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イライラした感じで、アジ・ダハーカ、分身と悪巧みが得意な竜が言うのだった。
「違う違う! これは私の真似だ! 自らの分身を他者に対する制約とし使役(しえき)する為の術、その低位のスキルに過ぎない下らない技ですぞぉぅ!」
そう言った後、いつに無く真面目な顔をしたアジ・ダハーカは低く残忍な響きを加えて言葉にしたのであった、コユキに向けて……
「あれは、あの首輪の正体は、監視と支配の二つだけの属性を持った紛い物(まがいもの)にございます、サクッといって問題無いかと…… コユキ様、心酔と陶酔、そして喜悦を織り込んでいない術式など、所詮は紛い物! 下らない偽者にございます…… どうぞ、コユキ様! サクッといっておくんなまし! 私の紛い物など一気に吹っ飛ばしてくださいませぇ!!」
「あ、そうなの! そっか、んじゃ遠慮なく行こうかネ! ヨシっ! 早速、サクっとな!」
チロらしき狼の首輪をサクっといってしまったコユキであった。
例の如く、首輪はシュワ――ッと音を立てつつ消え去って行き、その後は体は秋田犬位に縮み、代わりに全身を漆黒に変じさせた、三つ首の凶悪な狼の獣だけが立っていたのであった。
獣は口を開き、自分の至近にあったパズスへと語りかけた。
「ワレを解放してくれたのか、名も知らぬ魔王よ…… いや、待てよ…… アンタ! オルクスさんとこのお兄ちゃんか? うあ…… 覚えてる? ワレ、サブナックの家にいたケルベロス、クロなんだけど!」
「え?! チロじゃなくて、クロ? あのクロちゃんなの?」
パズスは驚嘆の叫びを短く上げるのであった。
可愛い可愛いチロだと思ったワンチャンは、二軒先のサブナックさん家のクロちゃんであったのだ。
でも、こんな事でへこたれないで有ろう事は、誰でも想像できる事、いや、へこたれないからこそ、パズスはスプラタ・マンユの一柱(ひとはしら)に数えられているのである。
故に彼は重ねて、ご近所だったクロに聞くのであった。
「クロちゃん、チロ、チロは、どこにいるのか教えてくれぃ! この、パズスはチロに会いたいのだよぉ!」
答えてクロが面倒臭そうに言う。
「あー、良くわかんねぇけど、裏にいんじゃね? なんかチロっぽいのいたと思うけどね?」
「さんくすっ!」
コユキと善悪の許可も得ないまま、勝手に裏手に回って行ってしまったパズスには困ったものである、命令系統の大切さを全く、一ミリも分かっていない愚か者だと思えた。
そんな風に考えていた、メンバーの落胆を裏切るように、パズスの喜ぶ声が響いた。
「チロっ!! やっと再び会えたのである! ああ、この毛並み、最早疑うこと無き我が愛しき、獣よ! 我が分かるか? お前の二人と無き主人にして唯一の友、パズスであるぞぉ!」
コユキは言った。
「ねぇ、パズスぅ? 本当にこの子がアンタのチロちゃんでいいのね? 軽く流したけど、アンタさっき間違えちゃって、かなり微妙な立場なのよ? 分かってんの?」
パズスは自身満々に答える。
「御心配をさせてしまい申し訳ありません、なにぶん数十年振りの邂逅(かいこう)ゆえ、先程は無関係の犬をチロと見紛うてしまいました…… 然し(しかし)ながら、今この裏手に回り出会えた、この子こそ、我のチロに他なりません。 どうか、今一度、この忌まわしき首輪を祓い(はらい)、我の生涯の親友たるチロを解放して下さい! お願い致します」
「本当にチロ、ちゃんで合ってんのね? また間違いじゃないのね?」
「当然です! コユキ様が覚えておられるかどうかは存じませんが、ストゥクスの川をダンボールに入れられて流されていた、哀れなチロを拾って育てたのはこのパズスでございます。 他の誰かが見紛うことがあっても、我だけはチロを見間違う事はございません!!」
つい今しがた無関係のご近所の犬と間違えたのに、無かったかの様に主張するパズスの姿に、何故かコユキは清々しさ(すがすがしさ)すら感じてしまうのであった。
「ふ――ん、そうなの? じゃ、まぁいいけど、さっ! サクっとな……」
イマイチ納得しきれない感じでコユキが刺し込んだかぎ棒は、二回目のチロっぽい候補犬の首輪を綺麗に御消滅させたのであった。
瘴気、若(も)しくは魔力の霧が消え失せた後に姿を現したのは……
純白に輝く、一頭の美しい狼であった(サイズは秋田犬位)。
「ん、んん、私は解放されたのですか? あ、あなたはっ!! お隣のパズスさんですよね? 覚えていますか? 私は隣のビフロンスに飼われていたフェンリルでございます。 名はシロです。 この度は良く知りもしない私をお助け頂き感謝に耐えません、有り難く存じます」
そう言って頭(こうべ)を垂れるのであった。