第2話:デュラハンの自由奔放と契約の代償
雨は上がり、灰色の東京の朝が街を包んでいた。橘樹龍樹は目を覚ますと、布団の中で昨日の出来事を反芻していた。化け物の襲撃、頭のない騎士――デュラハンとの契約、そしてあの赤く光る力。
「……夢じゃなかったんだな」
龍樹は布団から這い出すと、全身を伸ばした。まだ違和感が残る。手のひらを見れば、かすかに黒い紋様が浮かんでいる。ラ・イル・リンバス──あの力の残滓だ。
だが、朝食をとろうと台所に立つと、冷蔵庫の上からデュラハンが降りてきた。頭は相変わらずなく、鎧が光を反射している。
「……おはよう、デュラハン」
「おはようでは済まないぞ。今日からお前の訓練は始まる」
その瞬間、龍樹は思った。契約とは、ただの力の授与ではない。自由奔放な悪魔との生活そのものが、もう始まっていたのだ。
デュラハンは朝から台所の皿を飛ばし、トーストを空中で焼き、勝手に蜂蜜の瓶を空中で操る。龍樹は慌てて皿を受け止めながら思わずツッコミを入れる。
「ちょ、ちょっと!まだ朝のコーヒーも飲んでないのに!」
「手を抜いても世界は救えないぞ。お前が力を制御できなければ、人間など一瞬で壊滅する」
自由奔放な行動に反して、デュラハンの言葉は冷静で重い。悪魔の力は強大だが、制御しなければ人間にとって危険そのものだという現実を、龍樹は痛感する。
訓練は、雨上がりの公園で行われた。デュラハンは地面に大斧を突き立てると、龍樹に向かって低く告げた。
「お前は力を恐れてはいけない。感情と融合するのだ。喜び、怒り、悲しみ……すべてを力に変えろ」
「わ、わかるけど……どうやって?」
龍樹が疑問を口にすると、デュラハンはゆっくりと黒いオーラを放つ。手を振ると、空気が歪み、地面の砂が渦を巻いた。
「その力を感じろ。お前の感情が流れれば、力は暴走しない。逆に制御できる」
「感情と融合……」
龍樹は深呼吸をし、胸に浮かぶ恐怖と不安を意識した。その瞬間、黒い光が体内を駆け巡り、手のひらに力が宿る。彼は初めて、自分の意思で黒い刃を作り出し、空中に浮かべることに成功した。
「……できた?」
「よし、その調子だ。次はもっと現実的な相手を用意する」
その時、遠くで人々の悲鳴が響く。街中に異形の影が現れ、ビルの間を飛び交う。アンチエコノミーの尖兵が活動を始めたのだ。
「龍樹、行くぞ」
「う、うん!」
二人は駆け出す。デュラハンの力で体は軽く、視界の端に赤い光がちらつく。龍樹は初めての本格的な戦闘に心を躍らせながらも、恐怖を感じた。
「まずは一体ずつだ。焦るな」
「わかった……!」
化け物は群れで襲いかかる。龍樹は手を振ると、黒い刃が飛び出し、斬撃を繰り出す。デュラハンが斧を振るうと、化け物は断末魔を上げて崩れ落ちる。初めてのバトルにもかかわらず、力は確実に制御できていた。
戦闘の後、龍樹は地面に膝をつく。体の奥で微かに痛みが走る。デュラハンが近づき、頭部の空洞から低く響く声で言った。
「力には代償が伴う。お前の体はまだ慣れていない。無理をすれば心も体も壊れる」
「代償……?」
「そうだ。力は強ければ強いほど、制御を誤れば人間を傷つける。それがお前の選択だ」
その言葉に、龍樹は胸を締め付けられる。だが、同時に心に決意も生まれた。
──俺は、この力で人々を守る。
その夜、幼馴染の真田紗夜が龍樹のアパートに訪れた。雨上がりの街角から自転車で駆けつけ、心配そうな顔を見せる。
「龍樹くん、大丈夫?怪我してない?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっと訓練中に擦りむいたくらい」
「ふぅ……よかった」
彼女は髪を濡らしながら笑う。龍樹は思わず胸が高鳴る。彼女の存在が、普通の生活の象徴であり、同時に自分の心を守る灯火でもあるのだと感じた。
「……あの、紗夜」
「なに?」
「俺……少し、強くなりたい」
「強く……?」
「うん、人を守れるように。絶対に……」
紗夜は黙ってうなずき、手をぎゅっと握った。その手の温もりが、龍樹の胸に新たな力を宿らせた。
しかし、街の暗がりでは、黒い影が密かに動く。アンチエコノミーの上層部が、龍樹の力の存在を知り、興味深く観察していた。
「面白い……現人界の適応者か。あの力、利用価値は大いにある」
龍樹はまだ知らない。自分が世界の均衡を変える存在となり、八界を巡る運命の渦に巻き込まれることを――。






