テラーノベル
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アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。
ポトマック川の畔に佇むホワイトハウスの地下深く、世界最強の軍事力と情報を統べる『シチュエーション・ルーム(危機管理室)』は、早朝から異様な熱気に包まれていた。
壁一面の巨大モニターには、中東シリアから衛星経由で転送されたばかりの戦闘記録映像(ガンカメラ・フッテージ)と、生々しいバイタルデータが表示されている。
部屋の中央、マホガニーの円卓を囲むのは、ロバート・“ボブ”・ウォーレン大統領、ダグラス首席補佐官、エレノアCIA長官、そして特殊作戦軍(SOCOM)司令官のマクガイバー大将をはじめとする軍最高幹部たちだ。
彼らは食い入るように画面を見つめ、時折、信じられないものを見るかのように息を呑んでいた。
「……報告を」
ウォーレン大統領が短く促した。
その声には、興奮と戦慄が入り混じっていた。
エレノア長官が立ち上がり、レーザーポインターでスクリーンを指し示した。
「はい、大統領。
先ほど、シリア北部アレッポ郊外にて、第75レンジャー連隊の強行偵察小隊が、中国の支援を受けた武装勢力の大規模な待ち伏せ攻撃を受けました。
敵兵力は推定150名以上。対する味方は12名。
戦力比は1対10以上。地形的にも完全な包囲下にある、絶望的な状況でした」
エレノアは一呼吸置き、力強く告げた。
「ですが……結果は『米軍の圧勝』です」
画面が切り替わり、戦場後の様子が映し出される。
累々と横たわる傭兵たちの死体。破壊された敵車両。
その中で、煤と血にまみれながらも整然と隊列を組み、撤収準備を進めるレンジャーたちの姿があった。
「味方の損害は車両全損4。
しかし人的被害は……死者ゼロ。
重傷者ゼロ。
全員が自力歩行可能で、戦闘継続可能な状態です」
「ゼロだと……?」
空軍参謀総長が絶句した。
映像を見る限り、車両は蜂の巣にされ、隊員たちも何度も被弾している。
普通なら全滅していてもおかしくない状況だ。
「はい。
全ては日本から供与された新兵器――『バンドエイドMK3』の力です」
マクガイバー大将が興奮を抑えきれない様子で補足した。
「詳細な戦闘ログを確認しました。
部隊長のホーク大尉は戦闘開始直後に腹部を撃ち抜かれ、さらに迫撃砲の破片で大腿動脈を損傷しました。通常なら即死、良くてもショック死です。
ですが彼はMK3を使用し、わずか1分で戦線に復帰。
その後、40分間に及ぶ死闘の中で、さらに3回――胸部、左腕、右足に致命傷を負いましたが、その都度MK3を投与し、その場で治療を完了させました」
スクリーンにホーク大尉のバイタルグラフが表示される。
心拍数が停止寸前まで落ち込んだ直後、垂直に跳ね上がり正常値に戻るという異常な波形が4回、繰り返されている。
「致命傷を4回治療して戦闘に復帰……。
まるでゲームのリスポーン(復活)だな」
ウォーレンが呻く。
「これは兵士じゃない。
不死身の怪物(アンデッド)だ」
「その通りです、大統領。
現場からは『ゾンビ戦法』という報告が上がっています」
エレノアが分析結果を読み上げる。
「MK3の効果は、単なる傷の修復に留まりませんでした。
投薬後、約10分間持続する『自己修復フィールド』とも呼ぶべき副次効果が確認されています。
一度体内に取り込まれたナノマシンは血流に乗って全身を巡回し、新たな傷ができる端から即座に修復を開始します。
つまり効果時間中は『歩く再生炉』状態になるのです」
「10分間の無敵時間か……」
ダグラス首席補佐官が頭を抱えた。
「しかもMK3には強力な『酸素運搬機能』が含まれていました。
血液の代わりとなる人工赤血球ナノマシンが、失われた血液の機能を120%代行します。
これにより全身の血液の半分を失っても、酸素欠乏による意識喪失や運動機能の低下が起きません。
輸血パックも酸素ボンベも不要です」
「凄まじいな……」
ウォーレンは手元のコーヒーカップを握りしめた。
「不利な待ち伏せを40分の死闘で覆し、敵を殲滅する。
核兵器より強力だ、エレノア。
核は一度使えば終わりだが、これは何度でも兵士を蘇らせ、敵の心を折る。
……素晴らしい成果だ」
大統領の目には、かつてない野心的な光が宿っていた。
この技術があれば、アメリカ軍は真の意味で「無敵」になる。
死傷者を恐れる世論の足かせからも解放され、世界の警察官としての役割を、より強硬に遂行できる。
「現場の兵士たちの士気も最高潮です」
マクガイバーが報告する。
「『俺たちは死なない』という確信が、彼らを勇敢に、そして冷酷にしました。
躊躇なく敵の懐に飛び込み、至近距離で制圧する。
恐怖を感じない兵士ほど恐ろしいものはありません。
……まさに不死身の兵士です!!!」
部屋中が称賛と熱狂に包まれた。
たった1万個の「灰色の薬」が、世界最強の軍隊をさらに上の次元へと進化させたのだ。
◇
「日本側への報告は済んでいるのか?」
ウォーレンが尋ねた。
「はい。
先ほどホットラインを通じて、内閣官房の日下部参事官に詳細なデータを送信しました」
エレノアが答える。
「反応は?」
「驚いていました。
いえ、正確には『絶句』していました」
エレノアはモニターに日下部との通信ログを表示させた。
――『……即死しない限り、外傷治療がここまで戦況に影響するとは』
日下部の驚愕の声がテキストとして記録されている。
「日本側も、ここまでの実戦データは持っていなかったようです。
死刑囚を使った実験や散発的な事故での使用経験はあっても、極限状態の戦場で兵士がドーピングのように連用するケースは想定外だったのでしょう」
「なるほどな。
開発者自身も気づいていなかった『兵器としての真価』を、我々が証明してやったわけか」
ウォーレンはニヤリと笑った。
「10分の外傷治療効果も凄いが、それを戦術に組み込んだ現場の判断も見事だ。
不死身の兵士とは、まさにこれのことだな。
特殊部隊が不死身か……。
バンドエイド、恐るべしだな……」
彼は改めてこの技術の重要性を噛み締めた。
そして同時に、この技術を狙う者たちへの怒りが、静かに、しかし激しく燃え上がった。
「……さて。
良いニュースは、ここまでだ」
ウォーレンの声色が一瞬で氷点下まで下がった。
部屋の空気が張り詰める。
「悪いニュースの話をしよう。
中国だ」
エレノアが頷き、別の資料を提示した。
そこには今回の襲撃を指揮した中国MSSの通信傍受記録、現地工作員の動き、さらにはダークウェブ上で出回っている「懸賞金」の情報が網羅されていた。
「状況は明白です、大統領。
今回の襲撃は偶発的なものではありません。
中国政府が国家の意志として仕掛けた『強奪作戦』です」
エレノアは一枚の手配書(ウォンテッド・リスト)を指差した。
「彼らは『バンドエイドMK3』の現物に賞金を懸けています。
1本につき100万ドル。
ケースごとなら、さらに高額な報酬と最新兵器の供与を約束しています。
世界中のテロリスト、傭兵、犯罪組織がこの金に釣られて動き出しています」
「100万ドル……。
我々の兵士の命を金で買おうというのか」
マクガイバー大将が怒りで拳を震わせた。
「許せん。
これは軍事行動だ。
正規軍を使わない『ハイブリッド戦争』だとしても、アメリカに対する直接攻撃に他ならない!」
「その通りだ」
ウォーレンは立ち上がり、机を叩いた。
「中国は一線を越えた。
我々の兵士を殺し、同盟国から供与された最重要機密を盗もうとした。
……これを看過すれば、彼らはさらに図に乗るだろう。
次は日本本土を狙うかもしれない」
彼はダグラスを見た。
「ダグラス。
北京への直通回線(ホットライン)を繋げ。
李総理だ」
「今すぐですか?」
「今すぐだ。
外交儀礼などクソ食らえだ。
直接、警告してやる」
◇
数分後。
ホワイトハウスの地下と北京の中南海が、暗号化された回線で結ばれた。
モニターの向こうには不機嫌そうな顔をした李国務院総理の姿があった。
深夜(北京時間)に叩き起こされたことへの不満と、作戦失敗の報告を受けた直後の苛立ちが見え隠れしている。
『……こんな時間に何用かね、ウォーレン大統領。
時差という概念をご存知ないのか?』
李総理が皮肉たっぷりに先制攻撃を仕掛ける。
だがウォーレンは動じなかった。
彼はカメラを睨みつけ、単刀直入に切り出した。
「挨拶は省略しよう、総理。
単刀直入に言う。
貴国の『汚い手』を、今すぐ引かせろ」
『……何のことかね?
主語が抜けているようだが』
「シラを切るな!
シリアでの襲撃事件だ!
貴国の国家安全部(MSS)が主導し、傭兵を使って我が軍の物資を強奪しようとした件だ!」
ウォーレンの怒号が響く。
李総理は眉一つ動かさず、冷ややかに受け流した。
『証拠はあるのかね?
中東は危険な地域だ。テロリストや盗賊など、いくらでもいる。
それをいちいち中国のせいにされてはたまらんよ』
「証拠ならある。
現場で回収した通信機器、捕虜の証言、そして資金の流れ……。
全て揃っている。
国連の安全保障理事会で公開してもいいんだぞ?」
ウォーレンはブラフを交えつつ、相手を追い詰める。
状況証拠がある。
「それに貴国がダークウェブで出している『賞金』のデータも握っている。
『灰色のインジェクター』に100万ドル。
……随分と気前がいいじゃないか。
それだけの金があるなら、自国の貧困対策にでも使ったらどうだ?」
その言葉に李総理の表情がピクリと動いた。
痛いところを突かれた顔だ。
『……仮にそれが事実だとして。
それがどうしたと言うのだ?
優秀な技術があれば、それを欲するのは国家として当然の権利だ。
貴国こそ日本という同盟国を独占し、人類の共有財産であるべき技術を囲い込んでいるではないか』
李総理が開き直った。
盗っ人猛々しい理屈だが、それが彼らの論理だ。
「共有財産だと?
ふざけるな。
これは正当な同盟関係に基づく技術供与だ。
泥棒に分け与える慈悲はない」
ウォーレンはカメラに向かって指を突きつけた。
「いいか、よく聞け。
これは抗議ではない。
警告だ。
即刻MK3に対する賞金を取り下げろ。
工作員を撤収させろ。
そして二度と我々の補給線に手出しをするな」
彼は一呼吸置き、最も重い言葉を口にした。
「もしこれ以上、同様の行為が続くようであれば……。
アメリカ合衆国はこれを『宣戦布告なき戦争行為』と見なす。
その場合、我々はあらゆる手段を用いて報復する用意がある。
……全面戦争も辞さないとな」
『全面戦争(Total War)』。
その単語が出た瞬間、北京側の通訳が息を呑む音が聞こえた。
李総理の目が細められる。
『……脅しか?
たかが薬一つのために、世界を核の炎で焼くつもりか?』
「たかが薬ではない!
これは我々の兵士の命だ!
そして同盟国との信頼だ!
貴国がそれを踏みにじるなら、我々も相応の覚悟で臨む。
経済制裁、海上封鎖、サイバー攻撃……。
そして必要なら、軍事力の行使もだ」
ウォーレンの目には狂気にも似た決意が宿っていた。
彼は本気だ。
MK3という「不死の力」を手に入れたアメリカは、以前よりも強気になっている。
損耗を恐れない軍隊を持つ国は、外交においてもブレーキが利かなくなるのだ。
『……』
長い沈黙。
李総理は計算していた。
アメリカの本気度と、中国の準備状況。
今、全面衝突すれば分が悪い。
MK3のコピー生産も、まだ成功していない段階で真正面からぶつかるのは得策ではない。
『……分かった。
調査しよう。
一部の過激な分子が暴走した可能性もある。
政府として事態の沈静化に努める』
李総理が折れた。
少なくとも、表向きは。
「言葉だけでなく、行動で示せ。
賞金の取り下げを確認するまで、我々の警戒レベル(デフコン)は下げない」
『……好きにするがいい』
通信が切れた。
真っ暗になったモニターの前で、ウォーレンは深く椅子にもたれかかった。
「……ふぅ。
老いた龍も、まだ死にたくはないようだな」
「見事な交渉でした、大統領」
ダグラスがハンカチで額の汗を拭う。
「ですが、本当に全面戦争を?」
「ハッタリだよ。半分はな。
だが彼らに『アメリカは狂っている』と思わせる必要があった。
不死身の兵士を手に入れて、気が大きくなっているとな」
ウォーレンは空になったコーヒーカップを弄んだ。
「これで中国も露骨な強奪は控えるだろう。
……しばらくは水面下での陰湿なスパイ合戦に戻るだけだ」
◇
東京、首相官邸地下。
日下部はワシントンからの報告を受け、胃薬の瓶を空にしていた。
「……全面戦争も辞さないですか。
ウォーレン大統領も、随分と思い切ったことを言いますね」
彼は苦い顔で呟いた。
アメリカが強気に出れば出るほど、中国の恨みは日本(技術の源泉)に向かう可能性がある。
板挟みのストレスは限界に近い。
「ですが、これでMK3の価値は証明されました。
『国を傾けてでも欲しい』『戦争をしてでも守りたい』。
それだけの価値がある技術だと、世界が認めたのです」
隣に立つ鬼塚ゲンが静かに言った。
彼の体には、オリジナルのMK1が流れている。
彼自身が、その価値の生きた証人だ。
「ええ。
おかげで日本の発言力は飛躍的に向上しました。
ですが……」
日下部はモニターに映るテラ・ノヴァの映像を見つめた。
そこでは工藤創一が新しい工場のラインを建設している。
平和で無邪気な光景。
「彼が新しいオモチャを作るたびに、世界が壊れそうになる。
……次は何でしょうね。
戦車ですか? それとも宇宙船?」
工場の煙突から吐き出される煙は、地球の空を覆う暗雲となって広がっていく。
砂塵の奇跡は、終わりなき軍拡競争の号砲となった。
不死身の兵士たちが闊歩する戦場で、平和という言葉はますます遠く霞んでいくのだった。
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