そして暑い夏が過ぎ、秋になった。
私は目の前で本を読んでいる彼に話しかける。
「そう言えば、次また新しい言語を覚えたいのですが、邸宅にはヴァムトル語とナージリス語の本しかなくて、勉強ができないのです」
何かいい案はありませんか?と続ける私に、彼は少し考えるような顔をして答えた。
「なら、王国立図書館はどうだ?」
「王国立図書館?」
そんなところがあるのか。
オウム返しに言う私に、彼は頷く。
「ああ。王城の近くにあるんだが……。明日行ってみるか?」
彼の言葉に、私は満面の笑みで頷いた。
翌日。
私と彼は、その王国立図書館とやらに行っていた。
中はとても広く、図書館というだけあって天井まで本が詰められていた。
本だらけの世界に、私は感嘆を漏らす。
「まあすごい!ここが……」
「言語についての本は……、こっちだな」
行くぞ、と私は彼に手を引かれ、またそれにどきどきしてしまう。
だめだ、こんなことをされる度にどきどきしては心臓が壊れる。
もう少し抑えなければ。
と、本棚の前に着いた。
「で、何を覚えたいんだ?」
彼の問いに私は首を振る。
「それがまだ決まっていなくて、迷ってるんです」
すると彼は、それなら、と本棚に手を伸ばし、一冊の本を手に取った。
「リンヤン語はどうだ?」
「リンヤン?」
初めて聞く名前だった。
ああ、と彼は頷く。
「東洋の国なんだが、リンヤン語さえ覚えていれば、東洋では大体通じるらしい。東洋に行ったことがある父に聞いたから、多分本当」
なるほど、経験者から聞いた話なら信憑性がある。
それに、ナージリス語は西洋だから、今度は東洋の言葉を覚えてみるのもおもしろいかも。
私は彼に頷いた。
「では、それにしてみます」
「わかった。リンヤン語の本が他にもないか探してみる」
おおなんと、そこまでしてくれるとは。
「ありがとうございます」
私は笑みを浮かべる。
そのときだった。
「おやおや、こんなところで何をしているのかな?」
彼の後ろから金髪の男が出てくる。
あの人は……。
私はドレスの裾を持ち上げ、一礼をとった。
「お久しゅうございます、王太子殿下」
そう、その人は王太子だった。
一度会ったことがあり、美形ではあるが、性格が私のあまり得意ではないタイプだったことで印象に残っている。
と、王太子は彼に気づいた。
「おお、君もいたのか」
「……久方ぶりです」
彼は少し嫌そうにしながら言う。
私はそれに少し苦笑した。
が、王太子は彼が嫌そうにしていることに気づいている様子はなく、口を開く。
「ところで、その本はなんだい?」
王太子は、彼が腕に抱えている本を覗き見た。
そして、少し目を見開いた。
「リンヤン語?へぇ?誰が勉強するんだい?」
「私です」
私は口を開く。
「へぇ。君が?」
王太子の言葉に、私は頷いた。
「奇遇だね。ちょうど俺も勉強しているんだ。そうだ、良かったら俺と一緒に勉強しないかい?」
え、と私は目を見開く。
正直ひとりで勉強した方が効率がいいし、気楽なんだが……。
彼が私の方を見る。
どうするんだ?と問いかけるような目だった。
私は彼に微笑み、王太子の方に向き直り、口を開く。
「申し訳ありません。お断りさせていただきます」
すると王太子は肩を落とした。
「そうかい。それは残念だ」
と、王太子が時計をちらりと見る。
「もうこんな時間なのか。名残惜しいが、もう行かなければ。それじゃあ、また」
そして王太子は手をひらひらと振って去っていった。
な、何だったんだ……。
ずっと黙っていた彼が口を開く。
「リリアーナ。王太子には気をつけろよ」
「は、はい」
私は彼の言葉に頷いたのだった。