TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

夜。蛍光灯の明かりは、濁ったぬめりを帯びていた。

畳まれた布団の上、遥は膝を抱えて座っている。何も言わず、ただ静かに──“順番”を待っていた。


音がした。

ドアが軋む。

颯馬が入ってきた。


「──おい」


声は、命令とも呼びかけともつかない、ただの“確認”だった。

遥は顔を上げる。笑うでも、怯えるでもない──いつもの“準備された表情”を浮かべて。


「……今日は、“どこ”から?」


頬に貼りついた言葉だった。

自分から差し出すことで、“された”ことにできる。


颯馬は笑いもしない。

ただ近づいて、手を伸ばし、遥の腕をつかむ。

少し強く、爪が食い込むほどに。


「その言い方、イラつく」


「じゃあ、怒れば?」


遥の口元に、淡い歪みが生まれる。

笑いとは言えない。悲しみでもない。

それは、“支配される側の余裕”だった。


──何も感じていないように見せて、“感じていること”を証明させようとする。

──それが、遥の支配だった。


「どうせ、“俺が自分で選んでる”って、誰かが笑ってるよ」


「おまえ、ほんとムカつくな」


颯馬が遥を押し倒す。

雑な音が畳に響いた。

でも遥は反応しない。

あざ笑うように、視線をそらして、無言で服のボタンに指をかける。


「おまえの命令、いちいち待つのも飽きた。

“自分でやった”って顔、してやるから。な?」


「……おまえ」


颯馬の目が細められる。

怒りとも興奮ともつかない、その目は──支配者の顔ではなかった。


「……俺のこと、バカにしてんだろ」


遥は、言葉を返さない。

だが、その沈黙こそが──答えだった。


颯馬の指が乱暴に動く。

けれど、遥は笑っている。

目の奥では泣いていない。

その代わり、“全部が演技”だと告げるような微笑みだけが、張りついていた。


「おまえ、どこまで“演じんの”?

どこまで、“自分から差し出してる”フリすんの?」


「……“全部”だよ」


遥の声は、あまりにも静かだった。


「だって、そうしないと──

“壊された”って言えないじゃん」


支配。

されるふり。

壊れるふり。


──でもその“ふり”の中に、本当に壊れていくものがあることを、誰も知らなかった。


颯馬の手は止まっていた。

だが遥は、その手を取って、自分で導いた。


「ねぇ、次の“演出”はどうする?

そろそろ、もっと派手にしようか?」


煽る声。

自嘲の中に滲む絶望。

それでも“笑ってやる”と決めた人間の、抗い。


その夜、遥は一度も泣かなかった。

だけど──朝になっても、目は乾かなかった。



この作品はいかがでしたか?

47

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚