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「それじゃあ“サトル”くん、お姉さんといいコトしよっか」
半年前の事だった。ショッピングモールで迷子になってしまった“サトル”を高浪が誘拐し、荒んだ廃墟らしき一室で自身の欲求を満たそうとしていた。目覚めはしたが縄で縛られていた“サトル”は事態を上手く呑み込めておらず口を半開きにしたまま。
「そんなに緊張しなくていいんだよ? お姉さんが手とり足とり教えてあげるから。ほら───ッ!?」
高浪は異変に気が付いたと同時に身体を動かした。サトルの縄が突如として解けたかと思うと、右手に握られたナイフが高浪の頬を掠める。ひと飛びで背後の壁に背中を預けると、彼女の思考の方向性は切り替わる。
「サトルくん……君、もしかして」
「貴女が何を思い浮かべたのかは分からないけど、この状況はお互いにとって想定外なのは確かだ」
8歳の男児とは思えない、落ち着いた声色でサトルは立ち上がった。どこからか取り出したナイフによって縄は切断され足元に散らばる。彼の外見自体にはおかしな箇所はない。しかし冷たい瞳が高浪を捉えて離さなかった。
「あいにく、僕は8歳じゃない。貴女よりは歳下だろうけど」
「身体の成長が幼い頃のまま止まっている……?」
「ご明察。そういう貴女はこの国で身代金目的の誘拐事件を唯一成功させている人物、と見た」
「バレちゃってるか」
お目当ての子供ではない事にがっかりした高浪は長い溜め息を吐いた。高まっていたはずの欲求もみるみるうちにしぼんでいき、サトルへと示談を持ちかけた。
「ねぇ、君の母親になった人から貰う予定のお金、君にも山分けするからさ。ここは素直に帰ってもらいたいんだけど」
「……仕方ない。できるだけ大事はよそう」
「君って、今までも同じように養子として他の家に寄生したりして生きてきたの? ここは犯罪者同士仲良くしよっか」
警戒心を解いていた。守備範囲外の男には全くもって興味を示さない高浪の性格が出ている。背中を向けて部屋を出ようとした瞬間。再びサトルの身体は瞬発。高浪の背中目掛けてナイフを振りかざした。
「やっぱりダメ?」
だが高浪の警戒心は巧妙に隠されていた。回し蹴りによる唐突な反撃がサトルを襲う。握っていたナイフに命中し吹き飛ばされると、窓ガラスに突き刺さりヒビを生じさせた。
「思ってたより、やるな」
「自分より弱い相手を誘拐するとはいえ、不測の事態にそなえて体は鍛えてるんだよね。あぁ、弱い相手っていうのにはもちろん君も含まれてるよ」
「……クソアマ」
静かに怒るサトルの目線は窓に刺さるナイフに向けられた。持っている武器はあのナイフのみで、体格的に不利なサトルにとっては生命線だ。
サトルくんの小さな身体にどれだけの筋力が詰まっているかは分からないけど、私の方が力押しの対決では勝てるはず。凶器もあのナイフだけっぽいし、ここは大人パワーでのゴリ押しを行いたいところだけど。一つだけ懸念材料。
私は自分より弱い子供を相手にしてきた。
サトルくんは自分より強い大人を相手にしてきたはず。
この心構えの差だ。実戦経験の方の差は不明瞭ではある。でも油断をしてきた回数は、間違いなく私が上だ。
「なら、油断する間もなく一瞬でケリをつける」
「僕の正体を見た貴女は死ななきゃならない……最低でも、道連れだ。僕と一緒に、死ねよ!」
互いに一方通行の会話は交わらない。先に動いたのはサトルで、ナイフを取り戻そうと窓へ走った。高浪は妨害については考えずあえてナイフを譲りその後の対応に集中する事に決めた。サトルがナイフを引き抜くと窓ガラスが崩壊し破片が床に散らばる。それを素手で掴んだサトルは高浪へ投げつけた。
「わっ」
55
#ファンタジー
反射的に顔を腕で覆いガラス片は防げた。しかし次がサトルの本命。ナイフで直接刺すのではなく、こちらも投げを選択した。腕に傷を負わせ、怯んだ隙に押し倒し追撃を仕掛ける。それがサトルの。
「策ってことね」
「なっ!?」
読んでいた高浪は顔を晒し、飛んできたナイフへの対応は。口を大きく開き、上下の歯で食い止めるというものだった。喉に刺さる直前で止める事に成功し、口角を上げるとそのまま飛びかかる。右手でナイフを持ちサトルの首を切り裂いた。
「久しぶりだな、殺すのは」
完全に息の根を止めるために何度も突き立てる。喉を引き裂かれたサトルは悲鳴を上げる事も叶わずあっさりと絶命した。死体の処分も行わなければならない。竹之内への協力を要請した。
「もしもしタケさん? ん、そう。サトルくんはお目当てじゃなかった。子供のフリをした大人だったみたい。後処理はいつもの茶山さんにお願いしてもらっていい? この子の母親をしてた人には殺したって事、私が伝えておくから」
面倒な処理を唐突に任された事についての文句を遮るように、通話を一方的に切った。高浪自身も不機嫌になっていた。大好きなデザート──王道のいちごケーキにカフェラテまで付いてくるそれを食べる直前、実は皿うどんと緑茶なのだと明かされた。高浪は渇きに渇いていた。
「はぁ……せめて身体は触らせてもらおうかな」
成長が止まっている彼の身体は子供のまま。体毛の生えていない細い四肢をまさぐろうとしたその時だった。ズボンのポケットに入っていたメモ帳が床に落ちた。開かれたページへと吸い込まれるように視線が動く。
「赤沼家の家族構成……もう1人のサトルくん?」
両親と比較しても、悟についての記述はボリュームがあるものだった。この時点での悟は放火に手を出していない。ただの不良ではあったが、“今後なんらかの犯罪に手を染めてしまう可能性”について触れられていた。他人に認められたい、その感情が危ういのだと。
「へぇ……私調べだと大人しそうな子に見えたけど。あと気になるのは、この“サトル”くんの更なる正体」
複数の携帯電話番号が連なっている。その数は5つで、何処の誰のものなのかは書かれていない。
「携帯電話は持ってない感じか。それじゃあこの電話番号がなんなのか……これも調べてもらわないとね」
竹之内のマンションの住人はお互いに協力する事もあるにはある。竹之内のお気に入りである高浪に対してはそのサポートも手厚だ。遺体処理、身元調査、逃走経路の確保。複数の人間が協力する事によって身代金目的の誘拐を成功させていた。しかし高浪の、子供を実際に誘導し攫う技術もあってこそだ。
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