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それから数年が経った。
アパートは相変わらず古びていて、壁紙は黄ばんだまま。住人は少なく、夜になると静けさだけが支配する。
美咲は看護師として忙しい日々を送りながらも、あの夜のことを忘れられずにいた。
「悠真さん……どうしてたんだろう」
ふと、隣の空き部屋の壁に目をやる。壁の割れ目は目立たないが、微かに……呼吸のようなリズムを感じる。
カサ……カサ……
耳を澄ますと、囁きが聞こえる。
「……まだ、見てるよ」
管理人の山本は、悠真の行方を問われても、相変わらず無口で、ただ壁の隙間をじっと見つめるだけだった。
「ここに住む人は、皆、何かを抱えている。悠真も、あの隙間に必要とされただけのことだ」
山本の言葉には重みがあった。隙間はただの壁の割れ目ではなく、そこに触れた者の孤独や願望を吸い込み、静かに閉じ込める存在なのだ。
そして夜になると、アパートに新しい住人が訪れる。
荷物を運び入れる若い会社員、学生……誰もが、古びた木造アパートの静寂に惹かれる。
壁の奥では、悠真と前住人たちの囁きが重なり、微かに新しい“視線”を待っている。
「……まだ、見てるよ」
隙間は今日も静かに呼吸し、誰かを引き込む準備を整えている。
外からは、何も異常は見えない。だが、壁の向こうでは確かに、時間も場所も超えた“何か”が待っていた。