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日向 side
僕は驚きで目を丸くしながら、何も出来ずにいた。ワイングラスを握る手がぴたりと静止する。
不意に頬に添えられた手、唇をなぞる朝比奈の指。初っ端から早めのペースで飲んでいたワインの後押しもあり、無自覚にも僕の耳は赤く染まっていくだろう。
「……あさ、ひ、な……?」
状況に追いつけないまま、途切れ途切れに彼の名前を呼ぶ。
朝比奈 side
『……驚かせてごめんな。徹』
急に固まってしまった彼を見て、俺は小さく息を漏らした。
目を丸くして完全に固まり、ワイングラスを握りしめたまま動けない姿。
そして――白く綺麗な彼の耳が、酒のせいだけではない熱を帯びて朱色に染まっていくのが分かった。
途切れ途切れに俺の名を呼ぶ、少し震えた声。
普段、世界をあざ笑うかのように堂々としている男が、俺の指一本でこんなにも動揺している。
その事実が、俺の胸の奥にある暗い欲望をどこまでも満たしていく。
『名前……呼んでくれるんだな』
そう囁きながら、俺は唇をなぞっていた親指を滑らせ、彼の顎にそっと手を添えた。
逃がさないように、でも痛ませないように優しい力で上向かせ、逃げ場をなくすようにさらに顔を近づける。
もう、息遣いすら触れ合うほどの距離だ。
『……追いつかなくていい。考えるな』
日向徹の頭脳は世界一だ。だが今だけは、その天才的な頭でロジックを組み立ててほしくなかった。
ただ直感で、俺の熱を感じてほしかった。
『いつもお前は、俺の想像を遥か上に超えていく。俺を夢中にさせて、振り回して……挙句の果てに、そんな無防備な顔で感謝なんて言ってくる』
彼の手から、今にも落ちそうになっているワイングラスをそっと奪い取り、サイドテーブルへと追いやる。
空いた彼の手を滑り込ませるようにして握りしめ、指を絡めた。
『俺をここまで狂わせたのは、お前だぞ、徹』
掠れた低い声でそう告げると、俺は彼の朱に染まった耳元へ顔を寄せ、唇が触れるか触れないかの距離でそっと息を吹きかけた。
『……今夜は、帰さないよ』
いつもの「頼れる兄貴分」の仮面は完全に剥げ落ちていた。
静まり返ったオフィス、二人を照らす間接照明の下で、俺は彼の返答を待つように、じっとその瞳を見つめ続けた。
日向 side
「お、おい…!」
半ば強引に指を絡められ、息がかかるほどの距離で囁かれる甘い言葉。
1番驚いたのは、朝比奈が僕の耳に息を吹きかけた瞬間。体がぴくりと跳ねた事だった。
(俺は、男相手に…よりによって朝比奈相手に何を……!?)
酔っているとはいえ、そのくらいの状況の整理はできる。だがしかし、問題はその後。朝比奈への信頼は長年あった訳だし、アルコールが入って判断能力の鈍っている今の僕は、やはり顔を真っ赤に染めて慌てることしかできない。
朝比奈 side
『……ふっ、可愛いな』
耳元に息を吹きかけた瞬間、びくッと小さく体を跳ねさせた徹。その素直すぎる反応に、俺の胸の奥で愉悦と愛おしさが同時に弾けた。
天才的な頭脳を持ち、世界を変えようとしている男が、俺の一挙一動にここまで翻弄されている。
赤くなった耳から頬、そして首筋にかけて、朱色が広がっていく様が手に取るように分かった。
『おい、なんて言われても……もう遅いよ』
指を深く絡めたまま、俺は握りしめた手をゆっくりと引き上げ、彼の甲に優しく唇を落とした。
言葉を失い、顔を真っ赤にしてパニックになっているその瞳は、逃げ場を探すように揺れている。だが、俺の腕のフレームから逃げ出すほどの力は入っていない。
(……長年築いてきた信頼が、お前を縛っているのか。それとも――)
俺は絡めた指に少しだけ力を込め、もう片方の手で彼の後頭部をそっと支えた。
指先が彼の柔らかい髪に沈み込む。ずっと触れたかった、俺だけのものにしたかった感触。
『何を焦ってる? 電算処理が追いつかないか? ……徹、いつものお前らしくないぞ』
わざと少し意地悪く微笑んで、彼の顔を覗き込む。
至近距離で交わる視線。荒くなっている彼の息遣いが、俺の皮膚に直接伝わってきて胸が熱い。
『男同士だとか、副社長と社長だとか……そんなくだらないロジックで俺を拒もうとするなよ。お前が世界で一番信頼しているのは俺で、俺が世界で一番愛しているのはお前だ。……それ以上の正解が、どこにある?』
耳元で低く囁きながら、後頭部を支えた手に少しだけ力を込め、彼の唇へと自分の唇を近づけていく。
触れるか、触れないか。
#リチプア
あてぃ
65
吐息が重なり合うわずかな隙間で、俺は彼が言葉を紡ぐのを待つように、静かに動きを止めた。
日向 side
「…っ、」
…確かに、そうかもしれない。いや、そうだ。
確かに僕が今1番信頼しているのは朝比奈だ。酔いの回りきっている僕が動く理由には十分なほどだった。
それもあってか、僕は朝比奈と距離が縮んでいくのを、少し緊張しながらではあったものの拒まなかった。ごくりと息を呑み、喉仏が上下する。
朝比奈 side
息を呑む小さな音。そして、固く強張っていた彼の肩から、すっと力が抜けていくのが伝わってきた。
拒まれない。
その事実が、俺の理性を一瞬で焼き切るには十分すぎるほどの熱となって全身を駆け巡る。
『……賢い子だ、日向』
掠れた声で囁き、俺はゆっくりとその隙間を埋めた。
触れ合った唇から、熱いワインの香りと彼自身の甘い体温が伝わってくる。
最初は確かめるように、静かに、優しく重ねただけの口づけ。だが、彼が逃げずにそれを受け入れていると理解した瞬間、抑え込んでいた独占欲が溢れ出し、後頭部を支える手にぐっと力を込めて深く角度を変えた。
「ん……っ、」
彼のかすかな吐息をそのまま飲み込むように、何度も、深く唇を重ねていく。
天才の頭脳を誇る男が、俺の腕の中でただ熱に浮かされ、呼吸すら乱している。その事実がたまらなく愛おしく、そして酷く誇らしかった。
どれくらいそうしていただろうか。
ゆっくりと唇を離すと、彼の吐息は荒く、濡れた瞳はどこか焦点が定まらないまま俺を見つめていた。唇は赤く熟した果実のように色づき、息を吸うたびに胸が大きく上下している。
『……徹』
俺は彼の額に自分の額をこてんと押し当て、お互いの荒い息を重ね合わせた。
絡めた指は解かないまま、親指で彼の熱を持った手甲を優しく撫でる。
『……最高のプロダクトを作る前だ。今夜は、俺の熱を全部お前に分けてやる。……いいな?』
いつもの完璧な副社長の顔は、もうどこにもない。
ただ一人の男として、世界で一番愛しい存在を腕の中に抱きしめながら、俺はさらに深く、彼の首筋へと唇を滑らせていった。
To be continued …
コメント
1件
うわあ、3話目でいきなりこの距離感…! 朝比奈の「俺をここまで狂わせたのは、お前だ」って台詞、めちゃくちゃ熱かったです。長年築いてきた信頼関係が、一気に別のベクトルで加速していく感じがヒリヒリしました。日向の戸惑いと、それでも拒まない葛藤の描写も細かくて、読んでるこっちまでドキドキします。続き、どうなっちゃうんだろう…!