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塗り直されてツヤツヤと光っている門を潜ると、幾つもの長卓と椅子が並べられている。そのどれもこれもが外に置いてしまうのが勿体ないくらい見事な家具で、実は颯懔の使用人達が作った代物なのだと言う。
私は宴が開かれる3日間、桃園で足りなくなったお酒やつまみを補充する係になっている。直接宴の様子を見られると聞いて安心した。折角だから雰囲気を楽しみたいもんね。
紅花も私と同じ配膳係。反対側に配置されたけど、目が合うとしっぽを出して振ってくれた。お茶目さんだ。
にしても、夜までやる気満々だな。
周りには灯籠まで置かれていることからして、3日間夜通しで行われるのかもしれない。
酒や料理を置く場所などを確認している間にも、次々と来賓がやって来て席へと座っていく。
颯懔もその内に太上老君と一緒にやって来た。
いつもよりもずっと上等な絹の服に身を包んだ姿に、仙女達から熱い視線を送られている。
見た目も強さも、そして仙としての階級まで申し分無いあの男性が、まさかの不能だなんて誰が考えるだろうか。
颯懔にしてみればきっとあの熱い視線は、獲物に狙いを定める捕食者としか感じられないんだろう。
席がほとんど埋まったところで、主催者・西王母様の御登場。自信と威厳に満ちた姿は女帝と言う言葉がしっくりとくる。
集まった賓客を見渡すと挨拶が始まった。
頃合いをみて客人の杯に、100年前に仕込んだ蟠桃酒を注いで回る。
うわぁ、いい香り。
飲まなくても、注ぐだけで桃の甘ったるい香りが鼻をくすぐる。
満開の桃の花を眺めながらのこのお酒。最高だろうなぁ。
乾杯の合図で宴会が始まった。
宮廷で開かれるようなもっとかしこまった会を想像していただけに、ざっくばらんな雰囲気に驚いた。
それぞれ大人しく座って飲み食いしていたのは最初だけで、しばらくすると席を変えたり、フラフラと歩いて庭園を散策しに行ったりとみんな自由だ。
自由と言うことは……
颯懔の周りには案の定、人集りが出来ていた。
「ちょっとこれ、貰うわね」
通りすがりの仙女に、持っていた酒入りの水差しをとられた。そのまま女達の間にグイグイと割り込んで、颯懔の隣を陣取り酒を注いでいる。
これは後で、滋養強壮に効く仙薬を持って言ってあげた方が良さそうだな。
などと考えているうちに、奏でられている音楽の曲調が変わった。
宴席の中央に設けられた舞台でふわり、ふわりと花のように舞を踊っているのは可馨。袖口の長い淡い桃色の服には小さな鈴が付けられていて、動く度にチリンチリンと愛らしい音がする。
周りで踊る仙女達と相まって、この桃園で咲く桃の花から生まれてきたんじゃないかと錯覚しそうになる程に綺麗だ。男のみならず女たちも酒を飲むことを忘れ、うっとりと可馨達の舞に釘付けになっている。
「可馨様って本当にお綺麗よね」
一緒に配膳の係をしている三つ編み頭の仙女が、隣りで足を止めた。確か杏と言う仙女のお弟子さんだ。
「それも、高貴な血筋だとか」
「そうらしいですね」
「でも、いつも結婚生活は長続きしないのよね。忘れられない殿方がいるらしいって杏様が言っていたけれど。誰の事かしら」
「……さあ。誰ですかね」
「可馨様に言い寄られたらどんな男でもコロッといってしまいそうなのに。そう思わない?」
「はは、そうですね」
「今日の宴にも来ていらっしゃるのかしら? 今日は桃源郷中の仙人が集まっているもの。私もお目にかかるのが初めての方ばかりだわ」
「私もです」
可馨はこれまで何度も結婚してきたが、そのどれもが長く続かないのだと言う。
忘れられない殿方。
それは颯懔の事だろうか。
可馨は颯懔の事が好きなのかな。
でも、初めて閨を共にした相手を罵るとか、今の可馨からは全く想像がつかないんだよなぁ。頭の中で颯懔が説明した女性と、あちらで舞い踊る女性とが上手く繋がらない。
二人並んだ姿なら、すぐに想像出来るのに。
美男美女でお似合いだと思う。
私が颯懔と並んで歩いていたところで、従者か、そのまんま弟子にしか見えないよね、きっと。
「おーい、こっちに酒を持ってきてくれ」
「あっ、はーい。ただ今」
新しい酒を取りに庭園の一角に設けられている配膳台へと向かった。
歩いて戻る途中で颯懔の方を見ると、舞を眺めている。舞を踊っている仙女は何人もいるのに、その目線が可馨にだけ注がれていると思うのは気のせいなのだろうか。
どんな気持ちで見ているんだろう。
もし相手が可馨だったとしたら、颯懔はどう思っているんだろう。
颯懔も可馨の事を忘れられないから次に進めないって事だよね。
お互いにまだ思いあっているのなら、過去のことは水に流して素直に今の気持ちを伝え合えばいい。雨降って地固まる、みたいな。
私となんか練習するよりも余程効果的な気がする。
胸に広がるこの痛みはきっと、ただの気のせいだ。