「何だよ。連撃の野郎、生きてやがったのか」
「ですがフォルテ。何だか様子がおかしくないですか……?」
確かにフィーネの言う通り、【連撃のカイネ】の様子はおかしかった。
剣を天に向けて叫んでから、そこで微動だにしないのだ。
敵に超接近した状態で動かないというのは、準一級剣士という優秀な称号を持つ彼がする事とはとても思えない。
そして、その嫌な予感はどうやら当たりだったようで、少しするとカイネは剣を下げ、そのまま前に倒れた。
敵の胸に開けた穴の上に立っていたのだ。当然彼は今、宙にいる。
低く見積もっても、十五メートルはある位置からの落下。
いくら身体の丈夫な冒険者でも即死だろう。
「お願いします!」
サーシスは二人に視線を送り、そう言う。
すぐさまフィーネは、彼女の立つ地面に向かって波を放つ。
「ターナス! 任せたぞ!」
「私はサーシスです、いい加減覚えてください!」
波が届く瞬間にフォルテは、波を増大化させてサーシスを吹っ飛ばした。
そう。カイネが地面に落下する前に、彼を空中で受け止めるためである。
だが流石に、この荒い方法で正確にカイネの元まで飛ぶなど不可能で、方向も高さもズレがある。
(下、八十メートル。右、四メートル……。ズレはこんなものかな。よし、後は……私の力量に掛かってる)
サーシスは、ズレと真反対の方向に向けて両手を伸ばす。
彼女は目を瞑り、全身の魔力の流れを意識して、それらを掌に集める事を想像した。
彼女は魔力で水をつくり、更にその周囲を風魔法で覆わせる。
そして、その風で一気に水を押し出し、空中を移動してみせた。
まるで噴水のように水が噴き出て、ちょっとした虹がかかる。
(できた……!)
動きながらであったり、複数魔法の同時発動というのはそこそこに難しい技術となってくる。
魔法をあまり得意としていないサーシスにとってこれは、一か八かの賭けであったが上手くできて良かった、と思わず自然と口角が上がる。
上機嫌の彼女の腕の上で、カイネは意識を取り戻した。
準一級剣士から見ても、サーシスの腕前は相当なものだったようで彼は驚いた様子だ。
「あんたスゲえな」
「別にそんな事は無いと思いますが……」
そう言われ、若干嬉しそうにサーシスが言うと、カイネは血を吐きながら言った。
「なあ、アンタに頼みがあるんだ……。俺をヤツのところまで運んで行ってくれ」
カイネのその頼みは、無謀でしかなかった。
なんせ今のカイネは、到底戦える状態には見えない。全身のところどころから血が噴き出しており、おそらく骨も何本かは折れている。
それにそもそも、ヤツのところまで行くというのが難しい。
今は防御に徹しているとはいえ、カイネを抱えた状態でヤツの飽和攻撃に対処できる余裕はサーシスには無かった。
「すみませんが、それは流石に……」
サーシスが断ろうとした時、カイネが言う。
「俺はヤツを殺せる」
サーシスは思い出した。カイネがヤツの体内を切断して脱出してきた事を。
『殺せる』かは不確かだが、傷をつけることができる事は確かだった。
「……わかりました。私が。いえ、全員であなたをヤツの元まで連れて行きましょう」
*
『お前らぁ! カイネさんにヘイトが向かないように攻撃を止めるなぁあ!』
『勝つぞ! 俺らで英雄級を超えるんだ!』
その時、冒険者らはカイネ救出の時間を稼ぐために【謳う母】に対し、集中砲火を行っていた。
火、水、風、土の基本属性魔法を中心に、いくつもの魔弾が放たれる。
だがしかし、向こうが怯む様子は一切無い。
自分たちの攻撃が通用していないのではないか、という不安に煽られながらも、それでも、きっと大丈夫だと信じて彼らは戦い続ける。
だがそんな中、実際にヤツの肉体の一部に攻撃をしたフォルテだけは対処法を練っていた。
いや、『練っている』とは言っても、正直フォルテは諦めかけていた。
未だにヤツに効いた攻撃が、増大化した波による圧縮のみである事。
【謳う母】は防御特化の性能だと言われている事。
【連撃のカイネ】の全羅万象は効かなかった事。
これらから、導かれた結論。
『物理、魔法攻撃ともに、最低でも【特級】レベルの威力が必要である。』
だが、そんな芸当が果たして可能なのだろうか。
無理だろう。
フィーネの波ならば効きはするが、あれは腕に対してだからできた事であって、本体にやるには色々と条件が増え、現実的ではない。
考えても考えても解決策が浮かぶ様子は無く、どんどん顔に熱が溜まっていく。
多くの協力者ができて忘れかけていた死の恐怖が身体と脳を支配し、フォルテは永遠と奈落へ落ちていく感覚を覚えた。
そして、その恐怖は一周回って彼を冷静にさせる。
一度辺りを見渡して、そして気づいたのだ。
ここは既にヤツの蟻地獄の中だと。
いや、そんな事は端から理解っていた。ただ実感したのだ、この瞬間に。
『フォルテさーん!! ヤツに接近できるほどの隙をつくってください!!』
それは、カイネの救出に成功したサーシスの声だった。
フォルテは遠くから彼女が叫び、自分を呼んだのだと少ししてからようやく気づく。
ちょっぴり微笑んだ後、冒険者らの先頭に立つために歩く。
「フィーネ。水はまだ残ってるか?」
「ええ。ありますけど」
「くれ、喉が渇いてしょうがねぇや」
フィーネは若干戸惑いつつも、フォルテに自身の水筒を渡す。
フォルテはその中身をグビグビと勢いよく口に放り出して、結局全て飲み干した。
そして、いつものようにぷはぁと息をつく。
そして、フォルテは冒険者らの先頭で叫んだ。
「おい冒険者ども! そんな攻撃じゃあ、ヤツには効かねぇぞ! 良いか? 今からどうすりゃあ良いのか教えてやる!」
「ちょっとフォルテ。突然何を言い出して……」
フィーネはいつも通り無駄に調子づいたフォルテを止めようとするも、その表情を見てそれをやめた。
「何か……策があるんですね?」
「ふっ。策なんて、大したもんじゃあねえよ……。そもそも俺らにできる事なんて、始めから限られてたんだ。単純にゴリ押す。それしかねえ!」
その時だ。しばらく歩みも攻撃も止め、防御に徹底していた【謳う母】が動き出した。
だが、その方向はフォルテら冒険者の方では無い。
その方向は……、サーシスとカイネのいる方だった。
しかしフォルテは焦らず、今すべき事だけを見つめ、冒険者らの先頭に立った。
「良いか冒険者ども! 俺らはこれから命を賭けてあの化け物とやり合う。 でもな、これだけは言っていくぞ。 俺らは死ぬために戦うんじゃあないっ! ただ、自分の全てを出し切るだけだ。
最高に怖いっ。だが、恐れることは無いぞ。ヤツに攻撃が効かなくてもいい。一瞬、ほんの一瞬でも隙をつくれっ。 それだけが、俺らの役目っ。
後のことは、あの新人二人を信じて任せろ! あいつらなら、きっとヤツの隙を逃さない! そして、確実に仕留めるっ!」
フォルテは叫んだ。それは立派に叫んだ。
その叫びには、彼の今までの二十年にも及ぶ冒険者としての時間や感情の重みがあった。
それに感化され、多くの冒険者が闘志を奮い立たせる。
ある者は雄叫びをあげ、ある者は武器を手にした。
だが、そんな様子とは裏腹に、フィーネの心は哀しみに似た感情を帯びている。
「フォルテ、あなたまさか。悔いているのですか、二十年前の事を……」
「フィーネ。そんなの当たり前だろ。俺はずっとあの時の事は悔しいし、それ以上にあの化け物が憎いぞ」
「気持ちはわかります。ですが、感情に呑まれてはいけません。ここは冷静に……」
「俺は冷静だ。だからこそ、言っている。
フィーネ。俺らはもう進まなくちゃならない。いつまでも過去を引きずって、上層で止まってる訳にはいかねえんだ。
アイツらから引き継いだ夢はまだ、このダンジョンの最深部を見ている」
フォルテの真っ直ぐな眼を正面から受け取ったフィーネは、杖を手にして魔法を発動した。
基本属性【水】の初級魔法。それを自身の頭上で使い、フィーネの髪はびしょ濡れになる。
頭を振って水滴を落とした後、降りてきた前髪を巻き上げた。
不思議とフィーネの翡翠色の瞳が、いつもより輝いているように見える。
「わかりました。ならば私も賭けましょう、命を。私だってまだ、ダンジョンを諦めちゃあいませんっ!」
コメント
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急に長文のセリフ来てビビった ※人の名前覚えるの苦手すぎて誰が誰か分からなくなってきた