「いやー。遂に、俺にも嫁が出来たのかぁ…」
バリ島から帰ってきて、マンションへ着いた時に出た一言目がこれだった。
感慨深いぜ・・・
「聖くん…入籍はとっくに終わってるよ?」
「えっ!?そうなのか!?」
「サインしたよね…これからは変な契約をさせられないように気をつけようね?」
そ、そうだったのか…最早結婚はして当たり前だったから、聖奈が回してきた書類にいちいち目を通していなかったから、気付かなかったな……
「気を付けます…」
「結婚記念日を忘れるどころか、結婚記念日を知らないなんて、初めて聞いたよ…」
済まない…付箋が貼ってある所にサインするだけの機械になっていたのが悪かったな……
これからは酒を飲みながらの『ながらサイン』はやめよう。
「まぁ聖くんにそういうのは期待してなかったから……
後四時間で月が出るから、それまでにミランちゃんを迎えに行ってきてね。私はそれまで会社に行かなきゃいけないからよろしくね」
「おう。シャワー浴びて着替えたら行ってくるよ」
結婚式&新婚旅行では一切異世界へ行っていないし、こちらでも仕事はしていない。
向こうの商会はライルがいればミランがいなくとも通常業務であれば問題ないので、ミランはこの一週間地球に滞在していた。
ミランは仕事で俺は遊びだから、せめて送り迎えくらいはちゃんとしないとな……
「お疲れ様です。準備はできているので行きましょうか」
アパートに行くと、ミランはすでに準備を済ませて待っていてくれた。
「悪いな…俺は遊んでミランは仕事をしていたのに待たせてしまって」
「それについてはライルさんもエリーさんも言っていましたが、気にしないでください。
私達だとお二人に喜んでもらえるお祝いの品が用意できないので、その代わりにと言いましたよね?」
そう。俺達が二人して1週間も自由な時間が得られたのは、偏にみんなが協力してくれたからだ。
お前はいつもぶらぶらしているだろって?
当たり前だろっ!!仕事がないんだよっ!!
今回時間がもらえたのは、正確には俺じゃなく聖奈だけだ!!
ミランを連れてマンションへ転移した。
「ミランちゃんお待たせ!お土産が沢山あるからエリーちゃんと向こうで食べてね!」
仕事を終えてマンションへ帰ってきた聖奈は、ミランとキャッキャウフフしている。
俺が聞いてはいけない話をしている様なので、聞こえるところではやめて欲しい……
「おほんっ。じゃあ早速だが異世界へ行こうか」
「そうだねっ!みんなに会うのが久しぶりだから楽しみだよ!」
テンションたけぇな……
マリッジハイか?
というか、あんのかそんな言葉?
賑やかな女性陣を伴い、月の神様にお願いをした。
「本当なのか…?俺を揶揄っているんじゃないだろうな?」
俺は今、どんな表情をしているのだろうか・・・
ライルもマリンも、さらにはミランも聖奈さえも、俺を見て顔を青くしている。
「ほ、本当のことだ。済まない…俺の油断のせいだ…」
「いえ!違います!同じ女性である私の方に責任はあります!ですので…罰は私だけに…」
二人がごちゃごちゃうるせぇ。
「二人の責任じゃないよ。セイくん。これは私の責任だよ。結婚に浮かれて油断してた」
「待ってください。責任はみんなにあります」
全員ごちゃごちゃうるさいな……
「責任云々言うつもりはない。もし、責任があるのなら、それは俺が負うべきだ。
だが、今はそんな事を話している場合じゃない。
エリーを見つけることが、何よりも優先されることだ。
当時の状況と、この国と俺、そしてエリーの環境をもう一度精査するぞ」
ぶっ殺してやる・・・
side聖奈
「ただいまっ!あれ?どうしたの?」
王城にある転移室へ戻ってきた後、執務室にライル君達が来ていると廊下にいた文官に聞いたから、すぐに3人で会いに行ったんだけど……
二人の様子がおかしかったの。
「すまんっ!!エリーが行方不明になってしまった…」
「…どういうことだ?」
それからの聖くんは怖かった。
危ういことを話せば殺されてしまうと思うくらいには、殺気立っていた。
ライルくんが責任を感じて話しているけど……
それはマリンを守るためだよね?
マリンもライルくんを守るためだよね?
やめて……
私が悪かったの…1週間もこっちを空けるのに、これまで何もなかったからといえど、対策が甘かったの……
side聖
ライル達の話を纏めると・・・
エリーの失踪は五日前のこと。
五日前の朝、昨夜ここで寝るとエリーが言っていた研究室へ魔導具製作の助手が起こしに行くと、そこはもぬけの殻。
その後、ライルも加わりみんなで探したが見つからず、というもの。
最初は遊びに出たかと思っていたが、翌日になっても帰って来ず、失踪だと確信した。
エリーが家出をする理由はない。
もちろん俺達が知らないだけで…とも考えたが、書き置きも何もないままとは考えられないので、この失踪は本人の意思ではないと結論づけた。
では誰が?何の為に?
と、なるわけだが……
「無責任な言葉に聞こえるかもしれないけど…」
そう前置きしたのは聖奈だ。
俺は情けないことに期待してしまう。
これまでも俺を何度となく助けてくれた聖奈の言葉だからだ。
「殺されてはいないと思うよ。もちろんこの目で確かめるまでは、どんな証拠があっても無事を信じ続けるけど」
「俺もだ。だが聖奈には何か理由があるんだろ?」
教えてくれ…救いがないと、胸が張り裂けてしまいそうだ……
「殺すのに理由がないからだよ。
まず、エリーちゃんの行動範囲はお城…と、城の敷地内で完結してるよね?
その時点で愉快犯の線は消える。
態々リスクと難易度だけは高いエリーちゃんを狙う理由がないからね。
そして、お城で殺されているのなら、何かしらの痕跡が見つかってもいいはずだよ。
次は政治犯だけど、これも意味がない。
エリーちゃんは私達の仲間として認識されているけど、やっていることは開発だけだって、王都民なら誰でも知っているからね。
仮にエリーちゃんの開発のせいで損や被害を受けた人が居たとしても、エリーちゃんが狙われることは考えられないの。
そもそもエリーちゃんの開発で王城関係者が損や被害を受けたとは考えづらいし、全ての理由に言えることだけど、いつか必ず帰ってくるセイくんや私を知りながら、それを犯す人はこのお城にはいないからだよ。
城の人達は、少しだけど見たこともない地球の便利道具や転移魔法を私たちが使っているのを見ているからね。
未知の道具や魔法で悪事はバレると考えるのが、この城の関係者のスタンダードな考えだよ」
なるほど…だからこの国では今のところ汚職のおの字もないんだな。
てっきり聖奈が怖いからだと思っていたが……
いや、今はそんなことを考えられる程、心に余裕がない。
コンコンッ
突如扉がノックされた。
「どうやら調べ物が終わったみたいだね」
調べ物?
俺がそれを予想するよりも早く文官の一人が入ってきて、聖奈へと一枚の紙を渡し退室していった。
「なんだそれは?」
「エリーちゃんがいなくなったとされる6日前の夜中から今までに、この城を辞めた人がいないか調べてもらっていたの」
「それで!?どうだったんだ!?」
俺は身を乗り出して聞いた。
「二人いるね」
「二人も…いや。この数だから少ない方なのか?」
侍女、下女、執事、従士、下男、料理人、貴族、文官、武官と、この城へ自由に入れる人達は数多く存在する。
普段来ない貴族を除いても、日に1000人以上が出入りしているのは間違いない。
「侍女と下男だね」
「どちらかがエリーの失踪に関わっているのか?」
「その可能性は高いね。
先ず誰にも気付かれずにエリーちゃんを連れ去れるのは、お城に精通している人じゃないと不可能。
それを可能にする魔法を一つ知っているけど、それはセイくんだけしか使える人を知らないから除外するね」
転移魔法のことだな。俺も見たことも聞いたこともない。
「ということは、やはり城の関係者が関わっているということか…どっちだ?いや、この際両方調べよう」
「もちろん両方調べるし、この後もお城に残っている人達も調べるけど、恐らく侍女だよ」
「!…なぜだ?」
「エリーちゃんの失踪の件では、私達の予定を知っている身分の人に限られるからね。
私とセイくんは良くも悪くもこの城の人達に畏れられているから。噂話でも私達のことを話す人はいないの。
今までの条件を照らし合わせると…失踪に関わっているのは、仕事上私達の予定を知らなければならない人物に絞られる。
この二人の中なら下男の人には知らされていない筈だから、私達のお世話係の侍女になるの」
まだ何も確定したわけじゃない・・・
なのに、俺の思考に黒いモヤがかかり出した。