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第34話:おじさんのリアル、アイドルを論破する〜底辺の神髄と、天使の涙〜
「俺が……今、一番怖いのは……消費税(一千万円の壁)だァァァァァァァァッ!!!」
十万人のアリス騎士団(ファン)が固唾を呑んで見守る中、俺は三十万円の経費PCに繋がれたマイクに向かって、魂の底からの絶叫を叩きつけた。
一瞬、十万人が集う配信のチャット欄が、完全にフリーズしたかのように動きを止めた。
星乃宮アリスにすり寄る気満々の媚びた発言でもなく、炎上上等の過激な発言でもない。
ただの、四十歳の個人事業主による「税制へのリアルすぎる恐怖」。
数秒の重すぎる沈黙の後。
堰を切ったように、両チャンネルのコメント欄が過去最大の大爆発を起こした。
『は????wwww』
『消費税wwwwww』
『おっさん、スケールが底辺すぎるwww』
『1000万の壁にビビるインフルエンサー初めて見たわ』
『炎上よりインボイス制度に怯える男』
『姫へのセクハラとかじゃなくて、ガチの確定申告の心配してて草』
『おい騎士団! 武器を下ろせ! こいつただの税務署に怯える小動物だ!!』
「……っ、ふふっ、あははははっ!!」
スピーカーの向こう側から、アリスの堪えきれない爆笑が響き渡った。
清楚系アイドルの完璧な仮面が少しだけ剥がれ落ちた、あの深夜のディスコード通話で聞いたような「素」の笑い声。
『あー、お腹痛いっ……! さすがルシフェルさん、最高です! アリスの騎士団のみんなも、ルシフェルさんがどんな人か、これで分かってくれたかな?』
アリスの笑い声につられ、殺気立っていた騎士団たちのコメントも、明らかに「なんだこの面白いおっさん」という好意的なものへと変わっていく。
よし、いける。この「税金に怯える面白おじさん」のポジションを死守すれば、大炎上という名の社会死は免れるぞ!
俺が密かに安堵の息を吐き、冷や汗を拭った、その時だった。
『でもね、ルシフェルさん』
不意に、アリスの声から笑い声が消え、少しだけしんみりとしたトーンに変わった。
何万回と練習したであろう、ファンに「アイドルの儚さ」をアピールするための声。
いや、事前の裏通話で彼女の「素顔」を知っている俺には分かる。それは、彼女が抱える本当のプレッシャー(SOS)を、配信用のオブラートで何重にも包み込んだ声だ。
『私、ルシフェルさんのそういう素直なところが、本当に羨ましいんです』
「え……?」
『私なんて、毎日百万人の方に見られていると思うと……時々、その期待の重さに押し潰されそうになっちゃって。もし私が一つでも間違えたら、みんな離れていっちゃうのかなって。夜も眠れなくなるくらい、怖い時があるんです。……アイドルって、本当にちっぽけで、弱い生き物なんですよ』
チャット欄が『そんなことないよ!』『俺たちは絶対離れない!』『アリスちゃんは俺たちが守る!』という、騎士団たちの熱いコメントで一瞬にして埋め尽くされる。
本来なら、ここでコラボ相手である俺も「そんなことありませんよ、あなたは素晴らしいアイドルです」と優しくフォローを入れるのが、VTuber界隈における大正解の立ち回りだ。
だが。
俺の脳内に染み付いた『底辺の記憶』が、理性を吹き飛ばした。
深夜の通話で「マジで息詰まる」とアイコスをふかしていた彼女の姿と、今の「ちっぽけで弱い生き物」という設定が脳内でコンフリクトを起こし、気づけば口が勝手に動いていた。
「……甘えんな」
『えっ?』
「期待の重さに押し潰されそう? 毎日見られてて怖い? 寝言は寝て言え!!」
俺の怒号に、十万人のチャット欄が再びピタリと止まった。
騎士団たちが「こいつ、うちの姫になんて口を利いてるんだ」と激怒するよりも早く、俺は三十万円のマイクに食ってかかった。
「お前を監視してる百万人ってのはな、お前のことが『好き』で、お前を『応援したくて』集まってる連中だろうが! それのどこが怖いんだよ! 贅沢病も大概にしろ!」
『ル、ルシフェルさん……?』
「いいか!? 俺が昔働いてたブラックなコールセンターじゃな、毎日毎日、顔も見えねえ何百人ものクレーマーから理不尽に怒鳴られ続けて、最後はストレスで胃に穴が開いてナマポ(生活保護)行きになったんだぞ! 好きで集まってる連中のプレッシャーなんてな、あの地獄のクレーム電話のコール音に比べたら、天国のBGMみたいなもんだ!」
俺はダンボールの壁をバンバンと叩きながら、さらに声を張り上げた。
「お前は間違えたらファンが離れるのが怖いって言ったな! 離れたらどうなる!? 減っても死なねえよ! 明日の飯が食えなくなるわけじゃねえだろ!」
俺の脳裏に、これまでの絶望的な日々がフラッシュバックする。
「こっちはな、毎月『お前は本当に働く気があるのか』ってゴミを見るような目で監視してくる市役所のケースワーカー(鈴木さん)と、一円の狂いもなく命(カネ)を削りに来る国税庁の調査官に怯えて生きてんだよ! 一歩間違えて税金が払えなくなったら、社会的に殺されて北海道の雪の中で本当に凍死するんだよ!!」
息継ぎも忘れて、俺は魂の底から叫び続けた。
「アイドルとしての重圧だか何だか知らねえがな! そんなもん、明日食う飯と来年の税金に怯える底辺のリアルから見たら……ただの『かすり傷』だ!! 痛くも痒くもねえ!! お前は恵まれてる! だから、下向いて泣き言言ってんじゃねえ!!」
ハァ、ハァ、と荒い息を吐きながら、俺はハッとして自分の口を両手で覆った。
……やらかした。
完全にヒートアップして、トップアイドル相手に本気で説教をぶちかましてしまった。
終わった。今度こそ、十万人の騎士団に八つ裂きにされる。裏通話で「ストレス発散のサンドバッグになってね」と言われていたのに、逆に俺から殴りかかってどうするんだ。
俺は絶望に目を閉じ、即座にPCの電源ケーブルを引っこ抜いて夜逃げする準備をした。
だが。
スピーカーから聞こえてきたのは、騎士団の怒号でも、アリスの怒る声でもなかった。
『……っ、ひぐっ、ぅ……』
「……え?」
『っ……ふふ、あははっ……! ほんとだ、私……なんて、贅沢な悩み……っ』
スピーカー越しに、アリスが鼻をすする音。
そして、彼女は本当に心の底から憑き物が落ちたように、涙声で笑い始めたのだ。
『かすり傷、ですね……っ。私、みんなに愛されてるのに、勝手に怖がってただけなんだ……。ルシフェルさんの、その、税務署からの取り立ての恐怖に比べたら……私なんて、すっごく幸せじゃないですか……っ』
「お、おい、アリス? お前、泣いて……」
『泣いてないですっ!……ただ、おじさんの説教が、あんまりにもド底辺すぎて、安心しちゃって……っ。ありがとうございます、ルシフェルさん。私、明日からも、トップアイドル、頑張れます……!』
彼女のその言葉は、完璧なアイドルの演技でもなんでもない、一人の少女としての純粋な感謝の涙だった。
その本物の感情は、画面の向こうにいる十万人の騎士団たちにも、痛いほど伝わっていた。
『え……アリスちゃんが、泣き止んだ?』
『いつも無理して笑ってた姫が、心底スッキリした声出してる……』
『かすり傷……そうか、俺たちの愛はプレッシャーじゃなくて、姫を守る鎧なんだな!』
『おっさん……お前、うちの姫の心の重荷を、底辺の屁理屈で吹き飛ばしてくれたのか……?』
『ルシフェル……お前、最高にカッコいいダサさじゃねえか!!』
「……は?」
次の瞬間。
俺の目の前のデュアルモニターが、かつてない極彩色の光に包まれた。
『スーパーチャット:50,000円(うちの姫を救ってくれてありがとう!)』
『スーパーチャット:10,000円(この金で税金払え! コールセンターのおっさん!)』
『スーパーチャット:50,000円(アリス騎士団より、納税の足しにしてくれ!)』
『スーパーチャット:10,000円(かすり傷名言すぎたぞ! 鈴木さんによろしくな!)』
十万人のアリス騎士団たちが、姫を救った「底辺の恩人」に対し、感謝の赤スパ(五万円の投げ銭)を雨あられのように乱れ撃ち始めたのだ。
金額は、数十万、いや、一瞬で百万の壁を突破していく。
「お前ら……!」
俺は三十万円のゲーミングチェアから立ち上がり、カメラに向かって涙目で絶叫した。
「だからスパチャ投げんなって言ってんだろォォォ!!! 今年の売上が一千万超えたら、消費税払わなきゃなんなくなるんだよ!! お前ら俺を助けるふりして、俺を税務署という名の処刑台に送ろうとしてるだろォォォ!!」
『wwwwwwwww』
『おっさんの悲鳴助かる』
『納税おめでとう!!!』
『アリスちゃん、このおっさん最高だな!』
『あはははっ! ルシフェルさん、いってらっしゃい、消費税の壁の向こう側へ!』
十万人の大爆笑と、トップアイドルの澄み切った笑い声。
そして、無慈悲に降り注ぐ札束の雨。
北海道の四畳半要塞で、四十歳の新米個人事業主は、またしても己の魂の叫びによって「大金(とそれに伴う税金)」を引き寄せてしまうのだった。
コメント
1件
わあ、第34話、めちゃくちゃ面白かったです…!消費税の壁に怯えるおじさん、強すぎる(笑)。アリスが「かすり傷」って言葉で憑き物が落ちたように笑ったシーン、じんときました。底辺のリアルでアイドルの重圧をぶった切る展開、痛快でしたよ。スパチャで税務署送りにされるオチも最高です。ゆうきさん、今回も泣き笑いさせてもらいました🌷
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ゆうき あきや
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