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三月の風が、まだ冬の冷たさを残しながらも、どこかやわらかくなってきたころ。
川崎美浦と川井優奈が通う高校では、卒業式の準備が静かに進んでいた。
教室の掲示板には、卒業アルバムに使う写真が貼り出されていて、生徒たちがそれを囲んでにぎやかに笑っていた。
「ねえ、美浦ちゃん。私たちの写真、あったよ」
優奈が嬉しそうに指さした先には、文化祭でふたりが撮った一枚。
おそろいのエプロンをつけて、焼き菓子を手に笑っている自分たちがいた。
「……懐かしいね」
「うん。あのとき、みうが初めてクラスの出し物に参加してくれて、めちゃくちゃ嬉しかったな」
優奈は、あの瞬間の空気を思い出すように目を細めた。
そしてふと、口元を引き締めるように、真剣な声で言った。
「ねえ、美浦ちゃん。卒業したら、私、県外の大学に行くの」
その言葉に、美浦は少しだけ目を見開いた。
でも、驚いた顔をすぐに隠して、静かに頷く。
「そっか……。夢、叶ったんだね。すごいよ」
「ありがとう。……でもね、やっぱりちょっと怖い。
知らない土地で、ひとりで、新しい人間関係つくって……ちゃんとやっていけるのかって」
美浦は一歩だけ近づき、優奈の目を見て言った。
「大丈夫だよ。優奈なら、きっと大丈夫。
でも……もし寂しくなったら、すぐに連絡して。いつでも、話せるから」
その言葉に、優奈の目がほんの少し潤んだように見えた。
「……ずるいな、みうは。そういうときだけ、大人っぽい」
ふたりはそのまま、廊下の隅で、しばらく言葉もなく笑い合った。
***
卒業式の日。
体育館に並ぶ椅子と、咲き始めた桜のつぼみ。
空はどこまでも青く澄んでいた。
式のあと、クラスメイトたちが記念写真を撮り合う中、ふたりは静かに校舎裏へと歩いた。
そこは、一緒に帰るときによく通った、ふたりだけの抜け道だった。
優奈がふいに、小さな箱を取り出す。
「これ、卒業プレゼント。手紙、書いたの。あと、あのとき拾った貝殻も入ってる」
美浦は受け取って、胸にそっと抱いた。
「……ありがとう。私も、これ」
ポケットから出したのは、小さなフォトフレーム。
ふたりで撮った、春の海の写真が収められていた。
「……え、これ、いつの間に……」
「内緒。ずっと、渡したかったの。でも、タイミングがわからなくて」
優奈は写真を見つめたまま、ぽつりと言った。
「きっとこれから、いろんな人と出会うと思う。でも――
どれだけ時が経っても、私の“いちばんの友達”は、みうだよ」
「……私も。いちばん、大切な人」
その言葉に、優奈はふっと笑い、
「じゃあ、約束しよっか」と手を差し出した。
「また、春になったら――あの海に行こう。今度は、もっと遠い未来の話をするために」
ふたりは指切りをして、そっと手を重ねた。
まだ幼いままの言葉しか使えないふたりだけれど、
その中には、たしかな想いと、変わらない絆があった。
海と虹がつないだ約束は、今も、静かに輝いている。
――ふたりの物語は、春へ向かって続いていく。
つづく