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教室の後ろ扉をガラガラと開け、私と華ちゃんは今日も遅刻することなく無事に登校することができた。
でも、今日はいつもよりもやけに頭がボーッとしている。仮病でも何でもなく、普通に体調があまり良くない。なので、登校したばかりだけど保健室で少し休ませてもらおうと考えていたんだけど、行けなかった。
華ちゃんが作った『壁』のせいで。
「ね! すごいでしょ、優ちゃんって! さすがは巫女! 縁結びの能力で恋を成就させるなんて普通できないしあり得ないって!」
恋人ができたのがよほど嬉しいのか、一緒に登校していた時よりも三倍増しでテンション高く、そして興奮気味に皆んなに話し始めてしまったのだ。
その結果、私の周りに人集りができてしまった。それが壁。人の壁って感じかな。保健室に行く隙というかタイミングを逸してしまった。
本気と書いてマジで体調が悪いからさっさとこの話題を終了させたいんだけど、しかし、女子という生き物は恋バナが大好物なわけで。朝のホームルームが始まるまで話題が切れることがなかった。
「ねえ華ちゃん? 気持ちは分かるけどあんまり言いふらさないでくれると助かるんだけど。それに、巫女って言っても私はまだ見習いの段階だし。華ちゃんの恋を成就させられたのもたまたまだった可能性もあるしさ」
「そんな謙遜しないの優ちゃん。もっと胸を張っていいと思うよ? 仮にまぐれだったとしても、これからどんどんすごい巫女になっていくかもしれないじゃん!」
「はあ。すごい巫女ねえ」
正直なところ、どうもピンとこない。たぶん婆ちゃんがすごすぎるからだ。私なんか足元にも及ばない。なんせ、あの人は縁結びだけではなく他にも様々な特殊な能力を持っているから。
「ね、ねえ祖月輪さん? 今度、私のこともお願いしたいんだけど、いい……かな?」
遠慮気味にお願いしてきたのは、クラスメイトの水野さんだった。ほらね、こういうことになっちゃうんだよ。私はあまり目立つのは好きじゃないし、そもそも恋愛やらなんかには興味がない。ただただ静かに学園生活を送りたいというのが実のところなのだ。
とはいえ、断るのも申し訳なくも思ってしまう。これでも割と気を遣うたちなのだ。
「分かった。今度試してみるから後で詳しく話を聞かせて」
それを聞いて、水野さんは目を輝かせて私の言葉に食い付いてきた。
「ほんと!? すっごい嬉しい! もしあの人とお付き合いできるなら、私、死んでもいい!」
いや、水野さん。お付き合いできたからと死んでしまったら全く意味がないと思うんだけど。まあ、ただの言葉のあやってやつなんだろうけど。
「ねえ優ちゃん? 今思ったんだけどさ。私って幼馴染のくせに優ちゃんがどんな男性が好みなのか知らないんだよね。教えてほしいんだけど」
華ちゃん、今日はやたらと積極的だな。彼氏ができた幸せ効果なんだろうか?
「んー、一応好みの男性がいないわけではないんだけど」
私だって腐っても女子だ。色恋沙汰に興味がないとはいえ、好みの男性くらいはいる。けど、それを言ったら言ったで面倒くさいことになりそうだからあまり教えたくない。
けど、話の流れ的に黙りを決め込んでも無意味な気もするし。なのでとりあえず教えることにした。
「えっとね。まず、髪の毛の色は黒い方がいい。それと、短髪よりもちょっと長めに伸ばしてたりする方が魅力は感じるかな。あと、少し陰のある人」
「え? それだけ?」
「うん。それだけかな」
「そうなんだ。髪が長めで陰のある人、か。なんか黒宮先輩みたいだね、優ちゃんの好みの男性って」
ん? 黒宮先輩? 誰だそれ。初めて耳にした。
「え? もしかして優ちゃん、知らないの? 黒宮先輩のこと」
「知らないなあ、そんな人。むしろ、なんで華ちゃんがその人のことを知ってるのかの方が気になるんだけど。先輩ってことは学年も違うんだろうし」
「まあそうなんだけど。ほら、黒宮先輩って有名人だから。悪い意味で」
有名人? それも悪い意味で? どういうことだろう。色恋云々は置いておくとしても、どうも気になる。
「ねえ華ちゃん? その人のこともう少しだけ教えてくれないかな?」
私のそんなお願いに、華ちゃんは顎に手を当てて何かを考える。どうしたんだろ? そんなに言いづらいことなのかな?
「……外見は知ってるの。見かけたらことがあるから。でも、私も噂程度しか知らないんだけど。なんていうか、その……悪い人らしいよ?」
「悪い人? 何かしたのその人」
「うん。したらしいよ。確か、クラスメイトを殴って肋骨を折っちゃったらしいんだよね。それで今は停学になってるみたい」
なるほど。華ちゃんにしては珍しく歯切れが悪いと感じたけど、そういうことか。
その黒宮とかいう人のことを説明するとなると、どうしても負の言葉を口にしなければならない。華ちゃんはそれを気にしていたんだ。
言葉の持つ力は非常に強い。言霊ともいうくらいだ。だからベクトルが負の方向に向いていることはできるだけ口にしない方がいいし、下手をしたら陰口を叩いていると勘違いされてしまう。華ちゃんはそれを理解している。なので避けたかったのだろう。
「ありがとう華ちゃん。もう言わなくていいよ」
「うん、ごめんね。上手く言えなくて。あ! そうだった! すっかり忘れてた! ねえ優ちゃん。実は縁結びのお返しに渡したいものがあってさ」
言って、華ちゃんは通学用の鞄の中から何かを取り出して私に手渡してくれた。なんだろうと思ったら、それは一冊の小説だっ――え!!?
「は、華ちゃん! どうしたのこれ!?」
私はあまりの嬉しさと驚きで我を忘れ、華子ちゃんに攻め寄った。目をギラギラさせながら。息を荒くしながら。超が付く程興奮しながら。
「え、えと。優ちゃんに何かお礼ができないかなと思って。それで思い出して。この本をずっと欲しがってたなあって。だからオークションサイトで……」
「あ、あの、祖月輪さん? それ一体何なの? 普通の小説みたいに見えるんだけど」
華ちゃんも水野さんも私の様子に困惑しているようだけど、自制心を完全に失った私は止まらない。
「これはね! 伝説の小説と言われてるやつであの有名な竹下書房から出版されたんだけど編集者のミスで出版差し止めになってそのままになっててでもあまりにも名作でめちゃくちゃ面白いらしく小説が好きな人からしたら喉から手が出るくらい価値のあるものなの! それでねそれでね!! その作者さんがこれが本当にすて――」
「ゆ、優ちゃん? 少し落ち着こう? それと息継ぎしよう? 幼馴染だから昔から小説が好きなのは知ってたけど、ここまでになるのは初めて見た……。目が怖すぎるし、それに早口すぎるよ……」
「あ……」
優ちゃんが止めに入ってくれたおかげで、私は私を取り戻した。しかし、幼馴染すらもここまでドン引きさせてしまうとは。
「――小説って、怖いね」
「いや、私は優ちゃんの方が怖いんだけど……」
これでもうお分かりだろう。
私が小説オタクであるということを。
【続く】