紗奈は、半信半疑のままだが
長年の憎悪に突き動かされる抗いがたい衝動に駆られて
ほとんど自棄っぱちのように言い放った。
心の中では、馬鹿馬鹿しい、どうせ嘘だ、と思っている。
シホは、口元をさらに歪ませ、満足げな、底意地の悪い笑みで囁いた。
「いいよ?明日、流れ星の日に、夜空に願ってごらん。三回、強く、強く」
そう言うと、紗奈が目を離した
ほんの一瞬の隙に、シホはもうそこにいなかった。
窓は閉まり、部屋は静まり返っている。
まるで、最初から誰もいなかったかのように。
紗奈は一人、荒い息を繰り返していた。
夢だったのだろうか。幻覚?
だが、シホが残した言葉だけが紗奈の心の奥底で
じわじわと広がる毒のように、現実味を帯びていき始めていた。
そして、紗奈の体には、微かな
しかし確かな異変が起こり始めていた。
指先が、ほんの少しだけ
透き通っているような……そんな不吉な錯覚に囚われた。
◆◇◆◇
翌々日───…
中学校の、騒々しい教室。
昼休みの喧騒の中で、菜々香は得意げに、優越感に浸るように言った。
「私はお小遣いが沢山貰えますようにって願ったけど~紗奈は流れ星が出た昨日なんて願った~?」
菜々香の顔は、明るい未来を夢見る無邪気な光に満ちていた。
その光が、紗奈にはひどく眩しく
不快で、醜悪に感じられた。
紗奈は窓の外の鉛色の空を見つめながら、その目には冷たい嘲りの色が宿っていた。
昨晩の出来事が、まるで悪夢のように現実味を帯びて、頭をよぎる。
「私はね、昔のいじめっ子が無惨な死に方をしますように…って願った。ま、半信半疑だけど」
紗奈の言葉に、菜々香の顔が瞬時に凍りついた。
わずかに、動揺の色がよぎる。
「えっ、そんな人いたんだ?!最低じゃん!」
紗奈は、鼻で笑った。
それは、嘲笑うかのような乾いた、感情のない笑いだった。
「ほんとにね」
その声には、凍てつくような響きがあった。
◆◇◆◇
それから僅か数日後。
街の小さな、人通りの少ない公園で、凄惨極まりない事件が起こった。
被害者は、菜々香。
彼女は、まるで何かに引き裂かれたかのような、人間とは思えないほどの無残な姿で発見された。
誰にも看取られることなく、冷たくなっていた。
その死体は、あまりにも見るに堪えない
形骸化した肉塊だった。
偶然にも、事件現場に鉢合わせてしまったのは紗奈だった。
規制線が張られ、集まる野次馬と緊張感に満ちた警察官たち。
その中心に横たわる、目を背けたくなるような光景。
それは、確かに、間違いなく菜々香だった。
紗奈は、その光景を、息を詰めて
体内の全ての空気を絞り出すように見つめた。
そして、次の瞬間。
彼女の顔に浮かんだのは、驚愕でも、悲しみでも罪悪感でもなかった。
心の底から湧き上がる、濁流のような感情。
それは、狂気じみた歓喜と
長年の苦しみから解放された安堵が入り混じった、おぞましいほど歪んだ笑みだった。
その笑顔は、見る者全ての背筋を氷のように凍らせる。
「ざまあみろ!!やった!やったあ!!死んだ!死んだんだ!!」
紗奈は、目から生理的な涙を流しながら甲高い声で叫んだ。
その声は、歓喜に打ち震える獣の咆哮のようでもあった。
周りの人々が、恐怖に顔を引きつらせて振り返る。
「あははははは…っ!!これで…….もう、悔いは無い……!!」
紗奈の願いが叶った方法、いじめっ子の死は、あまりにも唐突で
そして紗奈がシホに望んだ通りに「無惨」なものだった。
願いが叶った。
彼女の長年の苦しみ、深い憎悪は最高の形で報われたのだ。
しかし、その瞬間から
紗奈の体には微かな、しかし決定的な異変が起こり始めていた。
シホの言葉が、今や現実味を帯びて紗奈の心臓を締め付ける。
体の輪郭が、ほんの少しずつ
夜空に溶け始めるかのように薄くなっていることに、紗奈自身はまだ気付いていなかった。
◆◇◆◇
その日の夜。
自室の窓辺に立ち、満天の星空を見上げていた紗奈の体は、完全に限界に達していた。
手の指先から、足元から
細胞の一つ一つが光の粒となり、空気中に舞い上がっていく。
まるで体中を無数の針が光速で貫いているかのような、想像を絶する激しい痛みが紗奈を襲う。
「ああ…」
紗奈は口を開いたが、声はもう微かな風の音にしかならなかった。
肉体が崩壊し、声を司る器官すら光に変わっていく。
その代わりに、喉の奥から乾いた
しかし確かな笑い声が漏れた。
体が強い光を放ち始め、それは次第に強く、目を焼くほどに強くなっていく。
肉体が消え、魂が解体されていく痛みが紗奈の意識を遠ざける。
(私…流れ星に…なるんだ…意味、わかんないけど…死ぬ、ってことだよね……)
最後に彼女の心に残ったのは、願いが叶ったという究極の満足感と、すべてを失う言い知れぬ寂しさ。
そして、犠牲は大きかった――
菜々香のように、紗奈自身もまた、この都市伝説の真実の犠牲者となったことへの
抗いがたい、皮肉に満ちた諦めだった。
煌めく光の奔流が、一筋の線となって夜空を鮮烈に、一瞬で駆け抜けた。
一瞬の、鮮烈な輝き。
それは、宝くじに当たるほどの確率で願いを叶えてしまった
一人の中学生の、無惨な死と、解放の証だった。
やがて光は闇に吸い込まれるように消え失せ、夜空にはただ、無数の星々が瞬いているだけだった。
しかし、時折、流れ星が空を切り裂くたび
ごく稀に、その光の中に、狂気に歪んだ少女の顔が浮かび上がることがあるという。
それは、塵となった紗奈の魂が
今、また別の誰かの叶わぬ願いを乗せて夜空を流れる日を待っているのだ。
そして、その願いが成就した時、次の犠牲者が、新たな流れ星となるのだ。
この、永遠に終わることのない、魂の飢餓の輪廻の中で。
コメント
4件
まず設定からして神すぎます✨️‼️流れ星になるって、どういう感覚なんだろう、…🤔💭紗奈ちゃんの狂喜で喜ぶシーンがお気に入りです😍‼️菜々香ちゃん、どんないじめをしてたんだ…‼️ とても素敵な作品をありがとうございました‼️💖最近新作いっぱいで嬉しいです‼️作品作り頑張ってください‼️✊🏻❤️🔥
めっちゃくちゃ好きです頑張ってください