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夜。蛍光灯の明かりは、濁ったぬめりを帯びていた。
畳まれた布団の上、遥は膝を抱えて座っている。何も言わず、ただ静かに──“順番”を待っていた。
音がした。
ドアが軋む。
颯馬が入ってきた。
「──おい」
声は、命令とも呼びかけともつかない、ただの“確認”だった。
遥は顔を上げる。笑うでも、怯えるでもない──いつもの“準備された表情”を浮かべて。
「……今日は、“どこ”から?」
頬に貼りついた言葉だった。
自分から差し出すことで、“された”ことにできる。
颯馬は笑いもしない。
ただ近づいて、手を伸ばし、遥の腕をつかむ。
少し強く、爪が食い込むほどに。
「その言い方、イラつく」
「じゃあ、怒れば?」
遥の口元に、淡い歪みが生まれる。
笑いとは言えない。悲しみでもない。
それは、“支配される側の余裕”だった。
──何も感じていないように見せて、“感じていること”を証明させようとする。
──それが、遥の支配だった。
「どうせ、“俺が自分で選んでる”って、誰かが笑ってるよ」
「おまえ、ほんとムカつくな」
颯馬が遥を押し倒す。
雑な音が畳に響いた。
でも遥は反応しない。
あざ笑うように、視線をそらして、無言で服のボタンに指をかける。
「おまえの命令、いちいち待つのも飽きた。
“自分でやった”って顔、してやるから。な?」
「……おまえ」
颯馬の目が細められる。
怒りとも興奮ともつかない、その目は──支配者の顔ではなかった。
「……俺のこと、バカにしてんだろ」
遥は、言葉を返さない。
だが、その沈黙こそが──答えだった。
颯馬の指が乱暴に動く。
けれど、遥は笑っている。
目の奥では泣いていない。
その代わり、“全部が演技”だと告げるような微笑みだけが、張りついていた。
「おまえ、どこまで“演じんの”?
どこまで、“自分から差し出してる”フリすんの?」
「……“全部”だよ」
遥の声は、あまりにも静かだった。
「だって、そうしないと──
“壊された”って言えないじゃん」
支配。
されるふり。
壊れるふり。
──でもその“ふり”の中に、本当に壊れていくものがあることを、誰も知らなかった。
颯馬の手は止まっていた。
だが遥は、その手を取って、自分で導いた。
「ねぇ、次の“演出”はどうする?
そろそろ、もっと派手にしようか?」
煽る声。
自嘲の中に滲む絶望。
それでも“笑ってやる”と決めた人間の、抗い。
その夜、遥は一度も泣かなかった。
だけど──朝になっても、目は乾かなかった。