翌日、私は出かける準備をしていた。
兄に、天気がいいから彼と散歩でもしてきたらどうかと言われたからだ。
用意が終わり、外に出ると、彼が待ってくれていた。
彼は、今日はいつもの黒い外套を着ておらず、白いシャツに黒いクロスタイを首に留め、黒いスラックスをはいていた。
と、彼が私に気づく。
「来たか」
「はい、待たせてしまいましたね。ごめんなさい」
私は謝罪を口にした。
「別に待ってない。早く行くぞ」
彼は少しぶっきらぼうに言う。
その言葉に私は笑みを浮かべて頷いた。
別荘の近くにある森を歩く。
木々がさわさわと揺れ、鳥がチチチと鳴いていた。
その音たちに耳を傾けながら、私は呟く。
「懐かしい。昔、母とここをよく歩いたものです」
すると、自分で口にしておきながら、胸が締め付けられたように苦しくなった。
また母とここを歩きたい、なんて思った。叶うわけないのに。
「寂しいか?」
彼が私を気遣うように言う。
その言葉に、私は彼に笑顔で首を振った。
「いいえ、今はあなたとお兄様がいらっしゃいますから……」
だめだ。せっかくのお出かけが台無しになる。
私は話題を変えた。
「あ、そうそう。この先に綺麗な湖があるのです。水がとても澄んでいるのですよ」
彼は、思い詰めたような顔のままだった。
……なんであなたがそんな顔をするの?
私も悲しくなる。
「そんな顔しないでください。私なら大丈夫ですから」
私は微笑み、彼の手を引いた。
「早く行きましょう。日が暮れてしまいますよ」
すると彼の表情が少し緩む。
私はそのことに安堵しながら、歩みを進めた。
数時間後、私たちは町の階段に座り、休憩していた。
と、彼がふいに立ち上がる。
「喉が乾いたな。どこかの喫茶店で何か飲むか」
「はい、そうですね」
と、私も立ち上がろうとすると、ぐらりとよろけた。
「きゃっ」
私は階段から落ち……なかった。
彼が私の腰を支えてくれたのだ。
「……っと。大丈夫か?」
彼と向かい合うような体勢になり、彼の美貌がすぐそこにあった。
それに目を見開く。
私の心臓の音が一気に速くなった。
顔もだんだん熱くなっていく。
まただ。なんだこれは。
「は、はい。ありがとうございます」
私は顔を赤くさせたまま礼を言う。
私が体勢を整えると、彼の手が離れていった。
「それはよかった」
ほっと一息吐く彼に、私は謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい。迷惑をかけて」
「いや、大丈夫だ。疲れたんだな」
ゆっくり歩こう、と手を引いてくれる彼に、私の鼓動はまた速くなった。
帰る途中でも、私の心臓はうるさかった。
ずっと考えていた。これは何なのか。
十二、三歳の時は確かになかった。……と言うことは、私の心情に変化があった?
彼は友達だ。私を救ってくれた友だ……ち……。……いや、違う。
この気持ちは何なのだろう。これが友達としてじゃないなら……。
……そうか、やっとわかった。
私は彼を友達としてではなく、異性として……。
意識した途端、私は真っ赤になった。
と、先を歩いている彼が立ち止まり振り返る。
「リリアーナ?立ち止まってどうしたんだ」
私は必死に顔の温度を下げようとしながら返事をする。
「な、なんでもありません。ごめんなさい」
そうして私は彼に駆け寄った。
静まれ心臓。
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