雪の降る夜だった
私は彼と並んで歩いていた
『ここめっちゃ雪積もってるぜ』
そう云い乍、さりげなく車道側に移動してくれる彼
彼に紳士的な振る舞いをされる度に、彼の笑顔を見る度に
彼への想いが増していく
それと同時に
罪悪感も積もっていく
1年前のこと
その頃の私はただ命令されたことを完璧にこなすロボットだった
感情のなかった私は、殺し、誘拐、なん でもありの集団の中にいた
ある日、私はその集団の長に呼び出された
「今回のお前の仕事は長期間に渡って行うものだ。失敗は許されない」
失敗は許されない
失敗したら殺すということだろう
だけど、その時の私は別に殺されても良いと思っていた
なんの夢もなくただ生きている、そんな無意味の時間をずっとすごしていたのだから
仕事内容はいたってシンプルだった
ポートマフィアという組織にスパイとして潜入し、幹部に近い人間に近づいて行動を監視するというもの
簡単な仕事だと思った
マフィアとなれば男性が多く集まるイメージがある
男はとても単純な生き物だから
露出した肌を見せ誘惑すればすぐに擦り寄ってくる
今回も色仕掛けで男を釣ろうと考えていた
私には感情がない
ポートマフィアという組織が潰れたところで
別になんとも思わない
同じ組織の仲間が死んでも
なんとも思わない
今までずっとそうだったから
今回もなんの感情も抱かずに終わる
そう信じて疑わなかった
なのに、
私はポートマフィアに潜入した
私の所属先は五大幹部の1人
中原中也という男のところに属することになった
早速挨拶に行く機会があったので、少し露出の多い服に着替えた
指示された場所に向かった
扉の前まで来て自分のするべきことを繰り返し頭の中で唱える
変な行動をして追い出されては大変だから
立ち振る舞いに気をつけよう
そう考えながらドアノブに手を掛けたとき、
扉が開いた
扉の中から私より少し背の高い、帽子を被り黒い服に身を包んだ男が出てきた
私が声を出すよりも先に、彼に腕を捕まれ無理矢理部屋の中に入れられる
ああ、やっぱり男は単純だ
いつもならこのまま無理矢理気持ちよくもない、吐き気がするようなキスをされる
多分この男もそうするのだろう
目を閉じて待ち構えていると
肩に何か違和感を感じた
目を開けて肩に触れてみる
私の肩にはコートが掛けられていた
『手前、そんな肌ばっか出してる服着てんじゃねぇよ。襲われてもしらねぇからな』
着替えてから出直してこい、とその男は私を部屋の外に放り出した
今の自分の状況に理解ができずにいた
何故、襲わなかったのか
今までに感じたことのないような感情が湧いてきた
その時、自分が無意味だと思って生きていた世界に少し色が塗られた気がした
私は着替え直して再び彼の元へ向かった
ドアをノックした
返事があったので部屋の中に入った
「先程は失礼しました。中原幹部の下に所属させていただきます。○○です。これからよろしくお願いします」
そうやって云い、頭を下げた
再び顔を上げれば、彼は私をじっと見つめて暫くして声を発した
『よろしくな』
『やっぱり手前、さっきの格好よりそっちの格好の方が似合ってんぞ』
優しく笑う彼に私は、また新たな感情を感じた
彼と会う度に、色んな感情が知れた
彼に話しかけてもらえれば、楽しい、嬉しいという気持ちが溢れ出てくる喜びという感情
彼を傷つける者がいれば、イライラする気持ちが湧き出てくる怒りという感情
彼と一日中話せなければ、心がキュッと締め付けられるような、寂しいという感情
私の何も無かった世界が
色とりどりに輝き始めた
そんな私が1番好きになった感情は、恋情だ
この感情は苦しいときもあるけど、彼といる時にはとても幸せな気持ちになれる感情
そんな私と彼はいつからか惹かれあっていて
私が潜入してから4ヶ月後
私たちの交際は始まった
交際してから8ヶ月
私たちは雪の降る街を歩いていた
幸せだった
世界で1番愛おしいと感じる彼が横にいる
それだけで生きたいと思えた
2人で他愛のない話をして盛り上がる
目の前から1人の男が歩いてきた
私が道を開けるようにすっと横に避ければ
その男も急ぐようにして私が開けた道を通った
それを確認してまた私が元の位置に戻ろうとした時
左胸に激痛が走った
振り向けば先程の男が血で濡れているナイフを持って気味悪く笑っていた
私の行動に違和感を感じた彼は、左胸を抑えて倒れ込んでいる私を見て
『…は、?』
そんな言葉を発して私に合わせて屈んだ
『なんだよ、これ…』
彼の目には私と同じ感情が浮かんでいた
絶望
[お前が俺たちを裏切ったからこうなったんだ、当たり前の結果だ]
私を刺した男はナイフに付く私の血を舐めながらそう云った
そうだ
私は元の組織を裏切った
私は中原中也に、彼に本当のことを凡て話した
私がポートマフィアに潜入してスパイをしていたことを
当然別れるというのを覚悟の上で云った
彼のことは言葉では表せないくらい愛おしいと思っている
けど
そんな彼を守るためにはこうするしかなかったのだ
ずっと泣きながら謝り続ける私に彼は云ってくれた
『俺たちについてこい』
彼は私のことを許してくれた
けど
元の組織が私を許さなかった
当たり前だ
いつかはこうなるってわかっていたけど
もっと、遅く来て欲しかったと思った
せめて、明日以降に来て欲しかった
だって明日はクリスマスなんだから
彼と初めて過ごすはずだったのに
そんなことを考えながら、私の意識は少しずつ遠のいてく
ああ、もうすぐ死ぬんだ
そう思いながら私はポケットからスマホを出した
11時56分
まだ、クリスマスになっていない
けど、彼に云いたい
「中、や…」
消えてしまいそうな声で彼に呟く
『喋るな。彼奴を殺ったらすぐ病院に連れてってやるから、それまで_』
「メリークリスマス、」
『っ、やめろ、あと4分経ったらだろ、?そしたらその時また云ってくれよ、な、?』
彼は泣いてしまいそうな顔で云った
らしくない顔だな、と思わず笑ってしまいそうになる
だけどそんな力はもう残っていない
私は彼の頬をさすった
彼を守るために
最後に、力を貸してください
信じたこともない神様にそんなくだらないお願い事をする
すると、少しだけ身体が軽くなったような気がした
相手は油断してる
確実に仕留める
私は懐からゆっくり銃をだして、私を刺した男に目掛けて撃った
男は額から血を流し倒れた
カチャ
銃を掴んだまま手の力が抜けた
もう動けない
死ぬんだ
彼を残して死にたくない
彼は私を見つめながら、目から溢れる水滴を私の頬に落としてくる
彼に伝えたい
中也、
「愛して…る」
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腕の中で彼女が冷たくなっていくのを感じた
もう俺は
彼女の笑顔を見られないんだ
彼女の声も顔も行動も優しさも
聴いたり見たり感じたりすることはできないんだ
俺のこの怒りは
彼女を守れなかった俺自身と、彼女を刺した男に向けられている
腹いせに彼女を刺した男を、ぐちゃぐちゃになるまで潰してしまおうかと思った
でもその時確かに彼女が云った
「ダメだよ」
彼女を見た
血を流しながら綺麗に眠っている
彼女の胸に顔を押し付ける
もっと一緒に色んなところに行きたかった
話したかった
触れたかった
そんなことを考えていると、彼女の右手に握られている銃が見えた
…彼女は怒るかもしれない、でも
怒られてもいいから、彼女に会いたいと俺は強く願った
自分の頭に銃口を向けて彼女に話しかける
『すぐにそっちに行くからな』
バンッ
不発だった
確認してみれば、球はもう1発も入っていなかった
強い風が吹いた
足元になにかが転がってきた
銃の球
転がってきた場所を辿ってみれば
彼女の右手に残り三つの球が転がっていた
『手前はこうなることを凡て読んでたのか?』
もう既にいない彼女に話しかける
俺は彼女を失った今、これから何を生きる意味にしていけばいいかわからない
だけど
今は、いまは死んではいけないような気がした
彼女が救ってくれた命を
今だけでも、守らなきゃと思った
地面に落ちてた彼女のスマホが震えた
そのスマホには0時0分と示されている
俺は溢れる涙を拭いながら、彼女を抱きしめながら云った
『メリークリスマス』