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さっき久しぶりにMIMI様の「だきしめるまで。」聞いてきました。
衝動に任せて書き殴ります。 女体化太宰です。 精神崩壊です。
窓の外、ヨコハマの街並みは灰色の雲に覆われ、静かな雨が降り始めていた。
ポートマフィアの最上階に近い、中原中也の自室。そこは組織の幹部としての威厳を象徴するような調度品で整えられているが、今のこの部屋に漂っているのは、重苦しく、それでいてひどく脆い沈黙だった。
中也は任務から帰宅し、コートを脱ぎ捨てる間もなくリビングのソファへと歩み寄った。そこには、一人の女性が丸まって座っている。 太宰治。かつて「最年少幹部」として恐れられた男、ではなく、この世界において中也と共に歩んできた、美しくも危うい女性だ。
彼女は今、中也の大きめのシャツを羽織り、膝を抱えて一点を見つめていた。その瞳には光がなく、まるで魂だけがどこか遠くへ消えてしまったかのようだ。 視線を下げれば、彼女の細い手首に巻かれた包帯から、うっすらと新しい紅が滲んでいるのが分かった。
「……またやったのか、太宰」
中也の声は、責めるような響きを持たなかった。ただ、深い慈しみと、やり場のない痛みを孕んで彼女の鼓膜を震わせる。 太宰はびくりと肩を揺らし、視線を彷徨わせた。
「……おかえり、中也。早かったね」
「ああ、おめえがそんな顔してんのが目に見えたからな」
中也は彼女の隣に腰を下ろし、慣れた手つきで救急箱を取り出した。太宰の手首を優しく取り、古い包帯を解いていく。露わになった白い肌には、新しい傷跡が幾筋も走っていた。 太宰はそれを恥じるように顔を背ける。
「……汚いでしょう。見ないでよ」
「汚かねえよ。おめえが生きてる証拠だろ」
中也は迷いなく答えた。消毒薬を浸した綿で傷を拭う。太宰が痛みに眉を寄せると、彼は「すまねえ」と短く呟き、傷口に祈るように息を吹きかけた。
最近の太宰は、精神の均衡を著しく崩していた。 元々、死を隣人として生きてきた女だ。だが、中也と想いを通わせ、「幸せ」という得体の知れない重圧を背負ってから、彼女の中の闇はより一層、その密度を増していた。 自分が幸せになっていいはずがない。自分のような怪物が、中也の隣で笑っていていいはずがない。 そんな強迫観念が、彼女を自傷へと、あるいは過食嘔吐へと突き動かす。 先程も、洗面所から微かに聞こえた嘔吐の音が、部屋の静寂を切り裂いていたことを中也は知っている。
「……ねえ、中也。私、もう壊れちゃったみたい」
太宰が消え入るような声で漏らした。
「正直に生きようと思っても、上手く笑えないの。今日だって、マフィアの部下たちの前で、どんな顔をすればいいのか分からなくて……。喉の奥がずっと詰まったみたいで、吐き出さないと死んじゃいそうだった」
彼女の瞳から、一粒の涙が溢れた。それは一度堰を切ると、止まることを知らずに頬を伝い落ちる。
「ちょっぴり、寂しいだけだったはずなのに。少し疲れただけだって、自分に言い聞かせていたのに。気付いたら、もう自分をどうやって出せばいいのか分からなくなっちゃった。……ごめんね、中也。君の隣にいるのが、こんな出来損ないの女で」
太宰の体は、子供のように激しく震え始めた。過呼吸気味の呼気が、彼女の小さな胸を苦しげに上下させる。 彼女は優しすぎるのだ。自分を殺してまで、周囲の期待や「太宰治」という虚像を守ろうとして、その果てに自分自身を見失っている。
中也は手当てを終えると、包帯の上から彼女の手を強く握りしめた。 そして、抵抗する隙も与えず、その細い体を自分の腕の中に引き寄せた。
「……バカ野郎。謝るんじゃねえよ」
中也の胸板に顔を埋められた太宰は、彼の体温と、微かに香る煙草とワインの匂いに包まれた。 彼は彼女の後頭部を大きな手で包み込み、ゆっくりと背中をさする。
「無理してたんだな。……分かってるよ。おめえがどれだけ独りで抱え込んでたか。きつかったな」
「……やめて。優しくしないで。そうされたら、私……」
「泣け。全部吐き出せ。おめえがどれだけ汚ねえと思ってようが、俺にとっては全部愛おしい太宰治だ。おめえが自分を愛せねえなら、その分、俺が死ぬまで愛してやる」
中也の声は、低く、力強かった。それは揺るぎない確信に満ちた、彼だけの救いの言葉だ。 太宰は中也のシャツをぎゅっと掴み、声を上げて泣き始めた。 それはマフィアの幹部としての泣き方ではなかった。ただの、傷ついた一人の女性としての、魂の慟哭だった。
寂しいことも。 辛いことも。 自分自身を呪いたくなるような夜も。
中也はそのすべてを、逃さずだきしめる。 彼女が自分の弱さをさらけ出し、泥濘の中に沈んでいこうとしても、彼はその泥ごと彼女を掬い上げるだろう。
「……中也、中也……」
「ああ、ここにいる。どこにも行かねえよ」
太宰の涙が中也のシャツを濡らし、冷たくなっていく。それでも中也の体温は変わらず、彼女を全方位から温め続けた。 彼女がどんなに上手に今日を笑えなくても。 真っ当な道を歩めず、自分を傷つけることでしか夜を越せなくても。 中也はそれを否定しない。
「きみは優しいよ、太宰。自分の傷より、俺に迷惑かけることを怖がるくらいにはな。……その優しさで自分を殺すな。おめえの優しさは、俺を守るためにだけ使え」
中也は彼女の額にそっと唇を寄せた。 太宰の震えが、少しずつ収まっていく。 彼女の心の中にあった「死にたい」という黒い塊が、中也の「生きて隣にいろ」という熱に溶かされていく。
窓の外の雨は、いつの間にか激しさを増していた。雷鳴が遠くで轟き、世界が不安定に揺れている。 けれど、この腕の中だけは、世界で一番安全な聖域だった。 邪魔者などどこにもいない。彼女を裁く者も、彼女に役割を強いる者もいない。 ただ、中原中也という一人の男が、太宰治という一人の女を、ただ無条件に肯定している。
やがて太宰は、泣き疲れたのか、中也の胸の中で小さな寝息を立て始めた。 中也は彼女を横たわらせようとはせず、そのままの姿勢で、彼女が完全に安らぐまで抱きしめ続けた。
明日になれば、また彼女は「死にたい」と言うかもしれない。 また隠れて自分を傷つけ、洗面所で顔を青くして戻ってくるかもしれない。 けれど、その度に何度でも、中也はこうして彼女を見つけ、だきしめるだろう。
彼女が、自分自身をいつか愛せるようになるまで。 傷ついた過去の夜が、ただの思い出に変わるその時まで。 彼はその歩みを止めない。
中也は彼女の髪を指で梳き、静かに目を閉じた。 二人の心臓の音が、一定のリズムで重なり合う。 言葉にならない祈りのような沈黙が、雨音と共に部屋を満たしていく。
「……おやすみ、太宰。明日は、今日より少しだけ、楽に笑えるといいな」
独り言のような呟きは、眠る彼女の耳に届いたかどうかは分からない。 けれど、彼女の眉間の皺が、心なしか少しだけ解けたような気がした。
夜はまだ深い。 けれど、彼が彼女をだきしめている限り、どんなに深い闇も、彼女を連れ去ることはできない。 中原中也という男は、彼女の絶望すらも、愛という名の腕の中で、静かに溶かし続けていくのだ。
雨音は優しく、二人の孤独を包み隠すように、夜を塗り潰していった。 いつか、彼女が正直に、自分の幸せを願えるようになる日まで。 この抱擁は、永遠に解かれることはない。