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「|新織《にいおり》さんってスタイルよくて美人でうらやましいなー」


「仕事もできるし、上品だしー」


そんな会話が耳に入ったのは、自分の机でお弁当を食べ終わり、マイボトルに入った熱いアップルティーを飲んでいる時だった。

スマホを眺めているふりをして、後輩達の会話に耳を大きくした。

なぜなら、私がその『|新織《にいおり》さん』本人だからだ。

名前は|鈴子《すずこ》。

至って平凡な名前だ。


「彼氏いるのかな?」


「絶対いるよー」


ありがとう、ありがとう!

可愛い後輩達よ。

あとでジュースを奢りますよ。

彼氏はいないけどな!

後輩達に心の中でお礼言いつつ、スマホ画面を高速でダダダダッと叩く。

なにを打っているかって?

それは男同士の友情以上恋人未満のジレジレ恋愛小説――BL小説を書いているところだ。

趣味のBL小説をwebで公開している。

『俺を激しく愛してくれよ!』というタイトルで、部長と部下のオフィスラブもの。

切ない恋のストーリーというだけでなく、キャラにリアリティがウケている。

略して『|激愛《げきあい》』。

ハゲ愛とは読まないでいただきたい。

部長の|貴瀬《きせ》|凱斗《がいと》と部下|森上《もりかみ》|葵葉《あおば》というキャラが、繰り広げる恋愛模様。

すれ違いと両片想い。

そして、気持ちが通じ合っても嫉妬しあう二人……(予定)。

このじれったさがたまらないと読者からは評判だ。

ちなみにペンネームは――


「ねえねえ、更新きてるよー」


「|新藤《しんどう》|鈴々《りり》先生の『ハゲ愛』?」


ハゲじゃなーい!!

後輩たちのハゲ発言に、午後からやる予定の書類の上へ倒れ込んでしまった。


「今回のハゲ愛はどう? やっと二人がお互いの気持ちを自覚したところよね?」

「そう! 近いからこそ気づかない。だからこそ、切ないのよ。ハゲ愛は!」


だから、ハゲ愛って読むなっ――んっ!?

後輩たちが私の書いたBL小説を読んでいるだと……?

アップルティーを吹き出しそうになった。

な、なんで……(恐怖)。

落ち着こう、落ち着こう、落ち着こう……まだ実名はバレてないんだから!

胸の動悸と手汗がヤバイ。


「この二人の関係どうなるのかなー。クールな貴瀬部長が攻め?」


「葵葉の下克上でしょ!」


今、心電図をとったら、間違いなくエベレストからのナイアガラ。

バクバクバクバクバク……

自分の心音を聴きながら、聞き耳をしっかりたてる。


「リアリティがあるっていうか、身近に感じるよね」


「わかるー。なんでかなー?」


ふっ! 後輩達よ……

教えてあげましょう。

その二人のキャラは実在しているからだよ!!

それも君たちが働いている会社の部長と部下だ。

身近に感じるのは当たり前。


「はぁ……。それにしても最近の若い子達は恐ろしいわね。会社で堂々と……」


BLトークを繰り広げるなんて……

それも18禁のBL小説である(書いてるのは私だけど)。

私なんて、自分の趣味がいつバレてしまうのかと、ハムスター並みに怯え暮らし、ようやくネット上に生存権を獲得したというのに。

しかも、『激愛』は激しいRシーンが見どころのBL。


「ひっそり楽しむのが作法でしょ。純愛だとしてもハードなB……」


口にハンカチをあてた。

危ない。

余計なことを言うところだったわ。

BLのビの字も口にしてはならぬ!

会社で自分の趣味を話すつもりもないし、プライベートをペラペラ喋る気もない。

仕事は仕事。

プライベートはプライベート。

職場では当たり障りのない会話オンリー。

会社での私は常識人、憧れのデキる先輩を装う。

すべて自分の趣味がバレないための処世術である。


『BL作家でーす! しかも18禁! いえーい!』


そんなのチラッとでもバレてたまるか!!

はー、手汗がヤバかった。

ウェットティッシュを机の引き出しから取り出し、手汗を拭いていると、イケメン二人組が総務部に入ってきた。

イケメン二人組を目にして、心の中でガッツポーズをキメた。

きたぁぁぁーっ!

イケメン二人に私の目は釘付け。

もしかすると、本当に目がハートマークになっちゃってるかも。

頬杖をついて、うっとりと二人を見つめた。

いわゆる乙女ポーズ。


「|一野瀬《いちのせ》部長と|葉山《はやま》君よ」


「尊すぎっー」


「飲み会誘っちゃう?」


「無理無理。ハードルが高すぎるわよ。部長なんて社外に美人な彼女がいるに決まってるわ」


「じゃあ、葉山君、いっちゃう?」


はぁー!? 行くなっ!

なに寝ぼけたこと言ってんのっ!

なんの権利があってこの美しい|絵面《えづら》を破壊するんだよっ!

心の中で叫んだ。

あの二人の間に入ることは私が許さん!

私の机から先の通路――ここを通してなるものか。

通れるものなら通ってみなさい。

ゴゴゴゴッ……

背後に見えない壁を作る(私の幻想)。

静かな威圧感を|醸《かも》し出した。

今の私は義経を守る弁慶の気分よ。

デデンデンデデン!


『ここを通りたければ、私を倒してから行けぇい!』


なんて、セリフを口にしたいくらい。

営業部のイケメン、ツートップの一野瀬部長と葉山君。

もう二人でいるだけで、私の脳内ネタ帳は埋まっていく。

脳内にいるミニ鈴子達が忙しそうに働いていた。

新聞記者スタイルのミニ鈴子達はカメラやペンを手にしている。


『記録しろ! この歴史的瞬間を!』

『一野瀬部長と葉山君コンビの尊さを魂に焼き付けろ』

『体格差がたまらん! 何センチ差ですかぁー?』

『知りたいけど、近づけない! 眩しすぎて!』


バックグラウンドミュージックは映像の世紀『パリは燃〇てるか』で決まりだね(めちゃくちゃ壮大)

カシャッ、カシャカシャ!

フラッシュがたかれ、ミニ鈴子達が撮影する二人の尊き姿のワンシーンを脳内メモリに保存していく。

素晴らしい、素晴らしいです。

二人は微笑み合いながら話している。

それだけで、ご飯三杯はいただけます。

ごちそうさまです……よし、合掌。

そっと心の中で手を合わせた。

そんな私の胸中も知らない二人がこちらへやってきた。

げっ! なに近寄ってきてるの!?

もしかして、私の妄想が具現化しちゃった?

パパッと頭の上を手ではらった。


「新織さん。少しいいかな?」


いいわけない。

そのまま、二人で戯れてなよ(本音)。


「……大丈夫です。なにかご用でしょうか。一野瀬部長(建前)」


思わず、真顔になってしまった。

一気にクールダウンしていくのがわかる。

しゅうぅぅぅっと頭の中から熱が抜け、しぼんでいった。

ミニ鈴子達が闇の中へと帰っていく。

あぁー……帰らないでー……私のネタ。


『楽しい時間よ、さよーならー』

『あーあ、ネタ終わり?』

『つまんなーい』


私のポーズも乙女ポーズからただの頬杖に変わってしまう。

やさぐれ、素に戻る私。


「今年の社員旅行の担当なんだが、俺と新織さんの名前があがっている。一緒にやってもらえないかな?」

「……葉山君と二人では?」


さりげなく、二人のカップリングを推し進めてみた。


「女性の意見も欲しいんだ」

「そうですか……」


社員旅行の担当なんて冗談じゃない。

下見にも行かなきゃいけないし、手配も面倒だし、当日の余興もお願いしなきゃいけないっていうクソ厄介な仕事だよ!

総務部の仕事とはいえ、今までうまく回避してきたのに……

とうとう私にもお鉢が回ってきてしまったようだ。

でも、どうして営業部の一野瀬部長が社員旅行の企画をするのだろう。

しかも、営業部のエース、女性社員からの評価は花丸印で、出世街道ばく進中の超エリート様。


「営業部の一野瀬部長がどうして社員旅行の担当を?」


「去年の旅行が不評だったからな。社長から直々に社員の意見をもっとうまく取り入れろとお達しがあった」


ああ……なるほど。

老人会の旅行みたいなコースで、リンゴ狩りと温泉、海産物が売っている市場だった。

でも、リンゴは取り放題で、帰ってからフライパンで作るリンゴケーキやコンポート、ジャムにしてヨーグルトと一緒に楽しんだ。

海産物も安くて、スルメとエイヒレをゲットした。

炙って、一味マヨネーズをつけて、おつまみにしたら、すごく美味しかった。

私の結論――去年と同じでいいのではないですか?

でも、ここは『素敵な新織さん』を演じる。


「全員が納得できる旅行を考えるのは難しいが、どうだろうか?」


困り顔の一野瀬部長を葉山君が背後から見守るように眺めている。

それに気づかない一野瀬部長。

ぎゃっー! これは永久保存版。

しっかり目に焼き付けとこ。

私の脳内カメラが音を立てて、何枚も激写した。

脳に焼き付けろ!


「社長は期待している。それで今年は総務部の女性社員だけで決めるのは大変だろうと、俺にも声がかかったわけだ」

「そうですね……」


返事をしながら、今がチャンスとばかりに一野瀬部長を観察していた。

一野瀬部長は黒髪と黒い瞳、キリッとした顔立ち、鋭い目をしているけど、どこか品のある雰囲気も最高に私のツボ。

そして、筋肉質な体と高身長。

なにかスポーツしてるのかなってくらい引き締まっている。

闇の中からミニ鈴子達がやってきて、|不埒《ふらち》なことを私に囁く。


『触りたーい!』

『触ったら、もっとリアルな小説書けちゃうんじゃない?』

『天才か。よし、その筋肉を触ってやれ』


ドゴォッとミニ鈴子達を殴り飛ばした。

今はヤメロ。

顔がにやけたらどうするのよ――じゃなくて、ペタペタ触ったらただの変態である。

痴女まっしぐら。

相手に警戒されたらオシマイよ。

今後も『俺を激しく愛してくれよ!』のために、観察できる範囲の距離を保たねばならない。

不埒なことを考えないよう筋肉から目をそらし、葵葉のモデルである葉山君に目をやった。

彼は色素の薄い茶色のサラサラヘアー。

肌は白くて細身。

今も少女漫画に出てきそうな王子様風の顔立ちだけど、きっと少年の頃は女の子に間違えられるくらいの美少年だったに違いない。

チチッ、チキッ、私の目の中にある体格補足レーダーが二人の体をくまなく調べ尽くす。

計測完了!!

身長は一野瀬部長より五センチくらい低いってところかな。

ふーむ。

この体格差……良きかな!

これは下克上でもアリなパターン。

普段は強気でクールな上司の心と体を翻弄しちゃう美少年。

あー、さいこー!


「……さん?新織さん?」


「はい」


おっと意識が混沌たる闇の世界に旅立っていたわ。

帰ってこい、私。


「一緒にやれるか?」


いや、私じゃなくて葉山君とやりなさいよ――と思ったけど、言えるわけない。

一野瀬部長は営業部イチのイケメンっていうだけじゃない。

仕事ができる。

いや、かなりできる。

社長直々にお声がかかり、難しい案件をお願いされるくらい信頼されていて、すでに将来の重役ポストは約束されているようなもの。

本社一番の出世頭。

それを補佐する葉山君。

社長、わかってるぅ~!

二人が結婚したら、社長に一生ついていってもいい。

すうっと深呼吸した。

落ち着くのよ、私。

私は後輩達から憧れる『新織先輩』なのだから。


「社員旅行は総務部の仕事ですから、お引き受けします。他の業務は調整しますのでご心配なく」


キリッと顔を引き締めて答えた。


「そうか。それじゃあ、これからよろしく頼む」


「はい」


一野瀬部長がめったに見せない微笑みを見せても、私は自分の心を悟られないように無表情でうなずいた。


「また後から詳しく話そう」


「わかりました」


一瞬、しんっ――とした。


「まだなにか?」


なにこの微妙な|間《ま》は。


「いや、なにも」


「一野瀬部長。昼休みが終わりますよ」


「そうだな」


一野瀬部長はまだなにか言いたそうな顔をしていたけど、葉山君に促されて、ようやく私の前から去って行った。

二人が並んで総務部から出ていくと、後輩達がまた喋り出した。


「あの二人に話しかけられるなんて、うらやましーい」


「私も一野瀬部長に仕事を頼まれたい」


「無理無理。私達じゃついていけないって。一野瀬部長はけっこう厳しいらしいしー」


「でも、新織さんいいなぁ」


「私もカッコイイ女になりたい」


「カワイイほうがいいに決まってるでしょ!」


後輩たちは私が同じフロアにいるのに遠慮のカケラもなく、そんなことを言っている。

この子たち、自分に正直に生きてるね。

羨ましいくらいだよ。


「カッコイイね……」


メイクはどちらかというと、華やかよりもカッコイイ女子メイク。

スモーキーなカラーを選び、落ち着いた色のピンクカラーのウォーターカラーバーム。

ヒールは身長が高いため、相手を見おろさないようにローヒールを選んでいる。

それは私の狙い通りといえば、狙い通りなんだけど。

なんだか、もやもやする女、二十八歳。

今日も気ままにオタクとして生きてます。


――まさかオタクな自分に恋が始まるなんて、この時は少しも気づいていなかった。

私はオタクに囲まれて逃げられない!

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