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そうや。旦那に連絡しないと…。二重にため息が出た。
こうなったのも俺の責任だ。しかしどう落とし前を付けたらいいのか皆目見当もつかない。
今はとにかく、律が助かることを願うばかりだ。
旦那に原口医師の住所を書いたメッセージを送信した。彼が到着したら、対峙しなきゃならない。俺の方が完全に分が悪いくせに、律を刺されたことで完全に理性を失っていた。最悪や。後先なにも考えられなかった。ただ、律を早く原口医師に診せることだけを考えた。
彼女のことに関しては、どうしても理性がうまく働かない。
こんな時なのに頭の中から曲が溢れてくる。俺は根っからのアーティストなのだと思い知らされる。最愛の彼女が生死を彷徨っている状況だからこそ、沸いてくる音がいつもと違う。研ぎ澄まされていて美しい。
今ここで彼女を想いながら曲を書いたら、きっと俺は世間から見たら極悪人になるだろう。でも律はきっと『書け』って言いそうや。
律
律――
目を閉じると、彼女の笑顔が瞼に蘇った。
律の美しい黒い髪。白斗時代から俺が想像していた『空色』と遜色のないその姿。絹のように流れるサラサラの長いストレートヘア。切れ長の美しい瞳に豊満なバスト。めっちゃ鈍感で繊細かと思ったら図太くて、趣味も同じで、一緒にいたら楽しくて、幸せで、惹かれないはずがない。何にも代えがたい存在の、唯一の女(ひと)。
彼女に想いを馳せ、気が付くと涙が溢れていた。
彼女を失ってしまうと思ったら怖くなった。涙を止めることはできなかった。
父親が死んで彼を見送った時も、剣の事件があった時でさえ俺は泣いたり取り乱したりすることはなかったのに。
『涙』という曲名が浮かんだ。更に歌詞の付いたメロディーが脳内で流れてゆく。
心の中 暗闇が蝕む 彼女の面影が見えない――
なんで…どうしてこんな時に曲なんか……。
どうして俺は純粋に律を心配できないのだろう。今までずっと曲が書けなかったのに。枯渇の時にアーティスト人生は終わったと本気で思ったのに。
俺の頭には様々な言葉やメロディーが浮かんでは脳内で留まった。どれも律を想う歌ばかり。彼女がいない、彼女を求めて、そんな内容が美しく飾られた曲がひっきりなしに涙と共に溢れた。
こんな悲惨な自分の状況を録画して残しておきたいとさえ思った。後から冷静になって客観的に見直した時、どんな風に思うのか、その時どんなことを思い、どんな風に歌にできるのか――そんなことまで考えた。もう救いようがない。
この胸中はとても言い表せられない。
恐らく、常人には理解してもらえない域。
頭を抱えた。振り払おうとしても、アーティストの俺がそれを赦さない。相変わらず美しいメロディーが溢れ、律を純粋に想いたい気持ちの邪魔をする。