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連休明け初日の講義というのは出席率が頗る悪くなるものらしい。普段よりもずっと人がまばらな講義室に入っていくと、見慣れた赤髪が机に突っ伏しているのが見えた。俺は迷うことなく、彼の横の席に陣取る。人の気配に気づいたのか、若井がぱっと顔を上げて、すぐにばつが悪そうな顔をした。


「バイトはどうよ」


「……落ちた」


不貞腐れたように答える彼に、そりゃ残念だったな、といって小さな紙袋を渡す。


「なにこれ」


「長野のお土産」


「……わざわざいいのに」


「すんげぇ楽しかったから自慢してやろうと思って」


若井は不機嫌そうな表情を隠そうともせず、そりゃよかったな、とつっけんどんに言う。


「なぁ、いいから開けてみろって」


せっつく俺に、彼は怪訝そうに紙袋の封を開ける。


「なにこれ」


「長野のゆるキャラ、アルクマのステッカーの戸隠蕎麦バージョン」


「じゃなくて」


若井が俺の前に突き付けてみせたのは、お土産のステッカーではなく、それと同封されていた無地のCDが入ったプラスチックケース。


「新曲のデモ」


若井が目を見開いて俺を見る。


「若井。俺と一緒に学祭に出てほしい」


「は?」


突拍子もない要望に、呆気にとられた顔の若井。


「何言って……急に」


「そのデモをステージで演りたいんだ」


動揺に瞳が揺れる。そこには戸惑いと、不安、……そしてわずかな、期待。


「馬鹿言うなよ、学祭まで二か月切ってる。バンドすら組んでないのに。しかも新入生で学祭に出た例はないって先輩らも言ってただろ。新入生バンドは10月のお披露目ライブでデビューなんだって」


その話を聞いていなかったわけではない。しかし、だからこそ。


「別に新入生が学祭に出演することは禁止されてない。ちょうど今、サークルのグループラインで出演バンドを募集してる。決めるならこのタイミングしかない」


若井が大きくため息をついてかぶりを振る。


「俺には無理だ」


「若井じゃなきゃだめなんだ」


間髪入れずにはっきりと言い放って彼をまっすぐに見つめる。一瞬たじろいで、若井はすぐに目を逸らした。


「俺はやらない。サークルには俺より上手いやつがいっぱいいるよ。多分元貴が求めるレベルを難なくこなすやつだっている。学祭なら新入生に限られないんだからそれこそ誰か先輩と組んだって」


「俺は別に、はなっから完璧にどんなフレーズでも弾きこなせるスキルの高さが欲しいんじゃない。俺に今一番必要なのは、俺の音楽に真摯に向き合って受け止めてくれる存在なんだ。……それは俺にとっては若井、お前しかありえないんだよ」


だから頼む。そういって俺は頭を下げた。少しの間、沈黙が俺たちの間を埋める。やがて、はぁ、と呆れたようにため息が頭上から聞こえて


「判断はこれを聴いてからにさせてくれ」


ぱっと顔を上げると、若井がデモCDをひらひらとさせながらにやりと笑う。


「ギターの難易度が高すぎて、俺が本番に間に合いませんでした、なんてなったらかっこ悪いだろ……練習すればちゃんと弾けそうか確かめないと」


「若井……」


ありがとう、と思わずその手を取ると、彼は照れ臭そうに、見慣れた笑顔を浮かべた。




若井に渡したデモは、長野から帰ってきたその晩に、つまり一晩で作り上げたものだった。帰りの新幹線の中で、窓の外を流れる景色を眺めながら、藤澤さんは初めて東京に来た時もこうやって外の景色を見たりしたかな、と考える。この3日間のことや大学のこと、サークルのことなどをとりとめなく話す俺たちを、東京へ向けて運んでいく新幹線。


「初めて上京した時のこと思い出すなぁ」


俺の心を読んだかのように、藤澤さんが話し始める。


「ぜったい泣いたでしょ」


「なんで分かったの!」


「なんとなく。泣いてそうだなぁって」


まるでその景色を見たかのように容易に想像がついた。染めたての金髪。大きな荷物。席は窓側だったのかな。隣に人は座っていただろうか。目と鼻を真っ赤にして、ぐしゅぐしゅに泣いていそうだ。


「東京には高い山がないからそれでまた不安になって泣いたりもしたよ~」


「いや、泣きすぎでしょ」


だって心細いじゃない、と彼は抗議の声をあげる。


「小さい頃は、大人は泣かないもんだと思ってたけど、大きくなっても泣いちゃうときは泣いちゃうよね」


俺はふと、一昨日、善光寺でお戒壇巡りでなぜか涙を流してしまったことを思い出す。あれは、どうしてだろう。さみしかったんだろうか。不甲斐なかったんだろうか。わかんないな、とぽつりと呟くと、藤澤さんが


「大森君はあまり泣かなそうだよね」


といった。先ほどの言葉に対する返答だと思ったのだろう。


「でも泣きたいときはいつでも胸を貸してあげるからね!」


さぁ!と両手を広げてみせる彼に、思わず吹き出してしまう。

東京駅から乗る路線がそれぞれ違うため、新幹線の改札を出たところで解散となる。何度もこちらを振り返りながら手を振る藤澤さんを見送った後、歩き出したとき、ふっと世界から音が消えた。懐かしい感覚だった。外からの音はすべて消え、俺の中から溢れて鳴り止まなくなる音、音、音。その時どんっ、と背中に衝撃が走って俺は我に返った。


「なに立ち止まってんだ兄ちゃん、邪魔だよ」


世界に音が戻る。不機嫌そうなおっさんがこちらを睨みつけながら俺を追い抜いていく。すみません、と謝って、俺は慌てて自分の乗る電車のホームへと向かった。




「ただいま」


家に帰りつくと、兄が出迎えてくれる。


「おかえり、父さんと母さん出かけてるけど、」


「待って、後にして、俺出てくるまで部屋ノックもしないで」


兄の言葉を遮って、口早にまくし立てて部屋に直行する。ドアノブに手をかけてから、ふと思い出して


「兄ちゃん!廊下に土産置いとくから!」


とだけ叫んで部屋に入った。

そこからは一心不乱にこみあげてくるメロディーを、言葉を、形にした。2時間もかからなかったと思う。あっという間に出来上がったそれを聞き直して、俺はおもむろに壁に立てかけてあったギターケースからギターを取り出し、弾き始める。躊躇いも何もなかった。久しぶりに触れるそれは、かつてよりもすこしたどたどしい指使いになってしまうがそれもすぐに慣れて元の感覚に戻っていく。メロディーに声を載せる。あぁステージでやりたい、これを。ここのメロディーラインなんか若井に弾かせたらかっこいいだろう。この辺なんかは苦戦するかもな。ステージで目を合わせたとき、得意げに笑う彼の顔が思い浮かぶ。俺はデモ音源を彼に渡すことを決意し、引き出しから未使用のCDを取り出した。


※※※

新章が動き始めました……!

学祭編は「特等席を君に。」の中でもかなりメインのパートになるため長めの予定です

お付き合いいただければ幸いです!

さて、ふたりは無事に学祭に出ることができるのか……

この作品はいかがでしたか?

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コメント

16

ユーザー

本家が曲を思い浮かぶ時にステージ上での情景が思い浮かぶと、大須でしたね。本当に凄いです。感服します。

ユーザー
ユーザー

新しい動き!! 学祭とかいいですよね。キラキラしてる✨ 次楽しみにしています♪

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