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ーーニクラスが捕まらない。


ティアナは、ぼうっとしながら学院の廊下を歩いていた。先日、レンブラント達とのお茶の席で”偽花薬”の話を聞いた事で頭を悩ませていた。それ以前に、ニクラスからも多少話は聞いてはいたが、まさかそんな大事になっているなんて知らなかった。ニクラスは「まあ全然大した事やないんやけどな」と軽く笑っていたので信じてしまった……。もう一度ニクラスに話を聞こうと思い、モニカ達に街へ探しに何度も出て貰っているが中々見つからずにいる。


「ちょっと宜しいかしら」

「……?」


不意に呼び止められたティアナが振り返ると、そこには見知らぬ女子生徒が立っていた。キャラメルの様な金色の肩までの髪と吊り上がった青い瞳、見るからに我が強そうだ。


「貴女が、ティアナ・アルナルディですの?」

「はい、そうですが……」


まるで値踏みでもするかの様にして、頭から爪先までゆっくりと見られ、彼女は最後に鼻で笑った。


「なんだ。全然大した事、ありませんわね。ブスじゃない」


(ブスって……流石にそんな堂々と言わなくても)


いきなり初対面の相手からブス呼ばわりされて、ティアナは苦笑する他ない。直接突っ掛かってくる人間は余り多くはないが皆無という訳ではないので特別驚く事はない。舞踏会の時もそうだった。


「あの、もう宜しいですか」


彼女が一体何者なのかは知らないが、そろそろ授業も始まるし、面倒ごとになる前に早く立ち去りたい。


「あらあら、そんなに私が気になるの?」


だが、そんなティアナの思いとは裏腹に、彼女は全く人の話を聞いてない様だ。


「しょうがないわねぇ、なら教えてあげる。私はヴェローニカ・オランジュ公爵令嬢よ!」


オランジュ公爵家……その家名にティアナは目を見張る。何故ならオランジュと言えば、エルヴィーラの親族と言う事になる。よく見ると、何処となくエルヴィーラに似ている気もしなくもない。

それにしても、自分で公爵令嬢と名乗るとは、中々癖があり面倒臭そうな人だ。


(人の話も、まるで聞いてくれないし……)


「そして、レンブラント・ロートレックの妻となる女ですわ!」

「……」


ヴェローニカの声が廊下に反響している。ティアナは目を丸くして黙って彼女を見ていた。思考が追いつかない。


「邪魔だ」


勝ち誇った様に髪を掻き上げ、高らかに笑うヴェローニカの後方から歩いて来たミハエルが、廊下のど真ん中を占領し道を塞いでいた彼女に打つかった。


「ちょっ、痛いですわ! 貴方、何なさるの⁉︎」


大袈裟に蹌踉めき、痛がり喚くヴェローニカにミハエルは無表情で言い放つ。


「道を塞いでいるのが悪い、餓鬼じゃないんだ喚くな。……銀髪、行くぞ」

「え、はい……」


ミハエルに腕を掴まれ、強引に引っ張られたティアナはそのまま連れて行かれる。かなり強引だが、助かった……と内心安堵しながらも振り返ると、ヴェローニカはまだ何かを喚き続けていた。










『そして、レンブラント・ロートレックの妻となる女ですわ!』


(今朝のあれは一体何なんだったんだろう……)


昼休みに何時も通り裏庭でお弁当を食べながら、朝の出来事を思い出していた。エルヴィーラの身内で、レンブラントの知り合いという事は分かった。ただ、妻になる女とはどういう意味なのか……。


(もしかして、レンブラント様の恋仲……とか)


「食べないのか」

「え……」

「早くしないと昼休み終わるぞ」


一口齧りしたパンをそのまま手にしてぼうっとしていたティアナを、隣に座っているミハエルが訝しげな表情で見てくる。


「た、食べます! 食べてます!」


どうやら随分意識を飛ばしていたらしい。ミハエルは疾うに食べ終わったらしく、暇を持て余している様だ。

以前ミハエルにお弁当を分けてあげた事があったが、それからというもの彼はたまに昼休みになると裏庭に姿を見せる様になった。その度にお弁当を分けていたら、今度は毎日来る様になったので、ティアナは二人分のお弁当を持参する様になり今は二人で食べている。


「銀髪」

「?」

「あの女には関わるな」


ティアナが一生懸命咀嚼していると、ミハエルがボソリとそんな事を言った。

あの女……多分ヴェローニカの事だろう。ティアナが返答に困っていると「これは、俺からの忠告だ」彼は立ち上がりそれだけ言って去って行ってしまった。


それにしても何時も思う。


(教室は同じなのだから、先に行かなくても……)







【拝啓、天国のお祖母様へ】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。

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