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羽海汐遠
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#魔道具職人
こはる
471
フユめん
190
雪に包まれたカムロドゥヌムの町の時間は、静かに流れていく。
今年は町にずいぶんと人が増えた。
商人の出入りはもちろんのこと、ドリファ軍団への入団希望者や町への移住希望者、新しく冒険者としてやって来た人々もいる。
彼らの住居確保は急務で、アウレリウスはカムロドゥヌムの城壁の外に木賃宿をいくつも作って対応した。
そのおかげで本格的な冬になる前に、なんとか大半の人々の寝床が確保できたのだった。
建物以外の防寒対策では、レッドボアの毛皮が大量にあったのが功を奏した。
レッドボアは肉に脂の多いイノシシの魔物で、石けん作りに利用されている。
毛皮も素材として使用に耐えるレベル。
急ごしらえの建物でも、毛皮にくるまっていれば寒さをしのげた。
カレー食堂で雇っている子供たちの住居は、まだじゅうぶんに作られていない。
町の建設ラッシュのおかげで人手が足りず、手が回らなかったのだ。
ユーリは来年こそは、子供たちが安心して暮らせる家を作ろうと決めた。
冬は冒険者たちの活動量が落ちるが、人数そのものが増えたので素材や肉の納品はそれなりの量になっている。
人が増えた分の食糧は、今年の麦がまずまずの豊作だったのと、アウレリウスが早めに手を打って備蓄していたので、春まで保ちそうである。
魔物肉のカレーも食料確保に一役買った。
ユーリは来年はじゃがいもをもっと増やして、さらに食糧事情を安定させたいと考えていた。
カレー食堂が営業を縮小した分、ユーリは倉庫のシステムチェックや冒険者ギルドの諸業務に力を入れた。
倉庫の方はさしたる問題は起きていない。
冬で素材の出入りが少ない時期なので棚卸しをしたが、思ったよりも数が乱れていなかった。ナナやコッタらの職員が、普段から気にかけていた成果だろう。
「冬になっても魔物は活発に動くのね」
ある日のこと。冒険者ギルドで魔物出現地図を確かめていたユーリが言った。足元にはシロが丸くなってウトウトしていた。
彼女の隣にいたティララが答える。
「そうね、種類にもよるけど。野生動物のように冬眠する魔物は聞いたことがないわ」
「魔物って、本当に謎の生き物」
魔物出現地図は、冒険者から聞き取った情報をもとに作っている。魔物を目撃した地点と種類を記録していた。
主に魔の森の浅い部分で、弱い魔物の情報が多い。
地図を眺めていたユーリは、ふと引っかかりを覚えた。
今年の春に地図を作り始めて以来、夏、秋を経て。魔物の出現位置がだんだん魔の森の外側に寄ってきているように見える。
だが、一見の印象だけで正確性は測れない。ユーリは書字板――木板にロウを塗ったメモ帳――を取り出して、季節ごとの情報をまとめていった。
目撃地点と数字だけではまだ分かりにくい。彼女は次にグラフを作った。書字板では小さいのでパピルス紙をもらう。日本で事務員をしていたから、そういった作業は得意分野だった。
「……やっぱり」
その結果、ユーリの印象は正しいと証明された。
春や夏の始めは各地に点在していた魔物たちの目撃情報が、時間の経過とともに徐々に増えて、しかも外側に押し出されるように分布を変えている。
「ティララ。魔物は冬になったら魔の森の外側に集まるとか、そういう習性があるの?」
「え? そんなことはないわよ。季節を通してあんまり変わらないと思う。まあ、前までは地図を作ってなかったから、正確に分からないけど」
「これを見て」
ユーリがグラフを見せると、ティララは目を丸くした。
「すごい、これなに? 数字よりずっと分かりやすい!」
「グラフって言うの。……それより魔物の数と出現場所。明らかに変わってきてるよね?」
「うん。去年までは体感だけど、こんなことはなかったわ。どうしてかしら」
冒険者ギルドにいた冒険者たちに聞いても、似たような答えが返ってきた。
弱い魔物ばかりのせいか、誰もさほど気にしていない。むしろ、
「ホーンラビットやらが森の入り口に増えたせいで、狩りがしやすくて助かってる」
と言う者もいるくらいだ。
けれどもユーリは妙な胸騒ぎを覚えた。
――弱い魔物たちは、まるで押し出されるように魔の森の外側に来ている。押し出されるように、逃げ出すように?
そこまで考えて、ユーリは立ち上がる。外套を取り出して羽織った。シロがびっくりして飛び起きる。
「この件、アウレリウス様に報告してくる。後をお願いね」
「え、ちょっと。ユーリ!」
「わふん!」
ティララの声を背中に聞きながら、ユーリは冒険者ギルドを出た。シロも慌てて後を追う。
雪のちらつく中を彼女は一路、ドリファ軍団の駐屯地へと向かった。
ドリファ軍団の執務室にやって来たユーリとシロを、アウレリウスは少し不思議そうな目で迎えた。
二人は最近、プライベートの多くの時間を一緒に過ごしている。仕事の話もそのときにするのが増えて、こうしてユーリが訪ねてくるのは減ったのだ。
「どうした。緊急の用事か?」
「いえ。そういうわけではないのですが」
ユーリの表情と口調が固い。
彼女は書類を取り出して、魔物の出現位置が変わりつつある話を説明した。
アウレリウスは最初グラフの分かりやすさに感嘆して、次に厳しい目つきになった。
「……報告を感謝する」
「何か、分かりましたか」
アウレリウスは答えない。
けれど彼の胸のうちに大きな疑念が渦巻いていた。
「まだ確信がない。今はこの情報を元に行動をするとだけ言っておく」
アウレリウスは一瞬だけ迷いをにじませた後、何も伝えないことを選んだ。
不安そうなユーリに隠し事をするのは気が引けたが、確信がないのは本当だった。
であれば、今の段階で余計な心配はかけたくない。彼はそう考える。
執務室を辞したユーリを見送って、彼は深く息を吐いた。
脳裏に浮かぶのは、八年前のあの日。父と伯父が死んだ日。
ドリファ軍団を半壊させた強大な魔物・魔王竜は、数多の魔物を引き連れて現れた。
最初は弱い魔物が飛び出すように魔の森を出て、ウルピウスの防壁に押し寄せた。
次に中級や上級の魔物がやって来て、軍団と激しい戦闘を繰り広げた。
そして最後に魔王竜本体が近づいて――
(最初に押し寄せた弱い魔物たちは、恐慌状態に陥っているように見えた。魔物は普段であれば、積極的に魔の森から出ようとはしない。しかし追われていたのであればどうか? 命の危険を感じて逃げ惑っていたのであれば、あのような挙動を取ってもおかしくはない)
ユーリに借りたデータを見る。
まるで押し出されるように、何かから逃げようとするように。魔の森の外周に集まっている弱い魔物たち。
(中級以上の魔物も正気ではなかったように思う。魔の森を出て正面から、狂ったように戦いを挑んできた。それに……)
秋に出現した地炎獣。あの強力な魔物でさえ、本来ならば取らない行動を起こした。
何もかもが八年前と符合する。
アウレリウスは身震いした。
それは死闘の恐怖を思い出したためでもあり、遂に仇敵を討つ機会が見えてきたためでもある。
「ペトロニウス!」
彼は忠実な部下を呼ぶ。
すぐにやって来たペトロニウスに対して、命令を下した。
「魔の森の監視を強化する。見張り塔の人員を増やし、斥候と工兵を出せ。またBランク以上の冒険者に通達、斥候の補助と調査範囲の拡大命令だ」
「はっ」
ペトロニウスは何か言いかけて、主の真剣な表情を見て言葉を飲み込んだ。
ただでさえ危険度の高い魔の森の調査は、本来であれば冬の時期にするものではない。
あえて行うだけの理由があるのだろうと、彼は黙した。
アウレリウスは重ねて問う。
「ユリウスは戻っているか?」
「いえ。一昨日に魔の森に出て、相変わらず『無銘』の調整をしているようです。戻っていません」
ユリウスは新しい刀の|拵《こしら》えを作ってから、ほとんどを魔の森にこもって過ごしていた。
日本刀は以前の剣と形も重量も違う。扱いに慣れる必要があった。そのための鍛錬だった。
「戻り次第、呼び出してくれ。奴の力が必要になる」
「承知いたしました」
ペトロニウスが部屋を出た後、アウレリウスは立ち上がって窓の外を見た。
雪がちらちらと降る向こうに、整然と立ち並ぶ軍団の宿舎と訓練に励む兵士たちの姿が見える。
今年の彼らは流行り病や食中毒が少なく、健康だった。石けんでの手洗いと風呂を徹底したおかげだろう。
ユーリのカレーやその他の食事指導のおかげで体の調子がよくて、寒い中での訓練もいとわずにやっている。
――八年。
かつて半分以上の兵士が死んで、軍団の体をなさないほどに混乱していた時期が嘘のようだ。
(今度こそ、必ず……)
彼はこのカムロドゥヌムの町の守護者。その名に恥じない成果を。
アウレリウスの瞳の奥で、決意が確固たる輝きを放っていた。
同じ頃。
魔の森の一角に赤い血しぶきが飛ぶ。悲鳴を上げる間もなく地に伏したのは、オーガ族の王。
「ま、こんなもんか」
ユリウスは無銘の血を払って鞘に収めた。
彼の周囲には数え切れないほどの死体がある。全てがオーガ族のもので、戦士や魔法使い、精霊使いのものもある。
魔の森での鍛錬の途中、オーガ族の集落を見つけたので潰したのだ。
「ユリウスー。逃げた奴の掃討も終わったよ」
ロビンとヴィーが近づいてきた。
「うん、ありがとう」
ユリウスは一瞬だけ微笑んで、すぐに表情を引き締めた。
「無銘の扱いもだいぶ慣れたよ。ただ、やっぱりおかしいよね。こんな浅い場所にこの規模の集落ができているなんて」
「魔力が乱れているせいかも」
と、ヴィーが言う。魔力感知を走らせながら、辺りをうかがっている。
「とても広い範囲で乱れている。ちょっと普段じゃ考えられないくらい」
「そのせいか、森が騒がしいよ。魔物たちも妙に殺気立ってるし」
ヴィーの言葉をロビンが受けた。
「一度、カムロドゥヌムに戻ろうか」
ユリウスが言った。ロビンは彼を見る。
「いいの? まだ町を出て三日目だけど」
「うん。この状況、アウレリウスに伝えよう。彼なら何か分かるかも」
雪が徐々に降る勢いを増している。
ユリウスたちはその場を去った。
降りしきる雪はやがてオーガの死体を包みこんで、何事もなかったかのように静寂を守っていた。
コメント
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おお、ついに来たか……って感じの回だね。ユーリのグラフ作成からの気づき、アウレリウスの過去の記憶と重なる展開が熱い。弱い魔物が押し出されるように外に出てきてるって、まさに八年前の魔王竜襲来の前兆と同じパターンだもんな。ユリウスも無銘の扱いに慣れてきたし、オーガの集落潰しもやってる。戦闘準備は着々と整ってきてるのが分かって、次の展開が待ち遠しくなるわ🔥