夜の街は静かだった。月明かりが私の体に張り付き、地面との間を縫っている。クラピカはベランダのフェンスによりかかり、その青い目を夜空に向けた。手には、昔から肌身離さず付けている、クルタの遺品のイヤリング。
これは、パイロと2人だけのおそろい、今で言うペアルックとして身につけたものだ。
かつて、故郷で笑いあっていた日々を思い出し胸がギュウっと締め付けられる。
「クラピカ、ここならお星様がきれいに見えるね!」
ふと、脳裏に少年の声が響いた。パイロだ。
幼少期の全てを共にすごしてきた。今では、もう私の過去の記憶でしか彼の姿を見ることは出来ない。
あの無垢で純粋で、底抜けに明るい笑顔を見ることは許されないのだ。
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「クラピカ、何呼んでるの?Dハンター?」
俺が古木に腰掛けて本を読んでいると、草むらからパイロがやってきてそう問いかけてきた。
「そうだよ。本当に飽きないんだ、この本」
私が目を輝かせてパイロに熱く語る。そんな俺をみてパイロは安心したのか、顔を綻ばせた。
「本を読むのもいいけど、こっちきて、クラピカ!いいもの見つけたんだ」
パイロが手をちょいちょいとやって手招きする。
夜風をきって、進んだ先にはいつも俺たちが隠れ家としている大樹があった。
「なんだ、ここ、いっつも来てるとこだよパイロ」
「違うんだよクラピカ。いいから来てきて!」
パイロの後を追うようにひょいひょいと木を軽々とのぼる。僕らの秘密基地が見えた。
僕たちの秘密基地は、なんだかボロボロだったけどそれがまた味があって安心する。幹に敷いてある布は、パイロのお母さんと俺のお母さんが作ってくれたものだ。赤字の布と、青地の布にそれぞれ金があしらわれている。
「クラピカ、空、見てみて!」
「空?…………!!!」
言われた通り、空を見上げるとそこには計り知れないほどの星々が輝いていた。
「うわぁぁぁ!!!すごいなパイロ!!」
「でしょ!僕、ここから星を見たら綺麗なんじゃないかなって、昼間に思って見てみたんだ」
「やったなパイロ!これでまた俺たちだけの景色が増えた!」
そう言うとまたパイロが顔を綻ばせた。俺はパイロのこの表情が大好きだ。
その夜、俺たちは家にも帰らず、ずーっとそこで寝転がりながら天体観測を続けた。
俺たちは星の一つ一つに名前をつけ、笑いあいながら空想の世界を紡いだ。
「あの星、赤色と青色が並んでるね」
「じゃあ、クラピカ星とパイロ星だな!」
「あははっ!なにそれ!」
「俺たちの星!」「かっこいいね」
そんなたわいも無い会話を続けた。
暫くすると、パイロが思い出したように声を張り上げた。
「そうだ、クラピカに渡したい物があるんだ」
そう言うと、彼はおもむろに赤色が特徴的な民族衣装のポケットから、宝石らしきものを4つ取り出した。
「これ、今日じいさまから貰ったんだ」
そうして渡されたのは、緋色の耳飾りだった。月明かりに反射して、きらきらと輝いている。水晶のようだ。
「綺麗、なにこれ?」
「見ての通り、耳飾りだってさ。」
「へぇー!綺麗だな」
「クラピカ、付けてあげる」
俺の耳にそっと耳飾りをつけてくれた。
「うん、似合うね。クラピカ、綺麗」
「あははっ!耳飾りつけただけで綺麗なんて、大袈裟だな」
「ううん。ほんとに綺麗だよ。クラピカが1番きれい」
パイロにしては真剣なその表情に、すこしどきっとらする。パイロにつけてもらったお返しに、俺もパイロのみみに付けてあげた。焦げ茶色の髪に緋色が施されて、とても似合っている。
「パイロも似合うよ、きれい」
「あは、言われると照れるね」
それからお互いに、また見つめあう。そして、無言でまた寝転がり、天体観測を始めた。なんだか気恥ずかしくなってきて、お互いに口数が減った。
「ねえ、クラピカ」
静かになった森にパイロのやさしい声が響いた。
「なに?」
「このイヤリング、僕だと思ってね」
「………?」
「どんなに辛いことがあってもさ、このイヤリングさえあれば僕たち、繋がってると思うんだ。こんなこと…、考えたくないけど…、僕たちが離れ離れになってもさ、このイヤリングのこと思い出してね。」
話してるときパイロの声色がすこしだけ震えていた。
でもその恐怖心を消すように、「だって、お揃いだもん!」と笑顔で言ってくれる。そんな彼がずっと大好きだ。
「…もちろんだよパイロ。俺も、このイヤリングのこと、パイロだと思って大事にする。どんなことがあっても、これだけは絶対に守る」
意を決してそう伝える。パイロの顔がまた緩んだのがわかった。
「ありがとう。クラピカ」
また、2人だけの思い出が増えたねとお互いに微笑みあった。しあわせだった。
また、無言が訪れる。でもやっぱりパイロとだと何も気まずくない。むしろ、落ちつく。
夜の森が静かに息づいているのが手に取るように感じられる。動物も人も、虫も草木もみんな静かに眠っている。
そんな中で、起きているのはたった俺たちだけということに、すこしだけ興奮していた。
「パイロ、いつか絶対外の世界に行こう」
「うん。絶対だよ。僕、クラピカの冒険の相棒になるんだからね!」
「はは、パイロが相棒なんて心強いな!外の世界に行って、もっともっと色んな場所で、この星を2人で見よう」
「そうだね。クラピカ、約束破らないでね!」
クラピカは微笑み、力強く頷いた。
「約束だ、パイロ」
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だが、その約束は果たされることなく、クルタ族の村は幻影旅団によって壊滅した。パイロとの約束も、同胞の笑顔も、全てが血と炎の中へと消えた。
(約束破ったのは、パイロの方じゃないか)
心の中ですこしだけ悪態をついてみせる。パイロなら多分、「しょうがないじゃん!」と優しく笑ってくれるはずだ。
クラピカはイヤリングをまた握りしめ、目を閉じた。瞼の裏には、幻影旅団の団長と、同胞のやるせない顔が浮かび上がる。復讐を誓った彼の心は、もはやあの頃の面影はなく、憎しみと孤独で冷えきっていた。
幻影旅団を追う度、パイロの笑顔が遠ざかっていく気がした。
「パイロ……、俺はまだ、あのとき2人で決めた、パイロの星を見つけられていない」
そのとき、そっとクラピカの頬を風が撫で、鳥がチュンと鳴いた。クラピカは目を開け、夜空を見上げる。
そこには、かつて2人でみた星々があの時と全く変わらず輝いていた。星々は全て、見ているのだ。
「クラピカ、星は隠れたりしないよ。どんなに暗い夜も、寂しい夜も、すぐ側にいるから」
パイロの声が風に乗って聞こえた気がした。彼のすっかり緋色に染まり果てた目に、初めて涙が浮かんでいる。
あの時見た、赤と青に輝くパイロの星とクラピカの星が、それを暖かく見守っていた。
次の日、いつもに増してクラピカの目には輝きがほどこされていた。復讐は終わらない。だが、パイロと誓ったことを忘れていた。
「パイロ、君の分まで俺が見るよ。外の世界の美しさを」
今度は後ろから風が吹いてきて、緋色のイヤリングが揺れた。方にそっと、幼い手が乗せられた気がする。
「ありがとう、クラピカ。」
今度はそう、あの声がはっきりと聞こえた____。
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