テラーノベル
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ベッドの軋む音が、薄い壁に吸い込まれていく。灯りは落とされ、カーテンの隙間から、かすかな外灯の光が差し込んでいた。
遥の肌が、青白く照らされている。
「……なんで、そんな顔してんの」
蓮司の声は低い。
その問いに、遥は返さない。
汗ばんだ額、噛みしめた唇、背中に走る震え。
すべてが、無理をしている証拠だった。
「ほんと、下手だよな。演技」
蓮司は、そう思った。
けれど言わない。
言ってしまえば、こいつのすべてが崩れるのを知っていた。
だから──黙って、見ていた。
壊れかけてる演技の隙間。
必死に作った嘘の皮。
それでも「信じさせなきゃ」と震えている瞳。
──バカだな。
本当に、バカで、かわいい。
蓮司の指先が、遥の首筋をなぞった。
微かに触れただけで、遥の身体がびくりと跳ねる。
「なに? 怖いの?」
「……別に」
「じゃあ、なに?」
「……わかんない」
その言葉は本音だった。
蓮司は微笑む。
「そっか。わかんないか」
遥の胸元に触れる。
呼吸が浅くなっていくのを感じながら、ゆっくりと指を這わせる。
「でもさ、いいじゃん。“わかんないまま”でも」
遥の身体は拒絶しない。
けれど、それは“受け入れた”わけでもない。
ただ、流されている。
感情も思考も、どこか遠くに置き去りにしたまま。
蓮司の指が、わずかに強くなる。
脇腹、腰、そして脚へ──なぞるような手つきで、確かめるように。
「ちゃんと感じてんのに、顔がついてこないの、面白いよな。おまえ」
囁きながら、蓮司は遥の喉元に唇を寄せた。
吸うように、そっと跡を残す。
遥の目が揺れる。
苦しげでも、嬉しげでもない──“何かを捨てていく顔”。
「……泣きそう?」
「……泣いてねぇし」
「うそ。そういうときの目、してる」
「……」
蓮司は笑っていた。
けれど、優しさの色は一切ない。
どこまでも、冷たく。
どこまでも、支配的に。
「でも……俺だけには、ちゃんと“バレて”ていいよ」
耳元に囁くその声が、遥の最後の防壁を溶かしていく。
「演技、下手なんだから。俺の前だけでいいじゃん、素直になれば」
その言葉とともに、蓮司の手は遥の下腹部へと滑り込んだ。
遥の身体が跳ねる。
一瞬、呼吸が止まりかけて──
「……あ、……っ、や……っ」
反射的に漏れた声を、遥はすぐに噛み殺した。
蓮司は、その瞬間の顔を見逃さない。
演技を壊した一瞬の表情。
それを見て、心底嬉しそうに、囁いた。
「……やっぱ、バカでかわいい」
その夜、蓮司は遥の“嘘”の輪郭をなぞるように、繰り返し確かめた。
どこまでが演技で、どこまでが本音か──それを一枚ずつ剥ぎ取るように。
そして遥は、そのすべてに抗うことも、受け入れることもできず、
ただ、蓮司の支配の中で“崩れないふり”を演じ続けた。
だが、確かに──演技は、もう破綻していた。
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