テラーノベル
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翌日の現場、ちわー、と挨拶をして二人分の荷物を椅子に置いたところで、元貴と目が合った。 なんとなく後ろめたくてスっと視線を外ずす。
ちょっと3人だけで話があるので、と元貴の全く感情のない声。不穏な空気を察知したスタッフがみんな出ていって、人払いをしたスタジオに3人だけ。
「若井、お前さあ」
昨日と同じセリフだ。けれどそこに込められた感情が昨日と比べて段違いに重い。黒い。
腕と足を組んで椅子に座る元貴。向かい合った俺と涼ちゃんは姿勢を正して座っていた。
俯いた涼ちゃんの顔は絶望的に赤い。マスクをしていてもわかる。
何故こんなに元貴がご立腹なのかというと。
「エスカレートしてんじゃん。お前バカなの?」
盛大なため息をつかれた。
まだスタジオ入って数分だよ?元貴の察知能力異常すぎんだろ。
そう思ってしまって、色々諦めた。
昨夜の結論からいうと、俺の背中に新しい爪痕は付いていない。まったく。ひとつも。
恋人に、俺がすること全部気持ちいいって、そんなこと言われて興奮しないやついんの?理性が揺れないやつがいるならお目にかかりたいわ。
涼ちゃんのよわよわな抵抗をものともせず行為を進めて。
やめて、いやだ、と言いながら肩や背に縋ろうと手を伸ばしかけ、また爪たてちゃう、と引っこめて。涼ちゃんはひとりコントみたいな動きずっとしている。
興奮しすぎててなんだかよく分かんなくなって。俺の頭も湧いてたのかもしれない。
余計な事考えないで。集中して、俺だけ見てよ。俺から与えられるもの、いつもみたいに全身で甘受して、喘いで莫迦になって蕩けちゃえよ。
どうしようもなくなってしがみついてくれていいのに。
なんで、そんな頑ななのよ。俺は爪痕とかキスマークとかなんかそういうの、全然見られても平気なのに。
自分よりも周りに気を配って色々考えて、キレイだけどばかなところが可愛い涼ちゃん。この時は何故だか…、うん、正直に言うと、すごく苛ついた。
シナイって言ったのに強引に進める俺への些細な抵抗か、声が漏れないように自分の口元を押える両手。
その手を頭上に掴み上げて言葉を投げた。
笑顔で。
わかった。この手が背中にしがみつけないようになれば、セックスできるよね?
なんて、どこぞのえろ動画みたいなセリフを。
元貴が、ばんっと目の前のテーブルを手で叩いたので、わ、と声が出た。隣の涼ちゃんに至っては、数センチ飛び上がったんじゃないかってくらいにびくんと体を揺らしている。
「なんで、次は、涼ちゃんに、傷ができてんの!?」
しかも、手だよ?手首だよ?涼ちゃんの商売道具だよ!?
元貴が珍しく声を荒らげたもんだから、
「……ごめん、なさい」
反射のように涼ちゃんが謝る。
「なんで涼ちゃんが謝ってんの!…てかさあ、なにその声。喉も潰れてんの?」
うぅ、と呻いて更に縮こまる涼ちゃん。
信じられないものを見る圧の強い目が、俺に向けられた。
自覚はあったけど、完全にやらかした。色々活動に支障が出るのは、本当にダメなやつ。
確かに、今日の涼ちゃんは誰が見ても可哀想なくらい声が出てなくて、目元もパンパンに腫れている。浮腫みだとは通用しないレベルで。
極めつけは元貴が言った通り、手にできた傷と手首の痕。
実はまだ痺れてるとかで荷物が持てなくて、俺が代わりに持ってきたくらいだ。
スタジオ入って秒で異変に気付く元貴がすごい。
「ごめん、ちょっとやりすぎました」
親友から向けられる鬼のような視線に耐えかね、素直に謝る。
やりすぎました。ほんと、色んな意味で。
何故だか苛ついたあの後、その辺に転がっていたスマホの充電ケーブルで涼ちゃんの手首を括った。縄とか紐じゃないから解けないようにって結構頑丈に。
途端、やだやだやだ嘘でしょ!?とパニックになって暴れる涼ちゃんを押さえ込んで、これなら爪はたてらんないでしょ。と。
今思えば、なんて鬼みたいな事言ったんだろうかと思う。
逃げられないのに逃げを打つ体を好き放題して、最後には、おねがいやめて、と哀願までさせるほど本気で泣かしてしまった。
控えめに言っても最低だと思うけど、あの時は妙に興奮して止まれなかった。完全に馬鹿になってた。
何度目か分からない絶頂に細くて掠れた嬌声をあげて、 ふつ、と糸が切れたように…気絶するみたいに気を失った涼ちゃん。
手首を解放すると、鬱血して冷たくなった指先が、勢いよく巡ってきた血液の量に耐えられずカタカタと震えている。
ぎゅっと強く強く握りこんでいたであろう手の甲には、ところどころ自分の爪が食い込んでできた傷があった。血液が巡ったため、じわじわと血が滲んで緩く溢れる。
手首にはくっきり、縛られてました、と言わんばかりの痕。時間の経過と共に紫になるやつ。
一瞬で、あ、やらかした。と。
『涼ちゃんの指って、ピアノ弾く人の指ですって感じがして、いいよね』
いつだったか元貴が涼ちゃんの手に触れながら嬉しそうに言ってた、その光景と言葉が一瞬脳裏に過った。
サッと背筋が冷える。
涼ちゃんは俺の恋人だけど、元貴の大事なものを傷つけるとその代償はでかい。
けど、もう手遅れな気がする…。
はあ、と溜息をついて、とりあえず今は涼ちゃん、と完全に意識喪失してる涼ちゃんを寝室に運びベッドに横たえた。
呼んでも揺すっても反応がなくて。
手の傷の処置をしても、指先がぴくりとも動かない。
焼け石に水かと思いつつ目元にアイスノンをあてがっても、睫毛ひとつ揺れない。
とりあえず細く呼吸はしているけど、それだけ体のダメージがデカかったんだろうな、と思う。
涼ちゃんだって、スルのがイヤだったわけじゃない。…と思う。
迷惑がかかることがイヤでシナイって言ったのに、俺が理性に負けて自分の欲を押し通してしまった。
勝手に煽られて勝手に暴走してしまった。
いくら優しくて器の広い涼ちゃんでも、許してくれないかも。と自業自得でしかないことを不安に思いながら、眠りについた。
だから、今日は背中に爪痕が増えていないってわけで。
はあぁあぁ、と元貴の口から出たのはものすごく大きなため息。
「ほんと、若井って変態だよね」
全然ちょっとじゃないし。涼ちゃんに愛想尽かされても知らないよ?
幾分か怒りが落ち着いたのか、こうなってしまったものはしょうがないと諦めたのか、心底呆れ返った声で元貴が言う。
自分でも、やりすぎたなと思うし、元貴の言葉にドキッとした。
愛想尽かされる…いやまさかね。そう思いつつ、今回の案件はそうなってもおかしくないかも、と横の涼ちゃんの様子を伺う。
自分の手をさすりながら俯いて、また迷惑をかけちゃった。そんな顔してる。 俺のせいなのに。
目を細めて何かを考えるように、指先でとんとん机を打つ元貴。
若干、空気は緩んだものの、怒りは収まっていないみたいだ。
居た堪れなくなったのか、あの、と涼ちゃんが小さく口を開く。
「なるべく早く、きちんと治す…治せるように、頑張るから…ごめんなさい」
ガッサガサの声で。
美容に精通してる涼ちゃんだから、集中してケアする方法とか色々知ってるのかもしれないし、真面目な涼ちゃんの事だからとにかく早く活動できるように動くだろう。
「俺もフォローするから、元貴」
ごめん。プロ意識欠けてた。
俺らのそういう、個人的なものが仕事に影響するのは本当に良くない。
真剣な気持ちで謝る。これは本当に。心から。
「…まあ、もう仕方ないよね」
ふー、と大きく息をついて、ようやく表情から圧が消えた元貴が言う。
なっちゃったもんはもう早く治すしか選択肢ないからね。と。
安堵したところで、ただ。と言い一瞬目を伏せた元貴がこっちをじぃっと見て
「涼ちゃんの手がちゃんと治るまで、住むわ」
俺が、涼ちゃん家に。
唇の端を嫌な感じで上げた。
すんごく凶悪な笑み。
住むってなに?涼ちゃんの家に元貴がずっと帰るってこと?涼ちゃんと一緒に?
「っなんでそう…」
「いや、そうなるでしょ。監視だよ?」
二度あることは三度あるって言うじゃない?
一緒に治そうとかって涼ちゃんと一緒にいて、若井がなにもしない可能性ゼロでしょ。
ちょっとでも理性がぐらついたら、 指に負担がかからないようにってなんだかんだ誘導するよね。
絶対にまたスルじゃん。
親友の勘なめないでよね。
「弱ってる涼ちゃんって、普段の倍盛りでかわいいもんねー」
怒涛のように言葉で攻撃される。語録の豊富な元貴に勝てるわけない、俺は何も言い返せず。
トドメのセリフまで。
つまりは、撮影とか音取りとかの作業は後回しで打ち合わせとか中心で仕事進める間に治す。
治るまでは、涼ちゃんに無理がかからないように元貴が一緒に過ごすって言う話。
…俺がナニかしないよう、厳重に監視するってことだ。
確かに。元貴に言われたことは何一つ否定できない。
弱ってる涼ちゃんなんて、想像しただけでやばいのに。
「ーーーーっ」
言い返せない、自業自得、嫉妬、とかなんとか、もう歯痒い気持ちは言葉にならなくて、椅子に座ったまま地団駄を踏む。
すごく子供っぽいっていうのは、自分でもわかってる。
えぇ、あの、その、と涼ちゃんがどうしたらいいのか、何が正解かわからず、俺と元貴を交互に見遣る。
俺がそう思ったように、涼ちゃんも思ってる。
若井は恋人だけど、それは元貴がいなかったら成り立たなかった関係で、元貴が決定したらそれは絶対だ。なんて、そう思ってる。
「あ、あっ。じゃあ、さ」
んん、と小さく咳払いして涼ちゃんが敢えて明るい声を出す。
俺と元貴の視線が彼に向けられる。
「しばらく、みんなで僕の家に住んだら、いいんじゃないかな」
それを聞いて、元貴はすごく嬉しそうに
「俺は全然いいよぉ」
とにこにこ笑顔になる。
くそ、絶対、涼ちゃんにべったりくっついて俺をもやもやさせるつもりだ。それこそ親友の勘でわかるわ。
全然良策じゃないのよ、涼ちゃん。
いいこと思いついた!みたいな顔してるんじゃないよ。
いいこと思いついたね涼ちゃん。と元貴が涼ちゃんをヨシヨシしてる。バカにしてるのか愛でてるのか境目が曖昧すぎ。
でしょ、と声は相変わらずガサガサだけど、腫れた目元がやっと笑ったからそれでいいのか?も?んん??
とにかく、俺そっちのけで二人で盛りあがっていて、さっきまでずっしり重かった空気が完全に払拭されたわけだけど。
(…俺にとっては地獄でしかない…)
もう逃れられない。
元貴が言った以上、ほぼそれは決定事項。
皆で過ごすか、俺抜きで涼ちゃんと元貴がすごすか。
その二択。
地獄の二択じゃん。
背中の爪痕と、涼ちゃんの大事な商売道具に傷をつけるのじゃ、わけがちがう。当たり前だけど。
予想的中。
元貴の大事なもの傷つけたらその代償はでかい。
少しでも涼ちゃんと居たいから、ギリギリしながら元貴がベッタリしてるの見るか。
それとも、いっそ視界に入れないようにして悶々としながら別で過ごすか。
その二択をすぐには選べず。
和やかなふたりの横で、俺は真っ白な天井を見上げた。
おわり
ダラダラ長くてすみません
色々あほですみません
コメント
2件
コメント失礼します🙇 お話読ませていただきました✨ 💙の💛への重い愛がめちゃ好きです🤭 治るまで、3人で生活するのかとか、続き気になります!