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ギュっと斧を握ったサーナルガが、子供を巻く根っこを切り落とした。
斧を投げ捨て、落ちる子供を大きな腕で必死に抱きしめた。
安堵のような、不安そうな表情を浮かべる子供を見て、サーナルガはこれまでで初めて、穏やかな顔をしたと思う。
「大丈夫や、後は兄ちゃん達に任せ。」
リトナはその隙を作ってくれたサーナルガに心で礼を言いながら、本体をバッサリ切り裂いた。
ボトボトと人質として囚われていた人々が落ちてくる。
幸い高度は低めだったので皆怪我は無い。
安心した表情で子供を抱きしめるサーナルガの前にリトナは立ち、握り拳を彼に突きつける。
理解したように彼も同じく拳を握り、彼女のそれに軽くぶつけた。
「「任務完了。」」
「…な、なぁ…もしかしてあんたら…」
「「ん?」」
大剣を持ってレニーは二人に近づく。
「Sランクの雷撃の斧使いと、SSランクの戦い狂う双剣使い…なのか?」
「「…なにそれ?」」
「異名だよ!Sランク以上にだけ付く!お前ら自分の異名知らないの!?」
「いや初耳。」
聞いたことあるっけ。いや無い。
そんな会話をしているとサーナルガの腕を小さな手が掴んだ。
「助けてくれてありがとう!」
にっこりと笑う子供を見て、サーナルガは胸が熱くなる。多分、泣いているかもしれない。
子供をしっかりと抱きしめて、泣いてる顔を見せないように顔を伏せる。
「俺、ヒーローになれたのかな…」
「うん、なれたよ。」
ボソッと呟いた独り言にリトナが反応し、気づけば目の前で膝をついていた。
「多分、サーナルガが居なかったら助けられなかった。ありがとう。」
自分よりも小さいけど、少し堅い手が自分の頬を撫でる。
よかった、本当に良かった。
「…後で、俺の話、聞いてくれるか。」
「もちろん。」
サーナルガは、少し貧乏な家系で生まれた。
でも幸せだった。
お母さんもお父さんも笑っていたから。
こんな幸せが続いてほしいと願った。
だがそれは、叶わなかった。
サーナルガが11歳の時、父が仕事中に崖から転落した。
遺体すら見つけられなかった。
母はその後必死に働いて、サーナルガ自身も簡単に出来るものだが仕事をした。
学校に行く余裕なんて、サーナルガにはもうなかった。
せめて弟と妹に美味いもん食わせて、学校に行かせたかった。
母が、男とどこかに行ってしまった。
正直察していた。
13歳のサーナルガと、5歳の弟達が残された。
子供を預ける施設でも金が居る。
朝から晩まで、必死に働いた。
工事現場で働いてた時、一人の男性がこちらを見ていた。
視線に気づいて振り返ると、彼はニコニコとサーナルガに向かって手を振っていた。
自分に向けてかわからないが、無視するよりいいだろう。
大きな手で軽く振り返したら、彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
仕事を終わらせて帰ろうとすると、彼に話しかけられた。
「さっきぶりだね!僕はレイ!」
「…どうも。」
「冷たいなぁ!?ほら、名前教えて!」
「…サーナルガ。」
「サーナルガって言うのか!」
これが、最初の出会いだった。
彼は病弱で、学校にも行けてないらしい。
だから体力があるサーナルガを見て、かっこいいと思ったらしいけど、なんでかはよくわからなかった。
俺のどこが、かっこいいんだろうって。だから聞いてみた。
「ん?頑張って働く姿もそうだけど、傷まみれになっても、汚れててもわかるぐらい、君はかっこいいし、偉い。」
泥に塗れた頬を撫でて、レイはそう言った。
嬉しかった。
彼はよく俺が仕事に行ってる間、妹と弟を見てくれていた。
あいつらもレイを気に入ったみたいで、レイが来るって言ったら凄く喜んでいた。
たまにレイが買って来てくれる甘いドーナツが俺らの好物だった。
美味しいねと言い合って、この時間が大好きで、ずっと続いて欲しいと思っていた。
ある日の事だった。
ギルドで魔物討伐の仕事をしていると、人質にされていた学生の頬に斧を当ててしまった。
重症とまではいかないが、傷跡は残るだろうって言われた。
学生の親族に怒られた。当たり前のことだとわかっていても、なんだか苦しかった。
3人の元に戻ると、レイ達が優しく出迎えてくれた。
「おかえり!ヒーローが帰ってきたぞー!」
「「わーーい!!」」
普段だったら笑えるセリフに、傷を抉られた気がした。
無言の俺にレイは手を差し伸べた。
「お疲れ様!大変だったろ!」
「…」
俺はその手を、弾いてしまった。
見上げた先に居る彼は、驚いたような表情をしていた。
「…すまん、一人にしてくれ。」
「…わかった、ごめん。」
彼の顔を見たくなくて、部屋の奥に進む。
あの時彼は、一体どんな表情を彼はしていたんだろう。
次の日、起きると彼は居なかった。
その次の日も、次の日も。
なんだか不安になって、彼が通っている病院に向かってみた。
そこで聞いた言葉に、耳を疑った。
「…つい先日、出かけた先から帰って来て眠ったまま、天に登られました。ずっと無理して外出を続けてしまったんです。病院で安静にしていたら助かったかもしれないのに…」
俺のせいだ。
俺が無理やり彼を外に引きずり出したから。
それなのに、あいつは俺に元気を与えようとしてくれた。
それなのに…それなのに…!
俺はあいつの手を弾いた。拒んでしまった。
家に戻っても、レイが居ない部屋が寂しく感じた。もう、潮時だ。
妹と弟を施設に預けた。今持ってる金全て渡して。
足りなかったけど、また追加で渡しに行くと言って、その場を去った。
寒い冬だった。かじかんでいる手と、雪で冷たくなる斧の持ち手にも何も感じなかった。
『サーナルガ!誕生日おめでとう!』
そう言ってくれた、たった一つの誕生日プレゼントの大きい斧。
冷たいのに、目元が熱い。苦しい。
崖の近くにある倒れた木に座り込んで空を見上げた。
後少しだけ、この世に居る時間が欲しい。
キラキラと星がいくつも輝いている。
嗚呼、綺麗だなって思った。
あの一番大きくて輝いてる星は、レイなのかな。
「…今、会いに行くわ。」
斧を木にかけたまま、崖っぷちに立つ。
何故か怖くなくて、やっと終われると言う安堵を感じてしまった。
サーナルガはもう、疲れてしまっていた。
今までそれをレイや妹、弟が支えてくれていた。
パシッと何かを掴む音がした。
一人の男が、崖から落ちるサーナルガの手を掴んでいた。
なんで、なんで止めるんだよ。
「俺、もう疲れたんや、止めんとって。」
「…疲れたら、死んでいいのか。それでお前は成仏するのか。本当にそれを、望んでいるのか。」
その言葉にハッとした。
目の前の男が映る視界が揺らいでいく。
多分、泣いている。
そんな俺の顔を見て、男はフッと笑った。
「一回感情を全部出してみないか。すれば、少しは楽になるかもしれない。」
グッと引き上げられ、さっき座った倒れ木に再び腰を下ろす。
話してみた。自分の事、友人の事、家族の事。
途中で何回も泣いて、止まってしまった話をちゃんと全部聞いてくれた後、彼は斧を手に取った。
「これは友人から貰った物だろう。何故、一緒に飛ぼうとしなかった?」
「…友人を、これ以上殺したくなかったから。」
「それは今、天で見てる友人も同じじゃないか?」
「…なんや、それ。」
「仮に君の友人が自分を責め続け、自殺しようとしたら、君はどう思う。」
少し、間を開けて考えてみた。
レイと俺が逆だったら…
多分俺は、自分を責め続けるなと怒るだろうなって思った。
「…死ぬほどムカつく。多分怒って止めると思う。」
「なら、友人も同じ考えだな。」
そう言って笑ってくれた。
撫でてくれた手が、暖かくて優しかった。
涙が、止まらなかった。
「俺…怖いんだよ。俺と関わった奴皆んな不幸になっちまうのかもって…」
「なら、絶対に死なない奴と関わってみろ。サーナルガ。」
男は立ち上がって、サーナルガの目の前に立つ。彼に向かって、男は手差し出した。
「黄昏はいつか必ず明ける。それ以上の地獄を見るかも知れないが。絶対に夜明けは来るんだ。だから、黄昏時で、もう少しだけ生きてみないか?」
差し伸べられた手を、サーナルガは迷う事なく掴んだ。
俺は、ずっと誰の為になりたかったんだ。