テラーノベル
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春の風が、街の色を淡く染め始めた頃。ふたりはまた、あの川沿いの桜並木を歩いていた。
初兎は風に舞う花びらを手のひらに受けながら、ぽつりと呟いた。
「もう一年経ったんやね。最初にアネモネをくれた春から」
Ifは横を歩きながら、小さく笑う。
「せやな。あっという間やったけど、思い出し始めたら長かった気もする」
「僕は、すごく濃かった。全部が、大事な季節になった」
ふたりの足元には、小さなスミレの花が咲いていた。
「ねぇ、まろちゃん。スミレって、花言葉知ってる?」
「……知らん。教えて」
「『謙虚』『誠実』、それと……『小さな幸せ』」
Ifは足を止め、スミレのそばにしゃがみ込んだ。
「ええ花言葉やな」
「そうやろ。僕さ、大きな夢とか派手なことも大切なことだと思うけど、まろちゃんと過ごすこういう普通の時間が、いちばん好きなんだ」
初兎の言葉に、Ifはふっと息をついてから、ポケットから小さな桜のペンダントを取り出した。
「……じゃあ、これ。今日の記念に」
「え……?」
「桜の花言葉、知ってるか?」
「『精神の美』『優れた教育』……あと、『私を忘れないで』?」
Ifはそっとそのペンダントを初兎の首にかけてから、優しく笑った。
「俺ら、出会った春を忘れんために。そして、これから先も一緒に咲くって意味で。
いつかこの桜の下で――もっとちゃんとした“約束”も、しような」
初兎はその言葉に、目を潤ませながら頷いた。
「うん、約束。
来年の春も、その次も……ずっとまろちゃんの隣で、笑って咲いてるから」
桜は舞う。スミレは咲く。
ふたりの春は、また始まっていく――静かに、でも確かに。
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