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スズメって確か・・・バレンタインデーが誕生日だったよね?・・・うわぁ、申し訳なさがマリアナ海溝・・・・。
二月十四日。その日、スズメの机は色とりどりのラッピングで埋め尽くされていた。
「これ、結城さん! 受け取ってください!」
「私も! ずっと憧れてたんです!」
放課後の教室、彼女を取り囲むのは、頬を赤らめた少女たちの熱烈な視線。スズメはいつものように、切れ長の瞳を和らげ、余裕を感じさせるクールな微笑みを浮かべる。
「ありがとう。みんな、大切にするよ」
その凛々しい振る舞いに、教室中に黄色い悲鳴が上がる。「結城マコト」という完璧な仮面の下で、彼女は少しだけ誇らしげに、そしていつものように飄々としていた。それが自分の「役目」であり、忍としての擬態であると信じて。
だが、運命の歯車は、その山積みのチョコレートの中に「異物」を紛れ込ませていた。
数日後の深夜。宿舎の一人部屋で、スズメはもらった贈り物の一つを手に取った。
それは、他のものに比べて少しだけ重く、装飾も一切ない、簡素な黒い箱だった。カードにはただ一言、『結城さん、私をあなたの一部にしてください』とだけ、震える文字で書かれている。
(……熱心な子だね。さて、頂こうか)
スズメはクナイをナイフ代わりに使い、丁寧に箱を開けた。中には、手作りらしい無骨な特大のハート型チョコレートが鎮座している。
彼女はそれを一口分、小さく切り分けようとした。
——ガリッ。
金属が何か「硬いもの」に当たる、嫌な感触。
スズメの眉がピクリと跳ねる。ナッツか何かだろうか。だが、力を込めて断面を抉り出した瞬間、彼女の時が止まった。
「……っ!? ……これ、は……」
チョコレートの深淵から現れたのは、ナッツではなかった。
赤黒く変色した、数本の**「人間の爪」。
そして、泥のように練り込まれたチョコの隙間から、粘つくように這い出してきたのは、何重にも束ねられた「長い黒髪」**。
「は……っ、げほっ……!!」
強烈な血生臭さが、鼻腔を突いた。
断面をさらに詳しく検分すれば、チョコの脂質に混ざって、ドロリとした**「生血」**が未だに固まりきらず、糸を引いて溢れ出してくる。
(嘘だ……。何だ、これは……。何なんだ……!!)
スズメの端正な顔が、一瞬で蒼白に染まった。
常に余裕を崩さなかった彼女の瞳が、恐怖に大きく見開かれる。
これは「お菓子」ではない。自分を慕う少女が、自身の肉体を削り、引き抜き、流し込んで作り上げた、狂気の「供物」だ。
「っ、う……、お、え…………っ!!」
胃の底からせり上がる、猛烈な拒絶反応。
自分の胃の中には、すでに他の子からもらったチョコレートがいくつか入っている。もし、その中にも「これ」が混ざっていたとしたら。
そう考えた瞬間、スズメは口を手で押さえ、床に膝を突いた。
「はぁ、っ……ひ、っ……あ、が…………っ!!」
過呼吸が始まる。
脳裏をよぎるのは、昼間、自分に笑顔でチョコを渡してきた少女たちの顔。あの無垢な笑顔の裏で、誰が爪を剥ぎ、誰が血を抜いていたのか。
自分に向けられていた「憧れ」の正体が、自分を内側から食い荒らそうとする「捕食者の欲望」であったことを、彼女は最悪の形で理解してしまった。
「……っ!! げ、ほっ、げほっ……!!」
スズメは堪らず、部屋の隅にある屑籠に顔を突っ込み、激しく嘔吐した。
甘いチョコレートの香りと、鉄錆のような血の臭いが混ざり合い、彼女の理性をズタズタに切り裂いていく。
涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔で、彼女は床を掻き毟った。
「嫌だ……、やめてくれ……。僕は、僕はただ……っ」
「結城さん」と呼ばれ、称賛されていた自分。
けれどその実態は、狂った崇拝者たちに「自分の一部」として食い潰されるのを待つだけの、美しい標本に過ぎなかった。
暗い部屋の中、スズメは血と髪の毛の混じった黒い塊を凝視しながら、止まらない震えに身を任せるしかなかった。
彼女の誇り高い忍としての魂は、その甘い「供物」によって、永久に癒えない毒を流し込まれてしまったのだ。
深夜の宿舎、血と髪の毛の混じった「供物」を前にして、スズメが胃液を吐き散らしていたその時だ。
静まり返った廊下から、コツ、コツ……と場違いに軽い足音が近づいてくる。
(……誰だ……? こんな時間に……)
スズメは震える手でクナイを握り直し、涙に濡れた瞳を扉に向けた。しかし、過呼吸で酸素が足りない身体は、立ち上がることさえ拒絶する。
音もなく扉が開いた。
そこに立っていたのは、クラスでも大人しく、いつもスズメを「結城さん、結城さん」と影から見守っていた、可憐な少女だった。その手には、まだ予備があるのか、あの黒い箱が大事そうに抱えられている。
「……結城さん。やっぱり、食べてくれたんですね。……そんなに、私を感じてくれたんですか?」
少女は、嘔吐物と血の混じったチョコが散らばる床を一瞥し、恍惚とした笑みを浮かべた。スズメはその異様な光景に、全身の毛が逆立つ。
「……君、か……。これを、作ったのは……。何を……何を考えて……っ、げほっ!」
「何って。私はただ、結城さんと一つになりたかっただけです。私の血も、髪も、爪も……全部、結城さんの身体の中で、結城さんの血肉になる。それって、とっても素敵なことだと思いませんか?」
少女はゆっくりと歩み寄り、床に這いつくばるスズメの前に跪いた。そして、震えるスズメの顎を、血の気のない冷たい指でくいっと持ち上げる。
「あ、やめ……触るな……っ!」
「あら。まだそんなに、顔を引き攣らせて。……もしかして、足りませんでした? 私の『全部』を注ぎ込んだのに」
少女の指が、スズメの荒い吐息で濡れた唇をなぞる。
スズメは逃げようとしたが、少女のもう片方の手が、彼女の髪を強く掴んだ。逃げ場のない至近距離。
「……あ、あ、ああ……っ」
スズメの端正な顔は、恐怖と嫌悪によって無惨に歪んでいた。かつての凛々しさはどこへやら、自分を崇拝していたはずの少女に組み伏せられ、涙を流して震えるだけの無力な獲物。
「見てください、結城さん。その顔……。私があげたものを食べて、私のことで頭がいっぱいになって、こんなに可愛く泣いてる……。やっぱり、これを選んで正解でした」
少女はカバンから、小さな瓶を取り出した。中には、まだ新鮮な、どろりとした赤い液体が満たされている。
「さあ、お口を開けて? デザートはまだありますよ。これは、私の指を一本分、丁寧に絞り出したものです」
「嫌だ……っ! くるな、来ないでくれ……っ!!」
スズメは必死に首を振るが、髪を掴む少女の力は、忍であるはずの彼女が驚くほどに強固だった。少女の顔から、慈愛に満ちた、狂気の微笑みが消えない。
「結城さん。拒まないで。あなたは私の王子様なんだから。……私を、あなたの『中』で、一生飼ってくださいね?」
無理やり口を抉じ開けられ、生暖かい鉄の味が喉に流れ込む。
スズメは白目を剥き、喉を鳴らしてのたうち回った。
プライドも、高潔さも、すべてが少女の狂気という名の泥濘に沈んでいく。
夜の闇の中、スズメの折れた悲鳴と、少女の愛おしげな囁きだけが、いつまでも反響し続けていた。