テラーノベル
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人型生活五日目。
僕はテラスで空を眺めながら呆けていた。
(お酒を飲んで、二日酔いして、シュメリに介抱された)
僕の作戦は、それで終わった。
しかも二日も無駄にした。
(僕がシュメリに甘えて、どうするの!)
シュメバルを仲良くさせるのが僕の計画なのに。
僕がシュメリを独占しちゃった。
「ぉおーん!」
僕は泣いた。
ムスクの魔法は一週間くらいって言ってた。
あと二日で猫に戻るかもしれないんだ。
もう時間がない。
だけど。
(昨日はちょっと、嬉しかった)
シュメリがずっと僕といてくれた。
お布団で、色んな話をした。
すごくすごく、幸せな時間だった。
(胸がじんわり熱くてくすぐったい感じ、僕は知ってる)
森で時々会う騎士様。
僕は魔種持ちの獣人だから、捕まえに来たんだと思って最初は怖かった。
けど、そんなんじゃなくて、優しくて。
笑うと可愛い人だった。
(僕は、会えるのが楽しみで。もっと一緒にいたいって、思ってた)
だから、バルトに内緒にしたんだ。
僕を保護しに来た国の人って思われたら、もう会わせてもらえない。
(あの頃は、シュメリとバルトのこと、小説に出てくる二人だと思ってなかった)
前世で見ていた夢の中では、小説のことなんて頭になかった。
目が覚めれば、夢の内容もほとんど覚えていなかったから。
今のほうが、あの頃の夢を鮮明に思い出せる。
(それが、記憶ってことなのかな)
何かを掴みかけている。
行方知れずだった記憶の一端を掴みかけているような、そんな感覚。
(この記憶を全部掴めたら、シュメリやバルトを困らせないで済むんだ)
早く思い出したい。
だけど、怖い。
近付くほどに、逃げ出したい衝動に襲われる。
(思い出したら僕は、僕じゃなくなるのかな)
ゾクリとした寒気が、背中を駆け上った。
わからないのに、僕の心も体も、確実に失くした記憶に向かってる。
それが、どうしてか怖かった。
「リンネ、どうした? 震えてるのか」
バルトの声が聞こえて、僕は飛びついた。
「バルト!」
「ん? 怖い夢でもみたのか?」
バルトが優しく頭を撫でてくれる。
誰かにしがみ付いていないと、魂が抜け落ちていきそうで。
僕が僕じゃなくなりそうで、怖い。
「……ちょっと、怖くなった」
「夢が?」
「思い出すのが、怖い」
バルトが僕の体を抱き直した。
「怖いなら、無理に思い出さなくていい。今でもリンネはリンネだ」
「いいの?」
見上げたら、バルトが微笑んでくれた。
「俺のことも、シュメリのことも、好きだろ」
「うん、大好き」
「それでいいよ」
バルトが、いつもの笑顔だ。
すごく安心する。
だけど。
「でも、だけど、それじゃぁ」
僕は国に捕まって、離れ離れにされちゃう。
そうならないようにするために、バルトとシュメリが苦労するんだ。
「難しいこと、考えなくていい。俺たちが何とかする」
「やだぁ! そんなの嫌だよ。僕のことなのに、僕が何もしないなんて、嫌だぁ」
僕のことは僕にしか、どうにかできないのに。
二人は僕のために、いっぱい頑張ってくれるのに。
何もしないなんて、そんなの情けない。
「うわぁん」
どうしたらいいかわからない。
僕は声を上げて泣いた。
「泣くな、大丈夫だから」
バルトが抱きしめてくれても、涙が止まらない。
「リンネ、こっちを向いて、口を開けて」
「え? あーむっ」
口の中に、フワフワの焼き菓子が放り込まれた。
美味しくて、涙が止まった。
「美味しいかい?」
「うん、美味しい」
僕は、コクリと頷いた。
「それは良かった」
シュメリが僕の目線に屈んで、ニコリと笑んだ。
「私のリンネを泣かせるとは、いい度胸だね、バルト」
「そうじゃねぇだろ。わかって言ってるよな、お前」
「泣いているリンネを抱きしめている時点で、重罪だ」
「何の罪だ。いつもこうやって、あやしてたんだよ」
シュメリとバルトが、イチャイチャを始めた。
僕は当初の目的を思い出した。
(そうだ、僕は。記憶を思い出すためにシュメバルを進行させるって決めたんだ)
二人には、いっぱい仲良くして欲しい。
僕はそっと後ろに下がった。
「いつもあやしていた、か。ちょっと羨ましいね」
「やけに素直だな」
バルトが気味悪そうな顔をしている。
「僕は親代わりになりたいわけじゃない。リンネの伴侶だからね。恋人らしく、あやすけどね」
「あぁ、そうかよ」
得意げなシュメリに対し、バルトが呆れ顔をした。
「それより、リンネ。今宵は三人で、夜空の観賞会をしようか」
「夜空の観賞会?」
僕は首を傾げた。
「何でそんなに遠くにいるんだ?」
不可解そうに、バルトに手招きされる。
僕は微妙に首を横に振った。
折角、シュメバルが仲良しなのに、邪魔できない。
「今宵は三日月だ。晴れの予報だから、星もよく見えるはずだよ。お茶をしながら、夜空を楽しもう」
「楽しそう!」
さりげなく近付いてきたシュメリに、手を握られた。
「素敵な晩酌を準備してくれたリンネへの、我々からのお礼だよ」
「うわぁ! 嬉しい」
僕はその場で、ぴょんぴょん飛び上がった。
「ちゃんと温かくするんだぞ。夜は冷えるからな」
「うん! いっぱい着る」
「その点は問題ないよ。リンネ用の防寒具は揃えてある」
「抜かりなねぇな。シュメリが言うと、本当に何でも揃っていそうだ」
「当然だよ。リンネに似合う服はもっとあってもいいね」
「いくら何でも、それは贅沢だ」
僕は言い合うバルトとシュメリを眺めた。
(前よりいっぱいお話してくれるんだけど、僕の話ばっかり)
二人が話をするのも、息ピッタリなのも、僕に関わる時ばかりだ。
(僕抜きで話してほしいのに)
そうじゃないと、シュメバルにならないのに。
小説通りには、中々進まない。
(どうしたらいいんだろう)
楽しそうに話すシュメリとバルトを眺める。
(夜空観賞会で、二人の仲をぐっと近付けよう)
そう心に誓って、決意の拳を握り締めた。
コメント
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第20話、読ませていただきました。 リンネが記憶を思い出すことに怖がりながらも、シュメリとバルトに支えられて少しずつ前に進もうとする姿に胸がぎゅっとなりました。「それでいいよ」って言うバルトの優しさと、焼き菓子を口に入れて泣き止ませるシュメリの手際の良さ、それぞれのリンネへの愛情がじんわり沁みますね。 夜空の観賞会、三人の距離がどう変わるのか楽しみです🌙
お股ポテト
29
はるにし
72