テラーノベル
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──翌朝。
♪〜♪〜
「……ん? なんだ、曲が鳴ってる」
ぼんやりした意識のなか、耳に飛び込んでくる軽快なメロディ。
まぶたを開けると、どこか懐かしいような、それでいて聴いたこともねぇ曲が頭の中をぐるぐる回っていた。
「ふぁ〜……いつの間にか寝ちまったか。……いてて」
手首にズキッと痛み。昨夜の傷が、しっかりと主張してやがる。
「……で、この音はどこだ?」
枕元を探る。ラジカセは見当たらねぇ。テレビもねぇ。音はベッドの上から──
「これか?」
枕元に置かれていた、薄っぺらい長方形の機械。
見た目はウォークマンみてぇだが……カセットの挿入口もねぇし、やたら音がでかい。
「チッ……止め方がわかんねぇ!」
思わず弟の部屋へ突撃する。ドアを開けると、案の定ファミコン……いや、なんだそれ。
「おい! まだゲームやってんのかもう朝だぞ?」
「……は? なんだよ、ねーちゃん、うるせぇな」
「おい、これ……このウォークマン、音止めらんねぇんだけど。どうすりゃいいんだ?」
「ウォークマン……? 何言ってんだよ。スマホだろ、それ」
少年はため息をつきながら、指先で画面をサッとなぞる。音楽がピタリと止まった。
「……え? カセットテープ入ってねぇの?」
「はぁ? 何時代の話してんだよ……。今オンライン中だから、さっさと出てけよ」
ガチャ──ドアを閉められた。
「なんだよ、まったく……」
結局、目が覚めてもこの身体のまま──つまり、まだ“女”ってわけか。
仕方なくリビングに降りる。やけに静かだ。誰もいねぇ。
この家、いったいどうなってんだ?
洗面所で歯ブラシを探し、適当なのを手にとって磨く。鏡の中に映るのは──あの女子の顔。
あの夜のままの顔。
「そういえば……」
俺はこの子の名前すら知らなかったな。
いや、名前どころか何も知らねぇ。ただ──自分の手首を切って、薬をため込んでるってことだけは分かった。
リビングへ戻ると、さっきの弟が冷蔵庫を漁ってた。
牛乳かなんか取り出そうとしてる。
「おい」
ビクッ!
「な、なんだよ……!」
俺は冷蔵庫の前にいる弟に一歩近づいた。
そして、目を細めて問いかけた。
「……おい。ひとつ聞かせろ」
弟は牛乳パックを片手に、めんどくさそうな目でこっちを見た。
「なんだよ、まだ何かあんのかよ」
「……おれの名前は?」
「はぁ?」
「いいから答えろ」
一瞬の沈黙。弟は目を丸くして、鼻で笑った。
「は? バカじゃねーの? 何言ってんの、マジで……」
そう言い捨てると、弟は牛乳を持ったままリビングを出て行こうとした
「おい、待てコラ!」
逃げようとした弟の襟首をガッと掴んだ。
「いいから教えろ。この家のことも、お前の名前も、全部だ!」
ビクッと肩を震わせた弟が、おびえた目で俺を見上げる。
「お、お姉ちゃん……わ、わかったよ……っ」
──そのあと、俺はしぶしぶ口を割った弟から、最低限の情報を聞き出した。
この体の名前は森下杏奈(もりしたあんな)。
年齢は17、高校2年。
俺のひとつ下か……。
そしてこの弟は森下祐(ゆう)、14歳で中学生らしい。
だが、ほとんど学校には行ってねぇ。登校拒否ってヤツか。
母親は看護師で、夜勤のときは朝方に帰ってくる。
父親は出張が多くて、家にはほとんどいない。
家族、バラバラじゃねぇか……。
そして俺──いや、杏奈が通ってる高校の名前は青雲学園。
もう一つ、オレが目覚めた時代はどうやら令和というらしい本当か?
それにしても….
「おい、祐。なんで学校行かねぇ?」
「な、なんでって……知ってるだろ……」
「朝までファミコンなんかやってんじゃねぇ。今日から行け」
「い、いやだっ! 学校なんて、絶対行かない!」
祐はそう言い捨てると、ダッと階段を駆け上がって、自分の部屋に逃げ込んじまった。
ドアが乱暴に閉まる音が響く。
……ったく。ま、無理もねぇか。
俺だってガキの頃は学校なんて面倒で、しょっちゅうサボってた。
人のこと言える立場じゃねぇな……。
だけど、今の俺はもう一人じゃねぇ。
この体の持ち主──森下杏奈の人生がかかってるんだ。
「……祐、学校までの道、教えろ」
ドア越しにそう言うと、祐はしぶしぶメモ帳に地図を書いてくれた。
ふん、助かるぜ。
元の体に戻れる保証なんてねぇ。
だけど、せめて杏奈に迷惑がかからねぇようにしねぇとな──
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