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そこに残るのは、深く広大な穴と、その底にくすぶる炎のみ。

まる一日が過ぎても、あまりの熱気に近寄ることさえ出来ない地獄と化していた。

王都から状況偵察に出た人間の部隊は、直撃した場所から十キロ以上離れた位置でなお、危険であると引き返した。


**


イザが極炎の光を放ってから、数カ月。

他の貴族領からの反乱は起きなかった。

地獄の痕跡の調査報告書を見ただけでは半信半疑の者も、ひとつの辺境領が滅んだという事実でようやく、理解したらしい。

全ては現実であり、イザにはもう、誰も逆らえないという事を。

魔王討ちし勇者一行、であったはずの女魔導士が、知らぬ間に魔王へと変貌していた。

そうさせたのが、元を辿れば自国の王であったのだから、もはや拳を振り上げることさえ出来ない。

王城が占領された時点でイザから通達された通りに、大人しくするしかないと、最初はどの領主も思った。

だが、なにも挙兵するだけが戦争ではない。

恐れるべきはイザ一人であるならば、暗殺という手がある。

王城内には魔族しか居ないという難点はあるが、不可能ではないはずだ。

そう考える領主は、一人ではなかった。

故にいつしか、イザを暗殺するための作戦が練られ始めた。

それは直接狙うもの、食料流通に乗じようとするもの、一人でも魔族を取り込もうとするもの、その他ありとあらゆる手段が講じられた。


**


ある夜、イザは扉をノックする音で目が覚めた。

魔力の補給の、その行為は日中に行っているのに。誰かが欲を抑えられなくなったのかと、彼女は入るように促した。

一人くらい、さっさと相手をしてやれば良いかと寛容に思って。

「名前くらいは名乗りなさい……って、ムメイじゃない。珍しいわね。私を抱きたくなった?」

開いた扉から、通路の明りが差し込む逆光ではあるが、見慣れた風貌だった。

「もし抱きたいと言ったら、それは偽物だ」

ムメイはいつものように、抑揚のない低い声で答えた。

ただ、いつもより苛立っているように聞こえた。

「何かあった?」

イザはベッドから体を起こし、体を隠さないまま聞いた。

逆光で何も見えないだろうと、寝ぼけていたせいで。彼からは見えていると気付くには、まだ頭の回転が足りていない。

「ネズミが増えているのに、警備が薄いままだからだ。いつか寝首を掻かれるぞ」

そう言ってムメイは、ドサリと重い物を寝室に放り落とした。

「……よく見えないけど、刺客?」

「今日はこれだけだが、この一週間で二十は始末している。報告もしているだろう」

呆れと苛立ち。

それをこうして、直接的に表現しに来たのだ。

確かにその数で何も対策しないなら、自分でも同じ事をしたかもしれないなとイザは思った。

「ごめんなさい。ちゃんと報告書に目は通してたつもりだったけど……」

そんなに怒らないでよ。と、甘えようとしてやめた。

彼にはすでに、十分に甘えているからだった。

「魔族の見張りは役に立たん。軍勢ばかりを意識して、ネズミには裏をかかれ続けている」

「……ねぇ、その刺客って、出どころは分かる?」

「本物ばかりで、身元の分かる物は持っていない。ただ、王都の市民に内通者は居る。それは確かだ」

「そっか……」

イザは悲し気に目を伏せた。

ムメイはそれを見逃していないが、慰めるかどうかを迷った。こうなる事は、イザも理解しているのを知っていたから。

だから、あえて淡々と事実だけを述べることにしたらしい。

「対策しなければ、俺一人では手が足りない時が来るかもしれんぞ。すでに陽動の動きがある」

つまり、今夜もすでに陽動の方を始末した上で、本命だったこの死体を転がしに来たということだ。

刺客の方が、ムメイを対策し始めている。

「今日は間に合ったのね。ありがとう」

「礼などいらん。どうにかしろ」

ムメイは、そう言った所で少しだけ、後悔した。

ともすれば、王都に住む数十万の人間まで、イザは殺してしまうのではないかと。

「実はね、ずっと迷ってたの。でも踏ん切りがついたわ。結局は、こうなるのよねぇ」

「……そうだな」

ムメイは、イザの言葉で全てを悟った。

先ほどの後悔は、すでに消化している。

そう思っても、さすがに心が痛んだ。

だが、そうさせたのは人間なのだから仕方が無い。

その結果に結びつくことを、予見せずに歯向かった奴らが悪いのだ。

それにムメイは、いつかこうなるだろうと最初から分かっていた。

遅いか、早いか、ただそれだけの話だ。

彼はそう思って、床に転がした死体を無造作に掴むと、イザの寝室を出た。

イザはその姿を見送ってから、天井に何かをつぶやいた。

そして、もう一度眠りについた。

翌朝には、ほぼ全てにケリがついているはずだから。

地獄から呼び寄せた毒蜘蛛たちは、毒を入れるだけならば時間を必要としない。

以前、城壁内の人間の兵たちを喰い尽くした彼らは、ずっと潜んでいたのだ。

すでに街に居る。

膨大な数に増えている彼らは、人目につかないようにしていただけで、消えてはいない。

それが今、イザのつぶやきで牙を剥く事となった。

おそらくは、彼女が目覚める頃にはほぼ終わっているだろう。

王都から人間が消える。

それは、いつか来る必然でしかなく、人間が選んだ道なのだ。

一枚岩の魔族は、消して選ばない道。

誰か一人でもイザを討とうと考えるのが人間で、肝心な所では誰もイザに逆らわないのが魔族。

それが命運の分かれ道となった。

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