気を強く持ち、ゆっくり目を開ければ、もうなんともない。
ほっとして、同時に男性はどうなったのだろうと、はっと目の前を見る。
慌てて男性に目を向ければ、横たわった体が動いた。
(あっ)
ほどなくして、男性の瞼が開く。
なにが起こったのかわからないといった様子で、男性が目を瞬かせた。
むっくり起き上がったその手から、するりと私の手が外れる。
自分自身を確かめるように、男性は包帯の巻かれた手を握ったり開いたりした。
動きに違和感は見られず、満身創痍からの変化に呆然としていると、男性がこちらに目を移した。
目が合い鼓動が大きく跳ねるが、なにか言おうにも、驚きで言葉が出ない。
対する男性はこちらをまじまじと見つめた。
「聖女、さま?」
驚きが滲んだ呟きだった。
聖女と名乗っていないが、私が銀髪碧眼だからそう思ったのかもしれない。
聖女と言われても自覚が薄いせいで、頷こうにも頷けずにいると、がしっと手を握られた。
「ありがとうございます!どこもかしこも痛くて、もう死ぬのかと思っていました。でももう痛みもありません。元の体に戻ったみたいです。聖女さまのおかげです!ありがとうございます!!」
感極まった様子で涙を流す男性を見て、ますますどう反応していいかわからなくなった。
あいまいに微笑みは作ったものの、なにが起こったのか私にもわかっていない。
一体どうなったの?
私がこの人のこと……治したの?
本当に治せたの?
混乱する私をおいて、まわりから大きな歓声がわきあがった。
その中で、国王陛下の声がする。
「聖女の力はまことのようだな。そうやって指示された人間を治していればいい」
興奮と驚きのエネルギーの中、その声はやけに冷たく響いた。
壇上を見れば、肘かけに頬杖をつき、興味薄そうに国王陛下がこちらを見下ろしている。
「………」
なんともいえない気持ちになった。
ひどいケガの男性が急に元気になったのには驚いたが、純粋に嬉しかった。
不安や驚きを置いて、徐々に喜びが湧きあがってきていたところだっただけに、国王陛下の反応には心もとなくなる。
真実がどうかはわからないが、国王陛下が喜んでくれているようには見えない。
なんとなくだが、自分が道具のように思われているように感じてしまった。
(でも……)
今国王陛下に言われたことが、私の役目なのだろう。
「他の者も呼べ」
国王陛下が言い、それを合図に次々と担架で人が運び込まれてきた。
(えっ)
一旦役目を終えたと思っていたところだっただけに、再び緊張が走る。
運び込まれた担架は私を取り囲むように置かれ、その上にいるのは、ケガを負った人も、ケガではないが、明らかにぐったりしている人もいる。
どうにかしなきゃ。
でも、どうすればいい?
体は看護師として動こうとするが、ここには薬も治療道具もない。
それだったら……やっぱりさっき男性にしたことが、きっと「正解」なんだろう。
まだ半信半疑だが、私が祈った後、男性は確かに元気になった。
本当に治癒の力というものがあるのなら―――それが“聖力”なのかもしれない。
その力で民を治すのが、神に与えられた「使命」なのかもしれない。
心を決めて、まず中年の男性の状態を診た。
傷はないがやせ細っていて、さっきの男性と同じく担架の上で動かない。
額に手を当ててみれば、熱はないようだった。
見た目からはどういう病気かわからない。
検査をしたいところだがここでは叶わず、さっき男性にしたことを思い出しながら、患者の手を取った。
神さま、どうかお願いします。
この人を治してください―――。
自分に今できることは、これしかない。
強く強く祈っていると、また指先が温かくなってきた。
(この感覚は……)
さっきも感じたものだ。
この感覚があれば大丈夫だと、根拠はないのに不思議とそう思えた。
さらに祈るうち、指先に熱がこもり、体の中心から熱が集まってくる。
おそるおそる目をあければ、指から淡い光が出ていた。
一度この光を見たものの、まだ信じられず目を疑う。
そのうち光が強まり、自分自身の熱が抜け出るような感覚の後、患者へ光が飛び出た。
(……っ)
また眩暈が襲ってくる。
心なしか眩暈はさっきよりひどく、視界がねじれた。
目を閉じて眩暈が治まるのを待つうち、気配で患者が動いたのを感じる。
はっとして見れば、患者が担架から身を起こし、私を見るなり大きく笑った。
「……治った。治ったんだ!!本当だ!さすが歴代随一と名高い聖女さま!!ありがとうございます!」
声には活力が宿り、こちらを見る表情もしっかりしていた。
まだ視界がぐらつくものの、それを見て、ほっとして笑みがこぼれる。
(……よかった、この人も良くなったみたいだ……)
どうやら、自分には聖女としての力はあったみたいだ。
ここに集まった人を癒せるかもしれない。
……なんとかなる。
いや、きっとできる。
不安もあるが、自分が“大丈夫”だと強く思っていないといけない気がした。
それから治ってほしい一心で祈り続けた。
患者から「元気になった」と、涙ながらにお礼を言われる度、不安より喜びが大きくなる。
……よかった。元気になって。
看護師として医療に携わっていた頃、手を尽くしても病状を改善できない患者を前に、自分は無力だった。
なんとかしたいのに、その無力さが辛かった。
でも……今、集まった人たちが「具合がよくなった」と言って、喜んでくれている。
(この力があってよかった)
初めは戸惑ったものの、自分に人を治癒する能力が備わっていたことは嬉しい。
ただ……唯一の難点は、祈りを捧げるにつれ、眩暈がどんどんひどくなることだった。
合計7名いた患者を祈り終えた後は、眩暈と動悸で倒れないようにしているのがやっとだった。
「聖女よ、ご苦労だった。これで下がってよい」
国王陛下が担架の前で動けない私に言った。
患者たちは、部屋に呼ばれた近しい人たちと喜びを分かち合っていて、目の前にはもうだれもいない。
国王陛下もなぜ私が動かないか、わかっていないはずだ。
(しっかり……)
国王陛下を無視するわけにはいかない。
なんとか立ち上がり礼をとった拍子に、眩暈で体がぐらついた。
倒れる、と思った瞬間、臣下のひとりが駆け寄ってきてくれ、近くにいた侍女も咄嗟に体を支えてくれた。
「……長旅もあって疲れたのだろう。連れていってやれ」
眩暈で遠のく意識の中、国王陛下の感情のこもらない声が聞こえてきた。
本音を言えばすこしだけ休ませてほしい。
でも口にできず、支えてもらいながら退室しようとした時、扉からよろめくようにだれかが入ってきた。
「私も……聖女に、治していただきたく存じます」
入ってきたのは中年の男性だった。
身なりからして貴族のようだが、様子がおかしい。
言葉を発した途端咳き込み、胸を押さえてうずくまるところから、本能的にまずいと悟った。
思わず駆け寄ろうとすると、それより先に衛兵が男性を取り押さえる。
「ニコラ・ド・シャボー伯爵。お前にその権利はないと伝えただろう。連れて行け」
国王陛下の指示で、衛兵が男性を部屋の外へ連れ出した。
男性は叫ぼうとしたようだが、思い切り咳き込み、ぐったりしたまま連れていかれる。
あっという間の出来事だったが、喜びに包まれていた室内は静まり返った。
ずいぶん具合が悪そうに見えたが、あの人は……治療対象ではないのだろうか。
治療する、しないの線引きは一体―――。
まわりの人々の反応はさまざまで、冷めた目の人も、憐れむような目の人も、ばつが悪そうに目を逸らしている人もいる。
気まずい雰囲気に包まれた室内に、新たにだれかが入ってきた。
今度は従者で、壁際にいた臣下に耳打ちし、それを聞いた臣下が国王陛下の傍に行き、さらに耳打ちしている。
「……聖女。急用だ。もう一人診てもらいたい人間がいる」
呆然としていたところに国王陛下に話しかけられ、はっとして緊張で身を正した。
「兄だ。病弱で離れにいる。だれか聖女を案内しろ」
最初の言葉は私に、続く言葉はだれかに向けられて発された。
(……兄?)
そういえば修道院を出る時に、国王陛下に兄がいるとも聞いていた。
「歩けますか?」
侍女に心配そうに聞かれ、小さく頷く。
眩暈は先ほどより治まっていた。
侍女に連れられて部屋を出る前に、再度壇上に礼をとる。
国王陛下の横でカリナさまが微笑むのが目に入った。
不思議とその笑顔が印象に残ったのは―――表情の乏しい国王陛下のとなりで、カリナさまが聖母のように見えたからだろうか。
廊下を歩きながら、侍女が国王陛下の兄について話してくれた。
名前はルークといい、生まれつき体が弱く、離れにこもりきりだという。
「でも、歴代随一の力を持つ聖女さまがこられたら、もう安心ですね。私も後ろで拝見しておりましたが、元気になる人々を見て驚きました」
どうやら私には歴代随一の聖力がある、という触れ込みがあるらしい。
私自身が聖力をよくわかっていないし、その触れ込みにはプレッシャーもあるが、侍女が患者の快方を喜んでくれたことは嬉しかった。
「あの……。さっき最後に入ってこられた人はどなたですか?」
「あぁ、あの方は要職についてらした方です。ですが陛下のご様子だと、気に障ることをされたのかもしれません。噂では職も解かれたと聞いています」
「そうでしたか……」
なにがあったのかわからないが、具合が悪そうな様子が気になり、後ろ髪を引かれる。
(きちんと治療ができていればいいけど……)
どうにもできなかった歯がゆさを覚えつつ、侍女に連れられ歩くうち、木々の多い庭に面した建物に入った。
ある扉の前で侍女が足を止め、こちらを振り返る。
「ここがルークさまの部屋です。ルークさまはあまり自室に人が入るのを好まないので、私はここで控えています。なにかあれば申しつけください」
侍女が扉を開くので、緊張しつつ足を踏み入れた。
中は落ち着いた紺色でまとまっており、ここにはだれもいない。
あたりを見渡していると、奥から咳き込む声が聞こえてきた。
おそらくそちらが寝室だろう。
(ルークさまは……どんな人だろう)
国王陛下は淡々として温かみを感じないが、ルークさまも似たような人だろうか。
緊張しながら寝室に入り、寝台に目を向ければ人の姿があった。
(あれが……ルークさま)
国王陛下と同じ、金色の髪の青年が眠っている。
近付いて傍から眺めると、氷のような硬い雰囲気の国王陛下とは違い、色白で線が細いルークさまには儚げな印象を持った。面差しも国王陛下とは似ていない。
ぜいぜいと息をし、時折咳をするルークさまは苦しそうだ。
(ぜんそくかなにかだろうか)
王族ならなにかしらの薬を飲んでいる可能性が高いが、近くには見当たらない。
寝台の傍に膝をつき、掛布の下からルークさまの手を取った。
あえぐように息をする姿が痛ましい。
(辛そう……。早くよくなってほしい)
その一心で祈ろうとした時―――ふっと頭をよぎるものがあった。
視界がねじれ、吐き気がしたこと。
激しい動悸。
「――――――」
閉じた瞼が開く。
祈りの後の眩暈や動悸を思い出し、怖さが―――本能的な怖さが身を包んだ。
またああなるのではないか、と思うと……怖い。
人々を救いたい、よくなってほしい、という気持ちで隠れていた、心の奥にある本音が顔を出した。
(でも……)
病院で救えなかった命を思い出す。
手を尽くしても無力だった自分。
やるせなさ。
「仕方ない」と心が動かないようにして、目を背けたこともあった。
(私は……)
私に人々を救う力があるのなら……自分にできることがあるのなら、患者を救いたい。
ルークさまの手を握っている、自分の手に目を落とす。
祈りを捧げた人々が「具合がよくなった」と、笑ってくれたことを思い出した。
怖さと不安はまだある。
それでも患者の笑顔を思い出すと、いくぶんか気持ちが落ち着いた。
……大丈夫。
私はこの人をよくすることもできるし、私も休めば、大丈夫。
無意識のうちに、ルークさまを握る手にすこし力をこめた。
怖さもあるが、よくなってほしいのも偽りない本心で、それが怯える私を後押しする。
再び目を閉じ、神へ祈りかけた時―――ルークさまの手が動いた。
(え)
握った手を握り返され、思わず目を開く。
ルークさまがうっすら目をあけていた。
目が合い、驚きで硬直する私を見て、苦しそうなルークさまの唇が小さく動く。
「力を……。聖力を、使ってはいけない」