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#Vanity
ゆ♨️
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#azure
ゆ♨️
134
カルトの拠点から少し離れた、薪置き場の陰。
積み上げられた丸太の隙間には、昼間の名残をわずかに残した木の匂いと、夜の森から吹き込んでくる冷たい風が漂っていた。
ヒュウ……。
風が薪の間をすり抜ける。
けれど。
なぜか、その一角だけは妙に暖かかった。
というより。
甘ったるかった。
原因は明白だった。
「…………」
アズールがしゃがみ込み、落ちている小枝を拾っている。
その背後から。
「…………ふふ」
ツータイムが、そっと近づいていた。
灰色のローブの裾を揺らしながら、足音を殺して一歩。
もう一歩。
アズールは気づいていない。
ツータイムの口元が、にやりと歪む。
「無防備だな……」
さらに一歩。
「我が盟友にして……」
そして。
「愛しき者よ」
ツータイムは、背後からそっと両腕を伸ばした。
「今、背後から闇の抱擁による不意打ちを受けたならば……」
ぎゅっ。
「いかなる植物学者といえども、一たまりもあるまい……!」
「わっ!?」
アズールの身体がびくっと跳ねる。
しかし。
次の瞬間には。
「あはは、もう。魔王様、いきなり何してるのさ」
笑っていた。
「…………」
ツータイムは得意げな顔をする。
「ふっ。驚いたか」
「そりゃ驚くよ」
アズールは振り返る。
そして。
手に持っていた小枝を、ツータイムの鼻先に。
つん。
「…………」
ツータイムの動きが止まった。
「反撃」
「…………」
もう一度。
つん。
「…………くっ」
ツータイムが胸を押さえる。
「その愛らしき反撃……!」
「うん?」
「我がダークサイドの心臓に直撃したというのか……!」
大げさにのけぞる。
アズールは吹き出した。
「何それ」
「僕は今、致命傷を負った」
「小枝で?」
「君の愛が強すぎる」
「はいはい」
アズールは笑いながら、小枝を薪の横へ置いた。
「魔王様は大げさだなあ」
「大げさではない」
「じゃあ、もう一回やろうか」
「…………」
ツータイムは少し考える。
「……頼む」
「素直だね」
「あ」
「ふふ」
「今のは忘れろ」
「はいはい」
二人の間に、穏やかな笑い声が落ちる。
厳しいカルトの生活。
長老アマラの無茶な命令。
終わりの見えない労働。
そんな毎日の中で。
こうして二人きりになれる時間は、ほんのわずかだった。
だからこそ。
この時間だけは。
何も考えずにいられた。
ツータイムは、アズールの肩へ顎を乗せるようにして、小さく笑った。
「……こうしていると、悪くないな」
「何が?」
「この……」
ツータイムは少し照れながら言う。
「闇の中で、二人だけというのが」
「うん」
アズールも笑う。
「僕も好きだよ」
「…………」
ツータイムの耳が少し赤くなる。
「……そうか」
「うん」
「ならば……」
ツータイムがさらに腕に力を込める。
「今夜は、このまま――」
「――お前たち」
「…………」
「…………」
空気が凍った。
ヒュウウウ……。
さっきまで心地よかった夜風が。
今は妙に冷たく感じる。
二人の背筋が。
ビシリ。
と固まった。
「…………」
「…………」
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
二人は振り返った。
そこに立っていたのは。
長い黒髪を後ろで結び、灰色のマントを纏った人物。
年齢を推し量ることすら難しい、カルトの長老。
エルダー・アマラ。
その手には古びた巻物。
表情は。
無。
「…………」
アマラの視線が。
ツータイム。
アズール。
そして。
二人が密着している状態。
その順番で移動する。
「…………」
沈黙。
長い。
ものすごく長い。
ツータイムの額に冷や汗が浮かぶ。
アズールもさすがに姿勢を正した。
「…………」
アマラが口を開く。
「薪を集めろと」
「…………」
「先ほど言ったはずだが」
「…………はい」
「なぜ」
アマラの視線が二人の間に落ちる。
「そのような状態になっている」
「…………」
アズールが口を開こうとする。
「えっと、これは――」
その瞬間。
ツータイムの中で。
何かが。
カチリ。
と切り替わった。
恐怖ではない。
反省でもない。
冷静さでもない。
中二病である。
「…………ふっ」
アズールが横を見る。
「え?」
ツータイムが一歩前へ出た。
「アズール」
「うん?」
「下がっていろ」
「え?」
ツータイムは右手を前へ突き出した。
黒い指なし手袋。
鋭い眼差し。
灰色のローブが風に翻る。
「ここから先は……」
「ちょっと待って」
「僕の領域だ」
「何を始める気?」
ツータイムはアマラを見据える。
「流石は我が師にして、闇の最高指導者……」
「…………」
アマラの眉がわずかに動く。
「我が展開する絶対防御の空間結界を一瞬にして破り、この死角を突いてくるとはな……!」
「…………」
「だが!」
ツータイムは右手をさらに突き出す。
「我が愛しき盟友に手を出すことだけは、断じて許さぬ!」
「…………」
「受けるがいい!」
ツータイムの灰色のローブが、風を受けて大きく翻った。
「暗黒のオーラを!!」
「…………」
「…………」
「…………」
アマラ。
完全停止。
アズール。
口元を押さえている。
ツータイム。
完全に決め顔。
「…………」
アマラはツータイムを見た。
次にアズールを見る。
もう一度ツータイムを見る。
そして。
ほんのわずかに目を細めた。
その表情は。
言葉にするなら。
「何をしているんだ、こいつは」
だった。
しかし。
アマラは何も言わなかった。
ただ。
深く。
深く。
ため息をついた。
「…………」
そして。
くるり。
背を向ける。
「…………え?」
アズールが目を瞬く。
アマラは歩き出した。
「アマラ様?」
止まらない。
「…………」
そのまま森の暗がりへ。
「…………」
姿が小さくなっていく。
そして。
完全に消えた。
「…………」
沈黙。
「…………」
ツータイムは右手を突き出したまま固まっている。
「…………」
アズールも固まっている。
数秒。
十秒。
十五秒。
そして。
「…………ぷっ」
ツータイムが横を見る。
「…………」
アズールの肩が震えている。
「アズール?」
「…………っ」
「どうした」
「…………無理」
「?」
「無理無理無理」
「何がだ」
「あはははははははっ!!」
「!?」
アズールが腹を抱えて崩れ落ちた。
「あははははっ!!」
「な、なんだ!?」
「アマラ様の顔!」
「…………」
「あの顔見た!?」
「…………」
「完全に『こいつらもう救いようがない』って顔してたじゃん!」
「…………」
「あはははははっ!」
アズールはその場に膝をつき、両手でお腹を抱える。
「無理……!」
「おい」
「暗黒のオーラって何!?」
「…………」
「アマラ様、敵ですらないじゃん!」
「…………」
「ただ『薪集めろ』って言いに来ただけじゃん!」
「…………」
「それを魔王様が勝手に最終決戦始めるから!」
「…………」
「しかも『我が愛しき盟友に手を出すことは許さぬ!』って!」
「…………っ」
そこで。
ツータイムの顔が一気に赤くなった。
「…………」
「魔王様?」
「…………」
「顔真っ赤だよ?」
「うるさい」
「耳も赤い」
「うるさい!」
「首まで真っ赤」
「見るな!」
「かわいい」
「言うな!!」
アズールはさらに笑った。
「はー……お腹痛い……」
ツータイムは、しばらくその場で固まっていた。
右手はまだ前へ突き出したまま。
そして。
ゆっくり。
ゆっくりと。
下ろす。
「…………」
「ふふ」
「…………」
「でも」
アズールが笑いながら顔を上げる。
「守ってくれようとしたのは、嬉しかったよ」
「…………」
ツータイムが瞬きをする。
「……そうか」
「うん」
「…………」
少しだけ。
表情が柔らかくなる。
「ならば……よしとする」
「何を偉そうに」
「魔王だからな」
「あはは」
「…………」
「ねえ、魔王様」
「なんだ」
「薪、まだ一束も集まってないよ」
「…………」
ツータイムが固まった。
「…………」
「アマラ様、たぶんそれ言いに来たんだと思う」
「…………」
「僕ら、完全にサボってたね」
「…………」
ツータイムは森の奥を見る。
アマラが消えた方向。
そして。
積み上げられた大量の薪を見る。
「…………」
「どうする?」
「…………作戦変更だ」
「うん」
ツータイムは腕を組んだ。
「まず薪を集める」
「うん」
「そして」
「うん」
「誰にも見つからぬよう、秘密裏に拠点へ運ぶ」
「それ普通の薪集めだよ」
「違う」
「はいはい」
「これは……」
ツータイムは真剣な顔で薪を持ち上げた。
「闇の補給作戦だ」
「はいはい、そういうことにしとく」
二人は並んで薪を集め始めた。
しばらくして。
ツータイムが一本の丸太を抱えながら呟く。
「……アズール」
「ん?」
「さっきのことだが」
「うん」
「その……」
少しだけ顔を逸らす。
「……僕が君を守ると言ったこと」
「うん」
「…………忘れるなよ」
アズールは一瞬だけ目を丸くして。
それから。
優しく笑った。
「忘れないよ」
「…………」
「絶対にね」
ツータイムは耳を赤くしながら、黙って薪を運ぶ。
その横顔には。
ほんの少しだけ。
嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
そして。
森のさらに奥。
二人の姿が見えなくなった頃。
「…………」
木々の陰から。
アマラが一瞬だけ顔を出した。
二人が真面目に薪を集め始めたことを確認すると。
何も言わず。
また森の闇へ消えていく。
その手には。
古い巻物。
そして。
小さなため息。
「…………」
長老アマラの心の中に、たった一つだけ浮かんだ言葉があった。
「……もう好きにしろ」
そんなことは。
もちろん二人には聞こえていなかった。
冷たい夜風が森を吹き抜ける。
けれど。
薪置き場の一角だけは。
なぜかまだ、少し暖かかった。
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