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「あれから朝陽くんとはどうなんだ?」
「どうって……私は一般社員なんだから、通常業務で社長と接点なんかないよ」
ラグの上にあぐらをかいて座った祖父が、意味ありげな視線を投げかけてくる。
……先月、会議室で接点があったと言えばあったけれど。
あのときは伊地知部長とふたりで話しているところに、急に専務と社長が現れて私も驚いたくらいだ。
今までそんなことは一度もなかったし、とてもレアケースだったのだと思う。
「冴実が碁会所でたっちゃんと話してるとき、気になる男がいるって言ってたよな? だけど雲の上の存在だって」
「あれは……」
「もしかして、朝陽くんじゃないのか?」
うっかり口走るんじゃなかった、と後悔しても遅い。
辰巳さんに聞かれたからポロリと口をついて出たのだけれど、まさか社長が辰巳さんの孫で祖父とも面識があるとは、あのときはまったく予想できなかった。
「本当に雲の上の人なんだよ。おじいちゃんが考えているような関係には絶対になれないから、微塵も期待はしないでね」
私から手を伸ばそうなどとおこがましい考えは最初から持ち合わせてはいない。
遠くから羨望の眼差しを向けるだけで充分だ。それ以上望んでも叶わないのは重々承知している。
「朝陽さんは仕事に夢中なの。私のことは興味ないよ」
以前に商品部がプレゼンをする会議の場で資料を配る作業を手伝ったことがあるけれど、社長はそのとき、どの社員の意見にも真剣に耳を傾けていた。
時にはあご元に手をやって考え込み、スラスラと資料にペンを走らせる姿がカッコよくて、光り輝いていたのを思い出す。
イケメンで落ち着きのある社長は、世の女性たちからアプローチが相当あるだろう。
だけど社長は誘いに乗って豪遊するタイプではないと伊地知部長から聞いたことがあるし、今は恋愛よりも仕事が楽しいのだと思う。
「それが、そうでもなさそうだぞ?」
「……なにが?」
「向こうはお前を気に入ったみたいだ」
意味がわからないとばかりに、グラスに口を付けたまま祖父に問うような視線だけを向けた。
社長がなにか誤解されているのだとしたら、私が今きちんと解いておいたほうがよさそうだ。
「どうしてそう思うの? 私と花野庵に行って抹茶あんみつを食べたから? おじいちゃんがふたりで行けって言ったんでしょ」
断ると角が立つから社長は了承してくれただけなのに、うがった見方をするのは失礼だ。
あの日のことは綺麗な思い出として私の心の中にしまっておきたいのだから、そっとしておいてほしい。
「いや……俺じゃなくて、たっちゃんが言ってる」
「え?」
「たっちゃんが朝陽くんの結婚相手を必死に捜してるのは知ってるだろ?」
それについては辰巳さんも言っていたし、社長も花野庵で煩わしそうな顔をして話していた。
辰巳さんが社長の結婚に関して相当心配していて、せっせとお見合いを勧めている状況だが、社長はそれを上手にかわして拒み続けているらしい。
「いつになったら結婚する気になるんだって詰め寄ったら、冴実との縁を大事にしたいと朝陽くんは答えたそうだ」
「どういう意味?」
「お前がいい、ってことじゃないのか」
驚きすぎて目を見開いたまま固まる私をよそに、祖父は腕組みをして静かに笑っていた。
「ちなみに朝陽くんがそんな発言をしたのは初めてらしい」
「信じられない。だってあの日は私、普段着でスッピンだったし……」
「はは。たしかにな」
祖父同士が友人という間柄だから、社長は大人の対応としてあいまいに濁しただけではないかと思う。
私のことをはっきりと拒絶しなかった社長の態度を見て、珍しく乗り気だと辰巳さんが良いように受け取った可能性は大いにある。
「たっちゃん自身が冴実を気に入ってるからなぁ。今日も碁を打ちながら上機嫌だったぞ」
何度も目にしてきた辰巳さんの穏やかな笑顔が瞬時に脳裏に浮かんだ。
ガッカリさせたくはないから、少しの期待もしないでほしいのだけれど。それにしても社長の発言の意図がわからない。
「おじいちゃんも賛成なの? 本当に私たちが付き合えばいいって思ってる?」
「そりゃそうだ。朝陽くんみたいな立派な男はなかなかいない。非の打ち所がまったくないからな」
我ながらバカな質問をしたものだ。恋愛や結婚の相手としてあの社長をダメだと否定する人はまずいないのに。
誰でもひとつくらいは短所がありそうなものだが、私が知る限り社長には見当たらない。どの部分においてもすべてパーフェクトだ。
「まぁでも、焦るとうまくいかなくなるものだからな。たっちゃんにも言っとくよ」
話を終えた祖父が部屋から出て行くのと同時に、自然と小さく溜め息が漏れた。
私との縁を大事にしたいだなんて、社長が本当にそう言ったのだろうか。
そんな発言をすれば、辰巳さんが手放しでよろこぶ姿は容易に想像できるはずだから、聡明な社長が軽はずみなことをするとは考えにくい。
祖父たちが勝手に盛り上がって話が先に進んでいく前に、社長に確認してみようかな。と言っても、連絡先を知らないのだけれど。
コメント
1件
おじいちゃんとの会話、めっちゃ胸がざわつきました…!「朝陽くんが冴実との縁を大事にしたいって言った」って、それもう完全に好意じゃないですか…?でも冴実さんが「そんなわけない」って否定するのもわかるし、雲の上の存在だと思ってた人が急に身近に感じられるようになるの、怖いけどすごくドキドキします…。次が気になる…!
鷹槻れん

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