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芙月みひろ
280
#普通
野々さくら
57
#女主人公
縁側に夜風が優しく流れ込む。
空には月が輝いて、その柔らかな光が京太郎を照らしている。
見える横顔は、一人の苦悩する青年のそれだった。
咲子は、ドキリとした。
何故か、活動写真館で、京太郎と手を繋いだ時のことが思い起こされる。
咲子の胸が、きゅっと締め付けられた。
「……結局、俺はお咲のこと守ってやれなかった」
京太郎が肩を落とす。
「……いえ!坊っちゃんは私を守ってくれました!」
「守ってなんか。俺は……」
苛立ち頭を掻きむしる京太郎に、咲子は言葉が出なかった。しかし、京太郎は側にいてくれた。咲子を確かに支えてくれたのだ。
「そんなことありません!私の側にいてくれました!」
自然咲子の声も大きくなる。胸の中から沸き起こる気持を伝えようとして。
「……俺はただ、ほっとけなくて……。側にいたかっただけで……」
京太郎は、戸惑いながら言葉を続けた。
「だけど、最後は、中村のおっさん、二代目のおっちゃん……それに父上だ……」
完敗だと言いたげに、京太郎は小さくなった。
「それでも!私は嬉しかったです!京太郎坊っちゃんが側にいてくれて!」
咲子は、声を荒げていた。正直に答えたいと思ったからだ。何故だが、咲子の胸はドキドキと高鳴っていた。
「……坊っちゃんか。そうだよな。俺はまだまだ坊っちゃんなんだよ……」
言って京太郎は俯く。
「だけど、お咲。俺は男だ。でも、まだ一人前じゃねえ!」
続けざまに言って京太郎は、咲子を見た。
「俺、一人前になれるかな?」
射抜かれるような視線に、咲子は息を飲んだ。
胸がまた、苦しいほど高鳴る。
前にいるのは、いつもの坊っちゃんではなかった。
「……お咲。待っててくれるか?俺が一人前になるまで……。俺、俺は、お前のことちゃんと守りてぇんだ!」
「え?」
咲子は返事に詰まった。
守るというのは、秋山男爵からではなく、男としてということなのだろう。
一人の女性として見られている。
そんな京太郎の決意に、咲子は俯いた。頬が自然と染まる。
前にいるのは、もはや、咲子の知っている京太郎ではなかった。
悩みつつも、凛と前を向く青年の姿があった。
そこへ、はははと、大人たちの笑い声が流れてきた。だいぶん出来上がっている。
「わ、私……行かないと……」
とっさに咲子は言っていた。
腰をあげようとした瞬間、京太郎が咲子の腕を掴んだ。
「行くな……!どこにも行くな!俺が迎えに行くまで、側にいろ……」
懇願とは違った、それでいて押しつけとも違う京太郎の勢いに咲子の力は抜ける。
嫌ではなかった。むしろ嬉しかった。
力なくぺたんと座った咲子は、そっと掴まれた腕を見た。
伝わって来る京太郎の体温に、また、トクンと胸が高鳴った。
「は、はい。私……どこにも行きません」
それだけ言うのが精一杯で、咲子は再び俯いた。
「わかってるよ。突然だって。だけどな、言わなきゃ伝わらねえ。だから、だから、俺……」
京太郎は口ごもり、そっと咲子の腕を離す。
二人の間に静けさが襲ってきた。
その暫くの間《ま》を、二人とも俯いたまま受け止めた。
「……私、お側にいます……」
咲子が、ポツリと言った。
「……京太郎様のお側に……」
それだけ言って、咲子は再び立ち上がろうとするが、
「お咲!約束だぞ!待ってろよ!」
京太郎の決意が遮った。
「……はい!待ちます。私、待ってます。京太郎様が一人前になるのを……」
「うん、必ず……」
京太郎は、決意も新たに咲子を見た。
そして、咲子も答えるように京太郎を見る。
互いの視線が重なり合う。ほのかな思いがそこにはあった。
「じゃあー、約束だ」
京太郎が、ぶっきらぼうに小指を突き出してくる。
「え?」
「指切りげんまんだ!」
照れながら言う京太郎へ咲子は、黙って小指を絡める。
どこか恥ずかしそうにしながら──。
指切りげんまん……。
縁側に二人の約束が響いた。
了
コメント
1件
わあ、もう16話なんですね……!夜の縁側でのシーン、すごく良かったです。京太郎くんが「俺が一人前になるまで待っててくれ」って告げるところ、胸がぎゅっとなりました。咲子さんの「お側にいます」っていうセリフも、控えめだけど芯があって素敵。指切りげんまんのシーン、ほっこりしました。二人の距離がちゃんと変わってきてるのが伝わってきて、続きが気になります!