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あれからどれくらいの時を過ごしたのだろう。処置室――原口医師からの音沙汰はない。ぼんやり白い壁を見つめていると、握りしめていたスマートフォンが震えた。見ると旦那からのメッセージだった。着きました、と。
原口医師がいないから勝手に裏口を開け、旦那を招き入れた。
随分泣いたみたいで彼の目の周りが赤く腫れていた。青白い顔で今にも倒れそうだった。
俺も泣きはらした顔を見られたくなくて、持参していたサングラスをかけて出迎えた。
「あの…律はどうなりましたか……?」
旦那に怖々聞かれた。
「まだわからん。ここの医者がめちゃくちゃ腕がいいから、彼に任せて待っているとこやから。きっと助けてくれると思う」
俺はもう営業マンの新藤博人で旦那に接するつもりはなかった。敬語も使わずに素の自分で挑んだ。
「新藤さん…話、できますか」
何故か旦那の方が俺に敬語を使っていた。
「いいよ。聞きたいことあるやろ。もうこうなった以上は包み隠さず話すから。それに敬語なんかやめてくれ」
彼とはいつだって楽しく音楽の話で盛り上がった。こんないい男を裏切ったりしたくなかった。
でもそんな言い訳は通用しない。
「確認ですけど…新藤さんは、その…RBの、白斗ですか?」
「そうや」
間髪入れずに答えた瞬間旦那の顔が一層青ざめた。「やっぱりそうか。そんなの…僕が勝てるわけないです」
「は?」
「ですから、新藤さんがRBの白斗だったのであれば、僕には一ミリも勝つ見込みが無いってことです」
「勝つ? なにに?」
本気で意味がわからなかった。勝負するもなにも、旦那は既に律を嫁にしているわけで。
「律が…あなたを好きになってしまうってことですよ。こんな惨めなことを僕に言わせないでください」
その言葉にイラっとした。
「勝てないとか言うけど、光貴さんは何でも持ってるやん。ギターの腕もあって音楽できる環境あって、未来には沢山の分岐点が広がっていて、失敗するのも成功するのも、自分次第でどうとでもできる。律と結婚もしていて家族もいる。俺には家族もいないし、音楽できる環境もなくて、なにも持ってない。俺は光貴さんが死ぬほど羨ましい。光貴さんになりたい。俺に勝てないとかつまらないことを言うなら代わってくれよ。俺は律のこと本気や。人のものだってわかっていても、本気なんや。だから関係を持った」
旦那は黙ってしまった。「…十六年ですよ」
「なにが?」
「律は十六年間、ずっと白斗を追いかけていました。僕のことなんか好きじゃなかったんです」
「夢中になれる好きなアーティストくらい、いてもいいと思うけど」
「律にとって白斗は『たかが夢中になれるアーティスト』とか、そんな軽い存在じゃないんです。十年間もファンレターを書き続けている姿を横で見ていましたし、僕と結婚してもずっと好きなアーティストのままでした。僕がどんなに頑張っても律の心は手に入りません。ずっと白斗に奪われたままでした」
ここまで来てそれを言うか?