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突然現れた部外者の強気な言葉に、騎士は苛立ちを覚える。
「ふん、誰か知らんが生意気な口を叩くやつだ! いいだろう、こっちの小娘は後回しにして、貴様から相手してやる。剣などなくとも──」
殴りかかろうとして、男はつるんと足を滑らせた。思いきり頭を打って、がしゃんと派手な音が立ち、ぴくりとも動かなくなってしまうと、ギャラリーからは乾いた笑いが聞こえて、彼らは下らない終わり方だなと去っていく。
「……ああ、だから言ったのに」
ブーツと足下が凍っていて、一歩踏み出した途端に滑ったのだ。瞬時にヒルデガルドが凍らせていたのと、激昂していたのもあってまったく気づいていなかったのが、彼の運の悪さを目立たせて、すっかり笑いものになった。
「ねえ、ちょっと。ありがとう、あなたの名前を教えて」
美しい腰まで伸びた金髪を手でさらりと梳いて、すっきりした表情でカトリナから声を掛けてきた。ヒルデガルドは気まずそうな顔をして──。
「ヒルデガルド・ベルリオーズだ。……私の顔に何か?」
「あ、ごめんなさい。知り合いに似てて、名前も同じだったから」
群青色の瞳が彼女をまじまじと見つめて訝し気に。
「違うわよね、髪も紅いし……いやでもそっくりなのよね、顔とか声とか話し方とか……。でもベルリオーズなんて姓、聞き覚えもないから……違うか……」
知人との共通点が多いもので気になっているようだったが、イーリスが「彼女は最近まで大きなお屋敷で侍女をしていたんだよ」と割って入った。それから、さらに補うように「世の中にはそっくりさんが三人はいるって言うから」と自然に加える。
「そういうものかしら……。あ、ところであなたは?」
「ボクはイーリス・ローゼンフェルト。よろしく」
軽く握手をして、カトリナは小さく頷いて返す。
「アタシはカトリナ・セルキアよ。あなたたち、二人とも魔導師なのね? 腕も良いみたいだし、魔塔で働いてみる気はないかしら」
突然の勧誘を受ける。ヒルデガルドは静かに首を横に振った。
「申し訳ないが、今のところ興味はない。……のだが、実はウルゼン・マリスとの面会があって、今日の夜には魔塔へ行くんだ。そのときに中を案内してもらえたりはしないだろうか? セルキアの娘なら詳しいだろう」
ピクッと身を揺らしたカトリナの様子に、ヒルデガルドは何かおかしなことを言っただろうか、と首を傾げた。隣でイーリスも慌てて視線が二人を往復している。何か問題があったと気付いたのは、カトリナに断られてからだ。
「アタシがいなくてもいいんじゃない? 知る限りだと、大賢者様はいちど見たものは殆ど記憶してしまうそうじゃない」
「それもそうだな。……あ。ああ、いや違う。待て、そうじゃなくて」
自分が何を口走ってしまったのかに気付いて取り繕おうとするも、既に手遅れだ。カトリナは父親譲りの聡明さを持ち、簡単には言い訳を聞いてくれない。「あっ、そう。で、ベルリオーズさんはアタシに何の用かしら」と鋭く切り込む。
「う、その……。すまない、騙すつもりはなかったんだ」
「知ってる。それより何の用かって聞いてるのよ」
「人前では話しにくいんだ。部屋の中に入らないか?」
ふんっ、と鼻を鳴らして控え室の扉を開けたカトリナが、親指でさして「入って」と彼女たちを中に入れ、それから周囲に人がいないのを確かめて鍵を閉める。呆れたような表情を浮かべて、彼女は扉にもたれた。
「あなたは死んだってプリスコット卿から聞いていたけど、やっぱり嘘だったのね。頼んでも遺体を見せてくれないし、変だなって思ってたのよ。魔導師には偽装したって簡単にバレちゃうから仕方ないってとこかしら」
ヒルデガルドが、子供のようにしゅんと落ち込んで俯いてしまう。
「いや、その。実はいろいろあって、しばらく身を隠してたんだ。今も、できることなら誰にも知られたくない。黙っててはくれないだろうか」
「別にいいわよ、生きてたって興味もないし。でもね、アタシは正直、怒ってるの。その理由、あなたなら理解できるんじゃない?」
問われて上目遣いに、半泣きな顔で答える。
「……君の御父上の件については、弁明のしようもない」
その答えが気に入らなかったのか、カトリナが傍に置いてあった自分の紅玉の嵌った杖で頭をごつんと叩いた。
「痛い! なにをするんだ、突然!?」
「だってあなたが変なこと言うから」
はあ~、と深いため息をついて頭に手を置く。
「あのね、アタシはパパが死んだのはショックだったけど、それであなたを責めるほどお門違いなことする馬鹿じゃないわ。研究者だもの、いつかはそうなる可能性だって十分に覚悟してた。そんなつまらない逆恨みするもんですか」
痛む頭をさすりながら「ではなぜ?」と尋ね返すと、彼女は心底から彼女をうんざりした目で見て、渋いものでも食べたような顔をする。
「ほんっとに馬鹿なの? あなたがアタシを推薦しておきながら、ちっとも魔塔に顔を出さなかったせいで、どれだけ苦労したかも知らないくせに。管理をウルゼンなんかに任せたおかげで、進展がないからって予算が削られてたのよ!」
思い出すだけでも忌々しいとばかりに怒る姿に、イーリスと顔を見合わせる。過去のことよりも現在《いま》のほうがカトリナを困らせているのだ。その原因がウルゼン・マリスだと聞いて、ヒルデガルドの顔つきが変わった。
「仔細を頼む。奴の管理は適切だと報告を受けていたが?」