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「ありがとうね、心野さん。付き合ってもらっちゃって」
「いえ、別に……」
心野さんは約束通り、放課後にちゃんと僕に付き合ってくれた。そして今、僕達はファミリーレストランにいる。
そう。あの時と同じお店だ。なんだか遠い昔のことのように思える。つい最近のことのはずなんだけど、不思議だ。
でも、今はこの前とちょっと状況が違っている。心野さんが不機嫌というか仏頂面というか、元気がないということだ。
いや、相変わらず前髪で顔を隠してしまっているから仏頂面を確認できてはいないんだけれど、なんとなく分かるんだよね。確信を持てる程に。
まあ、それはさておき。僕はこれからどうしたらいいのか、どうするべきなのか。それを考えていた。色々と順序立てて考えてはいるんだけど、正直なところ、その順序が頭の中でこんがらがってしまって、上手く整理ができない。
でも、まずはこれかな。
「……どうしたんですか、但木くん?」
僕は席を立ち、できるだけ心野さんに近付いた。そして床にぺたりと座り込み、正座。そのまま、両手を床について、頭を下げた。
THE・土下座である。
「え!? え!? た、た、但木くん!? ど、どどど、どうしたんですか!?」
慌てふためく心野さんだったけれど、これが僕が考えた末の、最大限の謝罪の仕方だった。軽く語っているように感じるかもしれないけれど、これでも反省しているのだ。心野さんを、僕は傷付けてしまったのだから。
「心野さん! 本当に、本当にごめんなさい!!」
「……へ?」
ものすごく感じる、周りにいるお客さんの視線を。それはもう痛い程に。でも、そんなことを気にしている場合じゃない。場合じゃないんだけれど……。
さっき心野さん、『へ?』って言わなかった? どういう意味なんだろう。もしかして、『そんな土下座程度では許しません』的な感じ?
まあ、そんなの関係ない。僕は謝るんだ、心野さんに。
「心野さん。傷付けちゃって、本当にごめんなさい! 具合が悪いって言ってたのに、先に帰しちゃったりして。一緒に帰るべきでした。送っていくべきでした。本当に、本当にごめんなさい!!」
「……へ!?」
あれ? やっぱりさっきと同じ反応が。
「た、但木くん! あ、あのですね、何か勘違いしてます!」
そう、心野さんは言った。勘違い?
「あ、あの、聞いてください! 違うんです! そ、そ、そうじゃないんです! ただ単に、私が弱かったんです! それに、こ、こ、こここ、怖かったの!」
「こ、怖かった……?」
「うん、そう。怖かったです……。但木くんが、私から離れていっちゃうことが……怖くて、怖くて……それで、逃げ出しちゃいました。本当に、嫌になります。こんな弱い自分を、嫌いになります」
僕が、心野さんから離れる……? それが怖かった? ちょっと頭の整理ができない。ごちゃごちゃしてきた。
と、思っていた矢先。
「こ、心野さん!?」
心野さんはソファー席から立ち上がり、そして正座。大体お分かりだとは思うけど、一応説明。全く僕と同じことをしたのである。
THE・土下座。by心野さん。feat.僕
さっきから周囲の目がコチラに集まっていると気付いてはいたけど、その視線の数がより増えてるような……。
なので僕は今の状況を俯瞰して観察。うん、どこからどう見ても奇妙だ。もしかしたら、ファミリーレストランで土下座をし合う高校生って、僕達が日本で初めてかも。ある意味、ギネス級の偉業を成し遂げてしまったのかもしれないな。
と、そんな冗談は置いておいて。
「こ、心野さん。とりあえず土下座はやめて二人でちゃんと座り直そうか。今の僕達、ものすごく目立っちゃってるから」
「め、目立って――ああっ!!」
どうやら状況を把握したらしく、心野さんの耳は真っ赤に変化。あせあせと、元通りにソファー席に座り直した。そして両手で顔を覆い隠す。
「わ、私、人生で初めて注目を集めました。でも、こんな注目のされ方だなんて……嬉しくもなんともない……。これって全部、但木くんのせいですからね!」
「えー!? ぼ、僕のせいになっちゃうの!?」
「そうですよ! あ、今から店員さんを呼びます。この大きなパフェを注文させてもらいますから。もちろん、但木くんの奢りで!」
頬をプクリと膨らませ、心野さんは追加注文。しかもパフェだけじゃなく、パンケーキとアイスも追加して。
「あ、あのー、心野さん? そんなに食べたら太る――」
「いいんです! やけ食いです! 全くもう!」
や、やけ食いって……。確かに心野さんに土下座をさせて変な注目を浴びせてしまったかもしれない。だけどそれ、どう考えても僕だけのせいではないような。
それに、確認しておかないと。
「ちょ、た、但木くん! どこに行くんですか!? 勝手に帰ったりしないでくださいね!」
「大丈夫、帰らないよ。ちょっとお手洗いにね」
僕はお手洗いの個室に入り、財布の中身を確認。うん、全然足りない……。今の内にATMに行かなきゃ。猛ダッシュで!
* * *
「ま、まだ食べてる……」
一度お店を出て急いでコンビニのATMに向かい、お金を下ろして戻ってきたわけだけれど、心野さんは未だに暴走モード中だった。暴走モードというか、ただのやけ食いだけど。
パンケーキ、アイス、そして、まるでエッフェル塔のような巨大なパフェをパクパクと食べていった。やけ食いにも程があると思うんですけど……。
「全くもう! 全くもう!」
心野さんは文句を言いながら、どんどん食べ進めていった。でもこれ、本当に全部食べきれるのかな?
と、思っていたら。
「こ、心野さん!? どうして店員さんを呼ぼうとしてるの!?」
まだ全てを食べ切っていないにも関わらず、店員さん呼び出しボタンに手を伸ばした心野さん。いやいや、さすがに食べ過ぎだって! それに、僕にも切実なお財布事情が……。
「もちろん追加注文です! これと、これと、これを!」
「や、やめて! ううん、やめてください心野様! お願いですから! このままだと僕、破産しちゃう! それに、いくらなんでも食べ過ぎだって!」
「う……」
一度ボタンに手を置いた心野さんだったけれど、どうやら僕の願いは通じたみたいだ。さすがに、まあ、ねえ。
「す、すみませんでした……」
「う、うん。ありがとう。って、え!? どうして結局、ボタン押しちゃうの!?」
「はい。但木くんに言われて、さすがに私も食べ過ぎだと思いまして。だからこのプリンだけにしようかと」
ぼ、僕の願い、全然通じてなかったのね。
* * *
「ふう……ちょっとスッキリしました」
「そ、それは良かったね」
心野さんのテーブル前には、空っぽになったお皿がずらりと並んでいる。つまりは全てを完食した、ということだ。
女子は甘い物は別腹だとよく聞くけれど、本当だったのね。でも、この小さな体のどこに、これらのスイーツは入っていったのだろうか。宇宙だろうか。それともブラックホール的などこかだろうか。
改めて思う。女子って、すごい。
「ねえ、心野さん。どうしてそんなにやけ食いするくらいに腹を立ててたの? 僕のせいで変な注目を浴びたからだとは言ってたけどさ。でもそれ、絶対に嘘でしょ? 違う理由が他にあるはず」
という僕の質問を聞いて、心野さんは何かを考えるようにして一度天井を見上げ、そして首を傾げた。
「……あれ? なんででしたっけ?」
「えーー!?」
「いえ、食べたらなんだかスッキリしちゃいまして。忘れちゃいました」
心野さん、完全に忘却の彼方。怒った理由、空っぽ。そしてこの後、僕の財布の中も空っぽになるだろう。
だけど――
「あはあはは! あー、おかしい」
「な、なんで笑うんですか!?」
「ううん、なんか心野さんらしいなって」
「ぶーっ。私らしいってなんですか? やっぱり但木くんは意地悪です」
意地悪で結構。これからもどんどん意地悪なことをしてあげるよ。だってそうじゃないか。今まではずっとこんな感じだったんだから。
僕にとって、これ以上の喜びはないんだよ。
「さて。じゃあ心野さん。スッキリしたところだし、教えてくれないかな? どうして僕が心野さんから離れちゃうと思ったの?」
「だって、その……凛花さんでしたっけ? 但木くんのこと、好きだったんですよね? あんなに可愛い人から告白されちゃったら、凛花さんと、お、お付き合いするんだろうって……」
音有さんの言う通りだった。そっか。心野さん、僕に対して嫉妬してくれていたんだ。さすがは幼馴染というか、聖女様と言うべきか。心野さんの性格を熟知している。
僕の愛のキューピッドになると言っていたにも関わらず、どさくさに紛れて先に友野と恋人同士になっちゃったけどね!
「そんなわけないじゃん」
「……え?」
そう、否定だ。ハッキリと否定できる。心野さんが帰ってしまった後だったから知らないだろうけれど。凛花さんは彼氏持ちなんだ。
「それ、完全に心野さんの勘違いだよ? 凛花さんとは何もないし、付き合ってもいない。もし告白されたとしても、僕はたぶん断るかな」
「こ、断る……」
そう、断るに決まっている。その理由は――
「付き合うんだったら、僕は心野さんがいいな」
「わ、私と!? 私とですか!?」
言えた。やっと言うことができた。友野に言われてからずっと考えていたんだ。整理していたんだ。僕が抱いている、心野さんに対する感情を。そして、分かった。
僕は心野さんのことが好きだ。大好きだ。こんな感情を覚えたのは生まれて初めてだったから気付けなかった。だけれど、ようやく理解できた。
僕は心野さんに恋をしているんだと。
「そ、それって……も、もしかして私への、こ、こくは――」
「ううん、違う。こんなファミレスで告白なんて、僕はしたくない。だから今度、僕と一緒に遊びに行ってくれないかな? ほら、もうすぐ ゴールデンウィークじゃん? ……オーケーしてもらえるかな?」
心野さんはブンブンと勢い良く頷いてくれた。良かった。
そして、僕は心野さんに右手を差し出した。不思議そうに首を傾げて「ど、どうしたんですか?」と訊いてくる。
「うん、仲直りの握手って言えばいいのかな? でもよくよく考えてみたら、別に僕達ケンカしてたわけじゃないんだけどね」
「そうですよ、私達ケンカなんかしてませんよ?」
「そう、僕と心野さんはケンカなんかしてない。ただの心のすれ違い。じゃあ、誓いの握手ってことでどうかな? 僕は絶対に、心野さんから離れたりしないっていう誓いの握手。どう? 僕と握手してもらっていいかな?」
心野さんはちょっと恥ずかしそうに、だけど、とても嬉しそうにして言葉を返してくれた。迷うこなく、躊躇することなく。
「はい! もちろんです!」
僕の差し出した右手に、心野さんも右手を出して、しっかりと、そして力強く握りしめてくれた。まるで僕の心を離さないかのようにして。
でも僕、すっかり忘れていたんだよね。
「こ、心野さん!!」
僕の手を握ったその瞬間、心野さんは噴水の如く、大量の鼻血を吹き出してしまった。そしてそのまま、コテンとソファー席に横たわった。
「た、但木くんの手を握るの久し振りだったので、つい……。あ、見えます。また三途の川です。お迎えがやってきたみたいです……」
「お迎えって……。ちなみに今、心野さんには誰が見えてるの?」
「お、オールスターです……」
オールスターって……。今、心野さんには一体何が見えているんだろう。そもそも、オールスターって何さ?
でも良かった。心野さんはやっぱり心野さんだった。
そう。僕が大好きな、そのままの心野さん。
僕はこの女の子に、生まれて初めての感情を抱いたんだ。
恋という名の感情を。