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春、3月。まだ数少ない花びらが舞い散る晴れ時。
…彼らは、たった一度の中学校生活に幕を下ろした。
卒業式。必ず訪れる別れの日。また誰かが母校に別れを告げる。
最後の別れ際にたった一筋の涙がこぼれ落ちる。一筋、 しかし、
それに込められた沢山の想いは頬を濡らした。
「答辞」
務めるは、…緋八マナ。
「桜の花びらが舞い散る頃、僕たちはこの学校へと足を
踏み入れました。」
当時の記憶が蘇り、終わりを実感する。
「そして、今日。また同じように花びらが舞い散る日に僕たちは
この学校に別れを告げます。」
卒業の宣言。ここに帰ることがないように思いを込めて。
「…僕たちは長いような短いような3年間を楽しみました」
微かに震える声。緊張で高鳴る心臓。潤む瞳。溢れる思い。
「入学式、緊張と不安があった僕たちを温かく受け入れてくれた
この学校は、大切で大切で、世界一の宝物です。」
手紙に綴られた想いを口にする。
「そして、沢山の思い出があふれた、行事。」
涙が、溢れる。
「体育祭では、負けてしまって悔し涙を流しました。その時先生は
優しく僕たちに教えてくれました。泣くということはそれだけ
本気だったということ。恥じる必要はない。思い切り泣きなさい。
と、その言葉は今でも僕の胸に残っています 」
思い出す、記憶。全力で挑んで負けた体育祭。汗塗れになって
涙を流して、悔しくて眠れなかった夜。最後の体育祭。負けで
終わった。でも、泣きながら皆とそばにいたあの日、確かに特別
だった。涙を流して抱き合った初めての日。恥ずかしい顔も
見せれたなら、それは本当の友達。
「合唱祭、練習のとき、何度も何度も繰り返し同じところを
やりました。学習が遅い僕たちに先生は教えてくれました。
学習が遅い分しっかりと学んでいるということ。学んだなら
時間をかけた分、忘れてはならない。と。その言葉は常に、
勉強や運動に苦しんだ時に思い出し、背中を押してくれました。」
合唱祭まで残り1ヶ月に差し掛かった時、彼らはついに躓いた。
テノールの音が難しく中々次の段階に進むことができなかった
あの日。悔し涙を流し、己を恨む者もいた。しかし、そんな彼らは
先生の言葉を胸に、泣きながらも歌った。歌い続けた。その先に
待つ、たった一つの目標に向かって一心不乱に。
「そして、…卒業式。……先生達はいつも僕たちを見守って
くださいました。どんな時も必ず目を離さず、怖がりな僕たちを
全力で引っ張り、 こんなにも強く、大きく育ててくださいました。」
彼らは怖がりで臆病だった。しかしそんな彼らを無理やり
引っ張り出し、先生たちはその先に待つ景色を見せた。そして、
彼らは変わった。怖くても震える手と手をつなぎ合わせてみんなで
その恐怖の先へと飛び込むことを覚えた。例えそこで引っかかっても
彼らは見捨てず必ず助け出してくれる。その信念を胸に。
「…先生達のおかげで僕たちは今、ここに立っています。」
顔は涙でびしゃびしゃに濡れ、赤く染まり始めた。
「本当にありがとうございました。」
震える声で、しっかりと感謝を告げる。教員も涙する。
「そして、皆。こんなに泣き虫な俺を、ずっと引っ張って
励まして、一緒にスタートを切ってくれて、ほんまにありがとう。
別れるとき、またねといい背を向けよう。もう、寂しくないで。」
強く、優しく、そして、想いを込めて、感謝を告げる。
そこに籠もる想いは、感謝だけじゃない。
「そして最後に、お母さん、お父さん。思春期真っ只中で
めんどくさい俺達を、根気強くこんなに大事に 大きく育ててくれて
ありがとう。いつも照れくさくて、恥ずかしがり屋な俺達は中々
言えへんけど、…ほんまに大好きやで。2人のもとに生まれた俺は
世界一の幸せ者や!!!」
そして、彼は最後に涙で濡れた最高の笑顔で一言言う。
その言葉に親も教員も涙が溢れ、生徒たちの中にも涙するものが
あふれた。在校生は残された時間を考えて、教員や保護者は
生徒たちの成長に、子供の大きくなった姿に、涙をこぼした。
卒業式も終わり卒業生は全てを終わらせ門で別れを告げる。
「くっそ恥ずい、泣いてもうた」
「マナすぐ泣くね、泣き虫 」
「うっさい」
彼らに残された時間はほんの数分。時間がなくなるにつれ
もっともっとと、欲しくなる。あれほど嫌だったはずなのに
当たり前がなくなってやっとその大切さに気づく。終わりが
近づいて離れていく体温に涙が、目にたまる。
「…みんな」
静かに呼び止める、下を向いていて表情は分からない。
「……、本当にありがとう」
ひどく小さな声だった。顔を上げた彼の顔はひどく歪んで
涙をこぼしていた。その表情に一気に全員の緊張が解れる。
「うぇんもないとるやないか!」
震える声でそう告げる。
「だって…」
涙が溢れて、もう、止まらない。
そして、その涙は沢山のものの心を濡らした。
「皆ともう、会えないの……、ずっとずっとそばに居たかった。
それが当たり前だったの、だから、だから。…もう、皆と
当たり前の日々を過ごせないのが苦しくて辛いの。」
彼は泣きながら本心を綴っていく、そんな言葉に涙は溢れる。
「また。絶対会おうね。約束。また、マナの涙みんなで拭おう!」
涙を流しながら約束を取り付ける。しかし、反論する者は
誰一人としていない。前生徒会長の彼は泣き虫だった。それでも
そんな彼は多くの人に好かれていた。そしてそんな彼を支えたのは
紛れもない彼だった。彼の優しさは彼の弱さを大きく支えた。
弱虫2人が集まれば弱虫をまとめられる。震える手を握って
一緒に飛べばどれほど怖い闇でも恐れず進める。
それを学んだ彼らならばきっと大丈夫。その想いを胸に教員は
笑顔を見せる。その笑顔に、生徒はまた安心した。