その日は、ほろほろとこぼれるような
春の陽だった
私はその日、とある川で釣りをしていた
山女魚を釣るのが解禁された2日後だ
雨の降る音に似たせせらぎの音が、
涼しい風と共に頬に当たる。
その日は日曜日だった
下流の方には子供を連れた親が
堂々とテントを広げて、のびのびと
日々の疲れを放出している。
小さな川に顔を覗かせると、蝉の
抜け殻のような小さな蟹が
春を迎え入れるように、せっせと動いて
働いている。
さて、私も釣りをするとしよう
私はひとつの釣りスポットを見つけると
バッグを開け、様々な道具を取り出した
キラキラと光る水面と、春特有の
始まりの匂いが、私の鼻と目を通り抜ける
あまりの自然の癒しに、ついため息が
漏れてしまう
小魚の腹が、ナイフのようにひらめくのを
見つけた。
いつの歳も、これを見るのを楽しみに
春を待っているものだ。
「おぉーい、そこにいるのか」
1人の男の野太い声が、後ろから聞こえた
「もう始めてるのか、俺を待ってて
くれても良かったのに」
そんなことを言うこの男は、実は
私の古くからの友人で、親友だ。
名前は棚岡 颯斗(たなおか はやと)
「全く、そんなことを言っているけど
最近仕事はどうなんだ?やっぱり普通の
サラリーマンは大変か?」
すると、颯斗はいたずらっ子のような
目つきで笑い、こう言った
「ははは!こんなに体のごついやつが、
仕事ごときで参ってられるか。まぁ
最近はぼちぼちやってるさ」
そうだ、こいつは筋トレをしているんだ
中学1年生の頃から毎日やると教室で
宣言してから、1日もサボったことは
ないらしい。
「それはそうと、やっぱり変わらないな
この川の春の雰囲気。」
なんだか颯斗の性格が変わったように
感じる、前まではこんなに穏やかな
雰囲気を醸し出したことはなかった。
私はさっさと釣りの準備を済ませて
仕掛けを純粋無垢な川へと投下した。
プクプクと浮かぶウキは、頑張って
川の流れに逆らってるような気がして
心の中で応援していた
去年の春は、この時点でウキが沈み、
山女魚が沢山釣れていたが
今年の春はあまり期待できないかな。
ザーー…
この川の激しく流れる音を聞くと、
何故かぼーっとしてしまう。
次々にできる川の波紋の中心に
浮かぶウキは、目の錯覚のせいか
川の景色と同化して、時折見えなくなる。
その時だ
チャポン
ウキが大きく沈んだのだ
「おっ、来たな」
私は来たかと言わんばかりに
のべ竿を上に引き上げた
すると、餌を頬張る美しい山女魚
の姿が目に入った
私はそれを花のように丁寧に扱い、
陸の草むらへと引き上げる
針を外し、少し大きめのバケツへと
入れる。
そして再び仕掛けを変えて入れてみる
釣りというのは工夫と挑戦で
成り立っているのだ。
本当に、この至福を待つ時間が1番の
至福なのかもしれない
「なんだ、安悟、悲しそうな顔をして…」
颯斗が聞いた。
「え、そんな顔してたかな。」
私はこの瞬間が大好きだ、なのに
周りからは何故か悲しい顔していると
言われる。
「なんか、おっさんみたいだな」
そう言って颯斗はげらげらと下品な
笑いを響かせる。
「なんだよ、まだ23だ、その発言は結構
傷つく。」
「そうだったそうだった、あまりに
大人っぽい顔しやがるからさ。」
私のこの表情は、意識していても
直せない、呪いみたいだ。
ただ何故私が至福の時を過ごす顔が
いつも悲しい顔なのか、薄々自分で
分かってきていた。
至福な時間、自分にとって幸せなことを
しているからこそ、これから起こりうる
悲劇を無意識に危惧して、反応してしまって
いるのではないかと。
「そういえば、最近あったよな、あの
事件。」
颯斗が意味もなく小声で喋りかけてきた。
「あの事件…?」
私は恐る恐る聞いてみる
「あぁ、猟奇的な事件らしい。
家族全員が無惨に、しかも一斉にやられ
たらしいが、警察はまだ武器の判明すら
出来ていない。ほんと、ちゃんして欲しい
って感じだな」
私はそこで警察の非難をするのはどうかと
物申したくなる気持ちを抑えて、意見を
話した
「まだ50か60でその話を聞いたんなら
別に怖くもないけど、私達まだ23だぞ?
そんな怖い話やめようぜ、今はただ、
釣りに集中しよう。」
颯斗は意外そうな顔をした。
「まぁ、そうだなー、こんなに平和な
ところでこんな話はやめよう。」
それからしばし、無言の時間が流れた
先に口を開いたのは颯斗だった。
「なぁ、一緒に犯人、探さないか?」
ブフォッ…
私は思わず口に含んでいたコーヒーを
吐き出した。
「な、何を言い出すんだよ!?」
「いやー、この事件、実は俺の家系に
関係があってだな、調査に協力して
欲しいなーって思うんだ。」
颯斗が目を輝かせながら詰め寄る。
どうやら私に拒否権はないらしい
「はぁ…ちょっとだけだぞ」
「本当か?ありがとな!」
そうは言ったものの、私にできることなんて
ひとつもないように思えた。
「お前はただ、俺が調査が進んでいるか
進行の程度を教えてくれるだけでいい。
それだけでも十分な仕事だろう?」
「まぁ…それくらいなら。」
そんなことに人員を派遣して、なんの
メリットがあるかは分からないが、
私は渋々了承した。
チャポッ…
そんな会話を交わしている内に
颯斗の仕掛けが反応した。
「お、これはー?」
颯斗がひょいとのべ竿を上に掲げる。
すると少し大きめな、13センチはある
だろう、ウグイがかかっていた
「ほぅ、ウグイか、でもここは上流
だからか、ウグイでも綺麗に映るな」
ザーー…
この川の流れる音は何十年
経っても変わらなさそうだ。
「…ん….?」
川の奥の草むらの所に、なにか置いてあるのを
発見した。
それはどうやら黄色で、小さい靴のようだ
「どうした安悟、また裸眼で魚でも
見つけたのか?」
「いや、違うんだ、あそこに…」
「…安悟、場所を変えよう」
いきなり颯斗がそう言い出した
「え、あ、あぁ」
突然そんなことを言うもんだから、
少し戸惑ってしまった。
後でしっかりと理由を聞かないとな。
私達は釣りの道具をまとめて、移動を
開始した。
ザーー…
下流の方へ来てみても、川の音は
変わりない。
少し多めの水が入ったバケツを持ちながら
移動するのは疲れたが、良い釣り場に
たどり着くことが出来た。
「ここ、いいな、誰もいない…」
私はそう言いながら颯斗の顔を見た。
「ダメだ、帰るぞ。」
川の音でよく聞こえなかったが、確かに
そう言った。
「なんでだ?」
そう聞くよりも先に、颯斗は
私の腕を引っ張って、走った。
その姿はまるで、少年が無邪気に
自然を駆け巡るようだった
「お、おい!さっきから一体なんなんだ」
夢中で走っているうちに、ひとつのカフェ
店へとたどり着いた
「俺、ちょっと落ち着きたいからさ、ここ
で付き合ってくれよ。」
そのカフェの名は「ヤンヤンカフェ」
どこかで聞いたことがあるフレーズだ。
チャリン…
年季の入った扉を開けると、夏を彷彿
とさせる風鈴が店に鳴り響く。春だけど
「あぁ、お客さんかい。」
すると、店の奥から優しそうな雰囲気を
纏ったおじいさんが顔を出した
「適当なとこ座ってもええよ。」
おじいさんはそう言い放って姿を消した
それならと私は真っ先に川の景色が見える
角っこの席へ腰を下ろした。
そして、あとから遅れて颯斗が
隣の席に座る
「そーれーでー…」
私がそう言うと、颯斗は察したのか
うげっと声を漏らす。
「なんであの場から離れた?魚は
釣れてたはずだぞ」
「あー…出来れば話したくないんだが」
颯斗が気まづそうな顔をする。
「黄色の長靴があったのは覚えてるか?」
颯斗はそう私に聞いた。もちろん覚えている
発見したのは私だからね。
「もちろん。」
「あれは死体が身に付けていた物だ。」
「は?」
私はつい腑抜けた声で、しかもだらしない
体制で言ってしまった。
「信じろよ、こういう状況ってのは
釣り人が遭遇するんだ。」
「嘘だろ?第一、死臭とかは…」
「黄色い長靴が見つかったからと言って
必ずしもそこに死体がある訳じゃあ
ないぞ。」
私は混乱した
「どういうことだ?じゃあそのまま
釣りを続ければよかったじゃないか」
颯斗は変わらず解説する
「黄色い長靴があっただけじゃ、確かに
俺も釣りを続けてたさ、だが、その場から
逃げたということは…?」
颯斗はヒントを出すように聞いた
さすがにここまで来れば分かる
「死体があるという証拠があった…」
「正解。」
とても信じられない事実を突きつけられた
ような気分だ。
あんな綺麗で純粋な川が、急に黒く
恐ろしいものに思えてきた。
「…」
会話はそこで一旦途絶えた
私は、ふとこの店のメニュー表へと目をやる
どうやらカレーや、オムライスなどが
あるようだ。
「店員さーん」
私は店の奥にいるおじいさんへ声をかけた
「はいよー!」
すると店の奥からちょこちょこ走りで
おじいさんがこっちへ来た
「ご注文は?」
おじいさんが私達に顔を向けた
「お前はなんかいる?」
私は颯斗に一応聞いた
「じゃあ、カレーをひとつ」
「私も。」
「はいー。」
小汚いメモ用紙にぐしゃぐしゃな字で
書き綴ると、おじいさんは店の奥へ
消えた。
「実はここ、俺の妹も働いてんだよ」
ついでと言わんばかりに、颯斗が
呟いた
「へー、そうなんだな、今何歳?」
「15歳だ、若いだろ」
「そうだな、私達は気づいたら20代、
時の流れは早いな。」
「実明(みあ)って言うんだ、いい名前だろ
今日はいるはずなんだが…」
私は周囲を見渡したが、少しだけ見える
おじいさんの肩か、人のいない穏やかな
店内の様子しか見えない。
けれど、とある1人の少女が
店の奥から姿を見せた
「あー…眠」
そう言いながら姿を見せた少女は、
いかにも現代っ子のような、この
カフェの場に合わない顔をしていた
「ん?あれ?兄さんじゃない?」
「やっと気づいたか、実明」
実明の眠そうな顔が一気に晴れた。
パァァ…
すごく眩しい笑顔だ、颯斗のやつ
相当好かれてるな
「あれ、この人は?」
実明がこちらに興味を示した
「あれ、知らなかったか?こいつは
俺の親友だよ。」
「へぇー…」
実明は、私をじっくりと観察した。
「…」
少し気まづい時間が流れる
「お前、ちゃんとエプロンつけろよ
だらしないぞ」
「はいはい…ノウキンバカメ….」
「なんか言ったか?」
「イエイエ…ナニモー」
いかにも兄妹って感じの会話だ。
さっきの死体の話をしている雰囲気とは
一変して、穏やかな空気が流れた。
チャリン…
まだギリギリ季節に合わない、涼しい
風鈴の音が鳴り響いた
「あ、お客さんだ!いらっしゃーい!」
さっきのだるい感じからチェンジして
客の前では元気な女子高生を演じて
るんだな…今の若い子は難しい。
「そんじゃ、話の続きと行こう」
「そうだね」
「まず水死体について、だな。溺死した
死体はまず沈むんだよ、そんでなんで
浮いちゃうのかというと、腐敗が進んで
微生物が原因で、体内にガスが発生するから
浮くんだ、腐敗がさらに進むと沈む」
「つまり、沈んでいる場合、まだ死んでから
それほど時間が経っていないか、死んで
から腐敗がさらに進むほど放置されている
ということだ。」
「へぇー、なんかお前詳しいね」
私は少し疑うように言ってみる
「なんだよ!疑ってるならやめたほうが
いいぞ、俺は今人間の体について研究して
いる組織に入っているからな。」
(どんな組織だよ…)
だけど、水死体の原理について少しわかった
気がする。
ていうか!!そんなのは別に良くて…
その時私はかなり混乱していたと思う。
「てか、もうどうすりゃいいの…」
「とりあえず警察に電話だな、あそこの
上流の場所は目立ちやすいから、きっと
すぐ見つかるさ。」
「ふーん…」
私は遠くの川をぼーっと見つめていた
こんなにも広大な川なのに、あんなに
狭く見えてしまうなんて。
何も知らなかった自分が、ちっぽけに映る
「なんだ、まだ釣りをしたいのか?」
「さすがにそんな気分にはなれないよ、
今はただ、見てたいだけ。」
颯斗は何かを聞く時、最初に
「なんだ」をつける口癖がある。
だからたいてい何について聞こうとして
いるのか分かってしまう。
「ところで安悟、飯が遅くないか?」
言われてみれば、遅い、何かトラブルが
あったのだろうか。
そう噂していると、ちょうど
料理が運ばれてきた…けど
「ごごごごごめんなさい…!」
実明が慌てながら言う。
運ばれてきたのはところどころ焦げている
オムライスと、灰のにおいがする
カレーライスだった。
「実明…」
颯斗がつい零した言葉だ。
「あはは…料理上手くなくてさ…」
「そうだったなぁ…てか、じいさんは?」
「今は散歩中だよ。この時間帯になると
全部私に任せっきりでさ、なんとかしてよ」
「なんとかしてって…一応お前を引き取って
くれた恩人なんだぞ?少しは恩返ししなきゃ
だぞ〜。」
「へーい…」
実明はだるそうに店の奥へ消えた。
「よしっ!」
いきなり颯斗が大声をあげるもんだから、
体がビクッ!っと反応した
「なんだよいきなり…」
「山で死体探しの旅だ」
「はぁー…」
チャリン…
また1人来店したようだ、よくこんな
ボロいカフェに来ようと思うな…っと
ここは颯斗の妹が働いてるとこだった…
「あれ?」
よく見ると、すごく若い青年だった、
もしかして…
「あれ?健也?」
またもや実明が明るい表情に変わる
「久しぶりー!何してたのさ!」
「お!健也か?」
「うん、久しぶり」
その子は少し髪の伸びた美青年だった、
親に似たんだか…
2人揃って美男美女はずるいなーと
思いつつ、話しかけてみることにした。
「君はどこから来たの?」
健也君は人見知りなのか、一瞬目を逸らして
から話をした。
「僕は北海道から来ました」
「札幌?」
「そうですね。」
…
これ以上会話が続かないかな、
仕方がない、死体探しでもしてやるか
とても丁度いい気温だ、そう思っては
いるが心の温度は絶対零度に近い。
「さっきの上流まで…は厳しいか?」
「それなら、少し山奥へ行ってみたら?」
「…そうするか」
ザッ…
草を掻き分け、踏みにじる音が聞こえた。
(私も行くか)
私は決意を固めて、山奥へと向かった
「はぁ…はぁ…おい、颯斗…まだか」
「おかしーな、死体はあるはず…」
山は、深く潜っていくとだんだん
悪意の塊のようなところに突っ込んで
行ってるような気がして、気が重かった。
「待て…」
「…?」
いきなり颯斗が静止する。
何があったんだ
まさか死体が見つかったのか?
「あったのか?死体。」
「いーや、死体作ってる張本人だ。」
「え?」
死体を作っているということは…
私達の近くに殺人犯がいるということか。
サラッと言うけど、とんでもない事だぞ
「そんなこと、サラッと言うな…!」
私は小声で文句を言った。
「ははは…今更言うのかよ」
私は少し様子を覗いてみた
「ん…」
どうやらその殺人犯とやらは、身長高め…
颯斗と同じで体がごついな…それに
ごついスコップで地面を掘っている。
きっと死体を埋めるつもりなんだろう。
「…あぁ?」
いきなり殺人犯がこちらに視線をやる。
体がビクッ!となり、少し震える
待ってくれ、本当に危ないぞこれ…!
一方、ヤンヤンカフェでは。
「健也、あの事件聞いたことある?」
やっと仕事の忙しいピークを乗り越えた
実明は、健也にあの話を持ちかける
「あの事件?ここら辺で起きたの?」
健也は何も知らない様子で聞いた。
「本当に何も知らないんだね、ニュース
とかでやってなかった?」
確かに健也は札幌からここへ来たため
何も知らないのは有り得なくはなかった
「あー、ニュースでは見たかも、家族が
殺されちゃったやつでしょ?」
「そうそう、あれここの近くなんだよ。」
「そうだったの?忙しくてよく見てない。」
「怖いよね、犯人の特徴は一つだけ掴め
てて、武器は分かんないらしいよ。」
「特徴ってどんな?」
「凄い小柄な人だってさ、その人があの
山で死体を捨てたって…」
実明が指さした大きな山は、2人が
釣りをしている山だった。
「ていうか…あそこの山って」
実明がうすうすとそれを察する。
「嘘…これまずくない…」
私達はただその男の様子を見ていた。
「そろそろか…」
男がやっと喋ったかと思うと、奥から
もう一人の男が出てきた
「おい、もう終わったのか?」
奥から出てきた男はとても小柄だった。
「はい、誰にもバレない山奥ですから。」
「お前…なんでそんな用心しねーの?」
どうやら喧嘩をしているようだ…
「複数犯か…」
颯斗が呟いた
「前に死体を山に隠してたことはバレてん
だぞ?しっかりしろよ、じゃねぇとてめぇ
もこうなるぞ。」
「ひっ…ごめんなさい」
小柄な男が大柄な男をひれ伏すとは…
なんとも異常な光景だ。
「ぐっ!?」
「ちょっ!!」
颯斗がいきなり声を荒げた。
「まずい!」
絶対にバレた…!!
「あ?なんだ?おい」
ザザッ!
私達は一斉に森の中を駆け巡るように
逃げた、この時の逃げ足だけはボルト
よりも早い気さえした。
「どどどどうする!?」
焦りの渦の中私は聞いた
「まずは逃げ切れ!警察を呼ぶのは
それからだ!」
私達はひたすら走った、走って走って、
最終的によく分からない所まで来た。
コンクリーが敷かれているから、一応
歩ける
「はぁ…見ちゃったな..もう引き返せないぞ」
「おう、分かっ」
ズドンッ——-!!!
いきなり重々しい破裂音が山の中から
鳴り響いた。
「ぐぅぅ…!!」
「はっ!?」
いきなり颯斗の肩から血が吹き出たのだ
「は、颯斗!?」
颯斗はもう片腕の方で傷口を抑えながら、
私の腕を引っ張った。
また走ることになってしまった
今日走ったのは何回目だろう。
でも、今は何よりも颯斗の傷が
気になって仕方がなかった
攻撃してきたのはあの狂人で間違い
なさそうだ。
というかなんで私はこんな冷静に
いられるのだろうか。
友達が撃たれたんだぞ?もっと困惑しても…
「悪ぃ、少し病院寄るわ」
「あ、あぁ」
私達は近くの病院へ駆け込んだ。
「…兄さん達、今何してんだろ」
実明が心配そうな口調で話す。
「どうせ昼まで釣りしてるよ、特に
兄さんは釣りが好きだからね。」
ブォォォォ…
飛行機の音が耳に鳴り響く。
それはまるで悲劇の前兆をしらせる
ような…
プルルルル…
カフェ店の電話が珍しく鳴った
「はい、ヤンヤンカフェの実明です。」
健也は通話する様子を見つめていた。
「…はい。」
「…?」
健也は実明の顔色の変わりように違和感を
覚える。
「…嘘でしょ」
「おい、返事しろよ、颯斗。」
あんなに元気だった颯斗が、こんな
短時間で全く生気のない顔へと変貌した。
最悪だ、なんでこんなのに付き合ったんだ。
私が断っていれば…
ガララ…
私が颯斗をじっと見守っていると、寝室の
ドアが開いた。
「様子はどうですか。」
1人の医師が様子を見に来た。
「まさかここらへんで銃撃事件が
起きるとはね…大変ショックでしたよね。
東京からここへ来た時は平和な田舎だと
思ってたけれど、割と物騒です。」
私はその医師の顔を見た
顔が見えないと言うより、髪が伸びすぎ
なようだ。
「…助かる見込みはありますか」
私はやる気を失った声で聞く
「ええ、ありますよ、ただ低い。
でも安心してください、私は日本の
誰よりも腕の利く医者ですから。」
その医者の自信はどこから来るもの
なのかは分からないが、颯斗の命を
一時期その医者に預けることにした。
その医者の人は鳳綜之(おおとり あぜの)
という名前らしい。
綜之さんが言うには、颯斗が受けた
弾丸は、ただの弾丸ではなく。
先端に致死毒が盛られたものだった。
幸い毒の量が少なく、今は生きてるらしい
でも、あの場面を思い出すと颯斗は
私を庇ったように見えた。
この時、安悟と颯斗のふたりは
殺人犯から逃げている最中だった。
「もう追ってこないか…?」
颯斗がそう思いながら振り返ると、
異常な速度で追ってくる1人の小柄な
男がいた。
(このまま一直線に走っていたら
追いつかれるな…。)
颯斗は瞬時に判断し、方向を変えたり
1度別れてみたりと、工夫をしながら
逃げた。
そしてたどり着いたのが颯斗が撃たれた
あの場所だ
「大丈夫か?安悟、さすがにここまで
来れば…」
颯斗は、ふと山を見上げた。
ピカッ…
すると不自然に輝くひとつの光が
一瞬、目に入った
「あれって…」
「安悟………!!!」
颯斗は安悟の目の前に立ち塞がった。
「ていうか、すごい自信ですね。
ミスを恐れたりはしないんですか?」
静かな寝室に安悟の声が響く。
「こんな地方の医者が自信無かったら
頼れないでしょう?たとえ自分が下手
だと感じていても、無理やり自信を
持たせるんですよ。」
髪の毛のせいで目がよく見えないが
多分、笑っていたと思う。
「え、下手なんですか」
「いや、いや…私実績ありますから!
例えですよ、例え。」
その実績とやらが気になった。
それを直接聞くのもなんか失礼な感じ
がして、自分自身で調べることにした。
「ちょっと外に出ます。」
「やめておいた方がいいですよ。
まだ銃撃犯が近くにいるかも…」
「いや、いいんです。」
私は寝室を出た、そして持っている
スマホで「鳳綜之 医師 実績」と
調べてみた。
すると沢山の患者を救った記事が
表示された。
「まじか」
私はそのうちの一つの
「絶体絶命からの救済…命守りの鳳」
と大々的に取り上げられている記事
のサイトをタップして閲覧した。
2年前の2021年の8月9日
◆◐│公園にて、少年が少女を
突き落とし、重症を追わせる事件が
発生。少女の容態は酷く、とても助かる
見込みは無かったという、だがその少女
の命を救いたいという1人の医者が
現れ、ヤンヤン病院で手術を開始した。
その結果手術は大成功、少女は後遺症
なしでの復活ができ、鳳綜之という名が
全国に知れ渡った。という
そんな記事だった。
ていうか、鳳さんのこと知らなかったけど…
私は安堵した、こんなに腕のいい医者が
親友の手術をしてくれるのだから。
手術は明日の午前9時からの開始で、
午前12時終了の予定となった。
病院内をとぼとぼ歩いていると、2人の
男女が急いで病院に入ってきた。
「はぁ…はぁ…あ!あの人!」
そしてその内の一人の女性が俺を
指さした。
「え…私なんか悪いことしました…?」
「颯斗の親友の人だよね。」
どうやら見覚えのある声と姿…
あぁ!あの時の実明と健也か。
頭が真っ白で忘れてしまっていた。
「今どうなってます!?無事ですか」
「今は…状況はよくないけど、絶対に
良くなる。」
ガッ!
「なっ…」
いきなり健也が私の胸ぐらを掴む。
「なんでそんなことが分かるんです!?
あまりに無責任だ。」
健也の目からは涙が溢れていた。
「ちょっと!健也!」
胸ぐらを掴む腕を必死にどこうと
する実明の目からも、涙が溜まっていた。
はは…これじゃ俺が完全に悪者じゃん。
…
おかしい、おかしいだろ。
なんで俺がこんな、こんな目で睨まれ
なきゃいけないんだ、絶対におかしい。
胸ぐらを掴まれている安悟の表情と
言葉遣いが豹変した
「おい、その手今すぐ退け。」
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