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拾った音、選び直す恋

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拾った音、選び直す恋

1 - プロローグ 拾われる前の音

♥

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2026年01月20日

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音だけが、先にあった。


それが何の音なのか、

どこから来たのか、

彼には分からなかった。


ただ、

耳の奥に残っている。


遠くで鳴る、

重なった音。


規則正しくもなく、

不規則でもない。


― 拍手。


歓声。


名前を呼ばれているような気がするのに、

それが自分の名前なのかどうかも、分からない。


目を開けると、

空は薄い灰色だった。


朝なのか、

夜明け前なのか、

判断がつかない。


冷たい。


背中に伝わる感触で、

コンクリートの上に座っている事だけは分かる。


膝を抱えて、

視線を落とす。


息をすると、

白くなる。


(…寒い)


そう思った瞬間、

「思える」事に少しだけ安心した。


― 生きている。


それだけは、

確かだった。


自分が誰なのか、

どこから来たのか、

何故ここにいるのか。


全部、

空白だ。


頭の中は、

綺麗に削ぎ落とされたみたいに、

何もない。


それなのに、

胸の奥には、

説明出来ない“気配”だけが残っている。


責任。

期待。

光。


何かを背負っていた感覚。


それが何なのかは、

分からない。


ただ、

重い。


怖い。


でも、

今はそれよりも、 この場所が、

“知っている匂い”を している事の方が、

不思議だった。

人の生活の匂い。

洗剤と、

少しだけ甘い香り。


(…ここ)


理由はないのに、

ここに来るべきだと思った。


足が、

ここまで運んだ。


選んだ記憶はない。


でも、

立ち去ろうとは思わなかった。


鍵の音がした。


金属が擦れる、

小さな音。


それだけで、

心臓が強く鳴る。


― 誰かがいる。


ドアが開く。


光が差し込んで、

影の中に立つ人影が見えた。


女性。


驚き。

警戒。

戸惑い。


一瞬のうちに、

いくつもの感情がその顔を通り過ぎる。


それでも、

逃げなかった。


声がする。


「…大丈夫ですか?」


その一言が、

胸の奥に落ちた。


理由は分からない。


でも、

その声を聞いた瞬間、

「ここにいて良い」と思ってしまった。


助けを求めるつもりなんて、

なかったはずなのに。


口が、

勝手に動く。


「…すみません」


自分の声が、

思ったよりも不安定で、

自分でも驚いた。


「ここ…どこですか?」


その質問が、

世界と自分を繋ぐ、

最初の糸だった。


彼女の目が、

大きく揺れる。


― この人は、

何かを知っている。


そう直感した。


でも、

それ以上考える前に、

彼女は言った。


「…寒いですよね」


そして、

扉を開いた。


その瞬間、

世界が1段階、

内側に入った気がした。


これは、

奇跡の始まりじゃない。


選択の話でもない。


これは、

“拾われてしまった”話だ。


拾われる側も、

拾った側も。


その先に、

どんな終わりが待っているか、

この時は、

まだ誰も知らない。


ただ、

1つだけ確かな事がある。


この朝、

2人の時間は、

確かに始まってしまった。

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